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#012 同姓同名の男

 弁当屋で同姓同名の男に会った。
 ネットでの注文品を受けとるため入店すると昼の混雑時でまだできておらず私は店内でしばらく待つことになった。まもなく私の名が呼ばれレジへ赴くと「お待たせしました。」と店員はしかし三つ四つと弁当の入った大きなビニール袋を二つも三つも手渡そうとしてくる。明らかな注文違いに「あ、ええと、こちらは……」と注文者名を再度確認したものの相手が手許の紙きれを見ながら口にするのはやはり間違いなく私の姓名である。
 注文ミスですかね、などとやりとりをする私たちの背後から大柄な男が迫りくる。その確信に充ちた堂々たる挙措から察したのか店員が私を差しおき(私を差しおく店員も店員だが。いや、差しおかれる私も私だが。)「○○様ですか。○○○○様。」と私の姓名を繰りかえせば当の男は「ええ。」とやけに落ちついた声音で早速両手に弁当を提げはじめる。何だよ名前呼ばれたならさっさと来いよ、との非難はしかしこんな郊外の弁当屋で同姓同名の男に出喰わした感動を前にあっさりと引っこみ、「えっ、同じ名前なんですか! じゃあ、ど、同姓同名ですねっ!」などと謎のうきうき感に絆された私は不覚にも目を輝かせてしまう。が、何たることであろう、当の男は微塵も感情を動かさぬ様子で「はは。」と勝ち誇ったように私を鼻で笑うではないか。つまらぬことに騒ぐ子どもを非難するような、それは大人びた微笑/冷笑/苦笑であった。外見からは同世代にも見えたが、もしかすると相手の方が齢下だったかもしれぬ。
 すべての弁当を手にした男は私の方など一顧だにせず至極落ちついた足どりで店を出ていった。取り残された私は何か二重に恥をかかされたような被害的な気分に沈み、他の二、三の待ち客からの意地の悪い好奇心にも苛立ちながら弁当を待った。
 その後無事に手渡されたひとつきりの弁当は先の男が持ち帰った大量の弁当類に重なりいつもより惨めに見えた。
 同姓同名の男はもう懲りごりである。

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