2.ひとりっ子の私

 父が家を出る少し前、私が4歳の時。
ある日父が私に
『大阪にいる知り合いのお兄さんの結婚式に行くよ』
と言った。
キョトンとしていると、母が
『パパの会社の人よ。』
『ふ~ん…』
ま、何でもいい。みんなでお出かけできる事がとても嬉しかった!

大阪に行く前日、母の顔を見て驚いた。
顔の右半分、真っ青に腫れ上がっている。
父と喧嘩して、父が母をサンダルで殴ったらしい。
滅多に手を挙げない父、怒らない父が、母を殴った…おそらくその場面を、私は見ていたのだと思うけど、記憶から消されてしまっている。
大阪には父と2人で行くことになった。
その日の朝、母は、おかっぱ頭の私の髪を、両サイドで結んでリボンをつけてくれた。白に小さい花柄のワンピース。
『気をつけていってらっしゃい。ママはこんな顔だから行かれないから。』
と、優しく私に言って、父を睨んだ。

初めての新幹線。冷凍みかん。乗り物の中で食べたり飲んだりしても、誰にも怒られない。不思議な空間。

結婚式の前に、父の言う“お兄さん”に会った。
『あなたがまさえちゃん。可愛いね。会いたかったよ。』
と彼は言った。優しい目をした人。
その言葉の意味が、10年以上経ってから知ることとなる。
そして、父と母が大喧嘩した理由も…。

美容師のおばさんが、私の髪を結び直してくれた。母が結んでくらたのと同じようにしてもらいたかったのに、いくら説明してもわかってもらえず、両サイドで結んだ髪が上を向き、この人は本当はフツーのおばさんなのではないかと、髪を見る度に悲しくなった。
その時は、結膜炎の症状がひどく、私の目は真っ赤。
この髪型と目の赤さで、周りの人たちは、『うさぎさんみたいね』と笑った。きっと微笑ましく…

結婚式は、よく昔のドラマで見るような、大広間で行われた。
とても広いお座敷に、四角く御膳がずらっと並べられ、上座に新郎新婦。
覚えているのはそこまで。

それ以来、この彼とは会ったことはない。…と思う。

後に…ずーっと後に…
その彼は交通事故で亡くなり、母も亡くなったその後で、大阪の結婚式を挙げたこの彼が、実は私の腹違いの兄だったことを知ることとなる。
高校2年生の冬休み。

父と母の大喧嘩、大阪まで結婚式に行った理由、私を連れて行ったこと、彼が私を見つめる優しい目…それらが走馬灯のように思い浮かび、そして・・・
全てが繋がった瞬間、感情の整理がつかず涙だけが溢れて止まらなかった。

そういえば
小学三年生のある日、玄関のチャイムが鳴り、私が出ると若いお姉さんがいて・・いきなり・・
『まさえちゃん!?あなたのお姉さんよ!!わかる!?』

は!?どういうこと??
そっか、誘拐ってこうやって始まるんだ!!
と、急いで家の中に逃げ込んだ。
『まさえちゃん、お姉さんよ!!』
とその人は叫び続け、その声に驚いた母が家の奥から出てきた。
『家の中に入ってなさい!!』
と母は私の背中を押し、部屋の奥へ突き飛ばした。
母とその人の怒鳴り声が聞こえてきた。
数分後、母が
『二度と来ないで!あの子には近づくな!!』
と怒鳴り、玄関の鍵をかけた。
私がそっと母のそばへ行くと、外から
『また来るから!』
と彼女の声が聞こえてきた。
母は
『今日のことは忘れなさい。』
と静かに言った。
その静かな声の裏の漬物石くらい重い抑圧に
『はい』
と、私も静かに答えた。

あの日以来、彼女とは会っていないが、一体誰だったのか。本当に姉だったのか、戸籍にも載っていない彼女の正体は今も謎。

…続く……🐰



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