目に見えない視聴者の把握と承認欲求の難しさ

みなさんこんにちは。トスバです。
僕は2021年の8月から歌ってみたを定期的に投稿する活動を行っているのですが、その中で最近思っていることがあります。

それは、「見てくれている人」を把握するのが難しいなという所ですね。
 最近は僕にも、歌の動画を定期的に見てくれている1視聴者と呼ばせていただいても差し支えないのかな?という方が本当ありがたいことにいらっしゃいます。

ですが、「好んで視聴をする」まで行っても「具体的に行動を起こして感想を述べる」ってなかなかやらないと思うんですよ…。というかそこまで行動出来る人は本当に貴重だと思います。

実は僕、少し前から「誰に見て貰えなくたって、自分の満足出来る動画を投稿していこう…。」と思うようになったんです。
誰かに褒められたい とか 誰かに好かれたい が目標になってしまうと、無限の承認欲求で自分の制作に対する感想を見つけるのに必死で、ひたすらに辛くなってしまうような気がして…。

というある種自分にも他人にも期待しすぎず、卑屈にも思えるような考え方をしてしまっていた時期がありました。
ですが、最近「以前から見ていました」や「トスバさんの○○の動画好きです」恐れ多いありがたきお言葉を予想だにしない人から言って頂けることがたまにあるのです。

誰にも見て貰えなくても…なんて悲観するのは自由ですが、こういった「実は僕にも見えていない視聴者層」に対しての意識をせずに、「どうせ誰も期待してない」なんて思ってしまうのは良くないんじゃないかな…と思い、最近はTwitterやYoutubeで特にコメントを残さない視聴者がもしかしたら居てくれてるかもしれない…という想いを頭の隅に置くようにしています。

本当は
「見て貰えたら御の字、感想頂けたら本当に幸運」だったのです。

なので、曲がりなりにも活動者として動いている僕が後ろ向きじゃいけないなって思うようになりました。

そうやって陰ながら応援してくれている人だったり、言葉にはしなくても見てくれている人も意識して胸を張って活動出来たらいいな…なんて思ってたり。

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