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Weeds

第十四話

一人目の来店者 後編


その子・東一花ちゃんは私達には目もくれず、菊子さんに歩み寄った。
「い、一花ちゃぁん。どうして急に来るんですかぁ。」
「お米。そろそろ無くなる頃でしょ。」
「閉店後にしてくださぁい!」
菊子さん、なんだか慌ててるみたい。どうしたんだろう。そもそも、東さんと菊子さんって...?
「閉店って。どうせお客さんなんて...あれ?」
東さんが私と葵ちゃんに目を向けた。私は一気に青ざめる。
「えっと。あの、これは...その...」
「...山野さん?」
「え?」
「山野さんでしょ。」
「......ザッソウって、呼ばないの...?」
私が恐る恐る言うと、葵ちゃんが
「ザッソウ?」
不快そうに顔をしかめる。菊子さんも
「どういうことですかぁ?」
と首を傾げた。
「あ...」
血の気が引いていく。2人の視線から逃れるように下を向くと、細いけれど私より大きな手が、私の頬を包み込んだ。そのままフワッと顔が上がる。
「教えてくださぁい。1人で抱え込んだらぁ、苦しいはずですからぁ。」
目の前で、菊子さんが笑いかけてくれる。それだけで、何もかもさらけ出して身を預けたくなってしまう。菊子さんみたいな人を魔性っていうのかな。人の心を掴むのが抜群に上手い。現実逃避気味に的外れなことを考える。...確かに、抱え込むのはつらいよ。でも同じくらい、打ち明けるのが怖い。言いたいけど、言いたくない。知ってほしいけど、知られるのが恐ろしい...!
「聞かせて。」
葵ちゃんの凛とした声が響いた。
「私達、友達でしょ。」
「ともだち...」
澄み切った瞳。...信じて、いいのかな。
「...わかった。聞いて。」
私は一度きつく目を閉じて、重い口を開いた。
「私ね...学校で、ぼっちなの。」
「本当!?」
葵ちゃんは驚くけど、
「そうだったんですかぁ。」
菊子さんは気の毒そうに頷くだけで、意外には思わないみたい。こんな時だけど、2人の反応が正反対なのがちょっぴり面白い。
「私、小学校に入る前から野草が好きでね、初っぱなの自己紹介でも『ざっそうがすきです!』って言っちゃったの。」
「「雑草...」」
葵ちゃんと菊子さん、今度は声が揃った。
「あはは。あの頃の私、語彙力がなかったから...」
そう言った後、私は声を落とした。
「それで、変わってるって言われて、ザッソウってあだ名を付けられたんだ。」
誰も、何も言わない。
「雑草って言葉自体は別に悪い意味ばっかりじゃないの。生命力の象徴でもあるしね。でも...みんなが私のことをザッソウって呼ぶ声は、悪意に満ち溢れてて...なんだか...ゴミ呼ばわりされてる感じで...っ」
声がとぎれとぎれになっていく。
「自分だけじゃなくて...好きな...大好きなものまで侮辱されて...悔しくて...何もかも大嫌いで...!」
思い出すたび、心がぐちゃぐちゃになっていく。言葉もきたなくなっていく。ああ、ダメだ。もう歯止めが効かない。こうなるから言いたくなかったんだ。こんな言葉吐きまくってたら、きらわれちゃうよ...!
「つらかったのね。」
「えっ。」
「私も、少しだけわかるわ。自分の好きなものを否定された時の気持ち。」
「...そうなの?」
「ええ。」
葵ちゃんは私を安心させるように、ニッコリと頷く。
「わたしもですよぉ。」
菊子さんも話に入ってきた。
「わたしだってぇ、好きなものを認めてもらえない経験をたくさんしてきましたぁ。」
そっか。私、葵ちゃん、菊子さん。3人が意気投合した本当の理由が、やっとわかった気がする。最初は、同じ野草好きだからだと思ってた。でも、それだけじゃなかったんだね。そもそも、同じ野草好きと言っても、私達はそれぞれ違う。性格も、境遇も、野草に対する愛の角度も。一見全く気の合わなそうな私達だけど、根っこのところが同じなんだ。みんな、好きなものを認めてもらえなくて。つらくて、でも諦めたくなくて。孤独に、頑張ってきた。もしかしたら、2人も。逆風にさらされた時、私と同じことをしたのかもしれない。立ち向かわず、受け入れ、耐える。そして、邪魔する人がいない所で、めいっぱい好きなことをする。そうしてきたのかもしれない。
「さっき、味方なんていないって言ってたわよね。でも、いるわよ、ここに。」
「そうですよぉ。わたしたちはぁ、いつでも蓬ちゃんの味方でぇす。」
「...そう、だね。」
「...ねえ。」
ふいに、今までずっと黙っていた東さんが口を開いた。
「学校に味方がいないのを前提に話してるみたいだけど。」
「それが何?そもそもあなた誰?」
葵ちゃん。初対面の人にとげとげし過ぎない?私はそう思ったけど、東さんに気にする様子はなかった。
「あ、そうだ名乗ってなかったね。あたしは東一花。菊子叔母さんの姪、つまりあたしの母さんが菊子叔母さんの姉なの。山野さんとは小学校のクラスメイト。君は?」
「...双葉葵。」
クラスメイトという単語に反応して雰囲気をさらに険しくした葵ちゃんが、東さんを睨んだまま答える。
「松風小の子じゃないよね。年齢は?家はどこ?」
「...私は迷子か何か?」
「ああゴメン。そうだ、さっきの話。あたしが言いたいのは、学校にも山野さんを雑草呼ばわりする子ばっかりじゃないってこと。」
「...本当かしら。」
「...私も知らない。」
「双葉さん、何、その目!?山野さんも。本当だから。声を掛けられたことはほとんどないかもしれないけど、学校にだって嫌なことする子だけじゃなくて、あたしみたいに山野さんのことをちゃんと名前で呼んでる人もいる。それを覚えておいた方が...」
弁明する東さんに、葵ちゃんが冷たく目を細める。彼女の中で、プチリと何かが切れる音がした。
「何を言っているのかしら。」
つぶやいて、唇の端を吊り上げる。東さんだけでなく、私と菊子さんまでが息を呑んで固まった。店内がしんと静まる。それはさながら、嵐の前の静けさだった。
「声も掛けてくれない味方なんて、いないも同然よ。自分は加担してない?それがどうしたっていうのかしら。どうせ、巻き込まれるのが嫌だからって遠巻きに見てたんでしょう。」
「うっ」
「図星ね。あなた達みたいな弱虫の行動が、いじめっ子の行いや、いじめられっ子の悩みに拍車をかけるの。それを自覚しなさいよ。」
口調は淡々としてるのに、その声は大量の怒気をはらんでいる。正直、すっごく恐ろしい。でも同時に、葵ちゃんが私のために怒ってくれていることがわかるから、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとう...葵ちゃん。」
私が声をかけると、葵ちゃんはふっと表情を緩めて一歩下がった。代わりに、私が東さんの前に出る。
「あっ、え...あの...」
東さんはおろおろと目を泳がせ、
「あの...ごめん。」
と小さくつぶやいた。私は、さっき葵ちゃんや菊子さんにしてもらったみたいに、ニッコリ笑う。
「大丈夫だよ。」
「...許して、くれるの?」
「許すもなにも、東さんは何もしてないでしょ。その、何もしないのが悪いっていう葵ちゃんの意見も確かに正しいけど。私は、無関係な子にまで怒る気にはなれないんだ。」
「山野さん...ありがと。」
東さんは感極まったように言い、咳払いをひとつしていつもの明るいノリに戻った。
「さあ、ここで会ったのもなにかの縁。山野さん、これからは学校でも仲良くしよっ!いまさらだけど、これからよろしく!」
「ん、ああ...よろしく...?」
あまりの勢いに混乱しつつも頷くと、
「よかったですねぇ。」
菊子さんが私の肩に手を置いた。
「わたしのめいっ子をぉ、どうぞよろしくおねがいしまぁす。」
東さんは、葵ちゃんの方に向き直る。
「さっきは言い訳を止めてくれてありがと。おかげで目が覚めた。君は言うことひとつひとつが感じ悪いけど、山野さんにはとっても優しいんだね。」
「感じ悪いのはお互い様でしょ。」
葵ちゃんはそっけなくあしらう。しかしその後に、
「でも、学校でこの子を守れるのはあなただけだから...よろしく。」
そっぽを向いてそう付け加えた。
「よかったですねぇ。」
菊子さんが、次は葵ちゃんの肩に手を置く。葵ちゃんはそれをペシッと払い落とし、
「ツンデレだね~」
と笑う東さんをジロリと睨んだ。
「あ、そうだ。叔母さん、母さんから伝言。いつでもウチに引っ越して来て良いから、これ以上大家さんに迷惑モゴモゴッ...」
「わあぁっ!いぃ一花ちゃぁん!その話今はダメでぇす!」
菊子さんは大きな声を出して、東さんの口を塞ぐ。一体どうしたんだろう...まあ、いっか。明日から、学校がちょっぴり楽しくなりそう!