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コミュニティとプロジェクトと出番と役割について

コルクラボに入って、もうすぐ一年になる前に、
私は初めて、プロジェクトチームに参加した。

プロジェクトが始まるまでは、私はラボにいるけどいない人みたいだなって自分で思ってた。

コミュニティの中では、何かしてもいいし、しなくてもいい。

特にコルクラボは、「何もしなくていい」「何も話さなくていい」ことを受け入れる環境があって、その心地よさを感じている人も多い。

残念ながら私は、ずっとその心地よさを体験できないまま、コミュニティの中での役割を探してはもじもじして、探してはもじもじしていた。

何もしなくてもいい場所で、何もしないことに居心地の悪さを感じていたのだ。

プロジェクトが始まった時、「自分に大きな役割ができた!」という安心が生まれ。役割というと、義務的だけど、そのプロジェクトは自分がやってみたいと強く思ったものなので、義務感は薄かった。


そんなことをふと書きだしたのは、今日、「宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいくチームの話」の読書会に参加して、ゲストに来ていただいていた著者の長尾彰さんの話の中で

「出番」があるところが「居場所」であり、出番は自分で取りに行ける

「役割」は与えられたもの

ということばを聞いたからだ。

出番はwantなんだよ。
そして、自分でとりに行くものなんだよ。

その視点が、ものすごく胸に刺さったんだ。

私はずっと役割が欲しいと思っていたし、役割があれば安心だった。

でも、役割って「ねばならいないもの」になってしまう。

やり始めた時は、することがある安心があるけれど、だんだんと「ねばならない」が息苦しくなる。


プロジェクトが始まった時、私はちょっと浮足立つくらいワクワクしてたんだ。
それはきっと自分が「やりたい」って手にしたものだったからなんだね。

私は、プロジェクトに参加したことで「役割」を得たとおもっていたけど、それは「出番」を取りにいっていたんだね。


プロジェクトが進んできて、プロジェクトメンバーはチームとして動いている。私にとっては、初めてチームだ。

このプロジェクトについては、また改めて…

今日は、最近、自分の出番と役割をごちゃ混ぜにしてプロジェクトを進めていたなって思ったので、雑記だけど残しておかないとって思ったのだ。

コミュニティとチームと居場所と役割と出番。

あと2カ月でプロジェクトが終わるころ、私は何を思っているんだろうか。


 


ありがとうございます。ロックンロールと生クリームとマンガと物語に使いながら、自分の中のことばを探っていきまます。