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弥太郎、珍談奇談集

三月二十一日~二十三日 この三日間は珍談、奇談の連続です。下許しももと武兵衛と弥太郎は上司と部下ですが、悪い仲間、凸凹コンビでもありました。

二十一日 朝方、寄宿先大根屋の前の通りが大変な人波で、人に尋ねて今日が空海を拝する日だと知りました(弘法大師祭り。現在は4月)。下許のおごりで酒を飲んでいる時に、弥太郎がこれから花月楼に支払いに行くと伝えたところ、一緒に丸山に出かけることになりました。

 花月では、結局、以呂波ら歌妓を呼んで宴席となります。下許は旧知の遊女青葉が来たので「余が去ろうとするのを頻りに引き留める。やむを得ず留まって休んだ。青葉と緑野が余を挟んで左右に臥した。少し寝て目が覚め、鶏が鳴くのを聞いた」

 急いで宿に帰ると戸が閉まっており、この日は手を叩いて老婦を呼んで開けてもらいました。昨日は弥太郎の放蕩に苦言を呈した下許でしたが、今日は支払いで丸山に行く弥太郎に便乗し、遊びをけしかけています。苦言はどこまで本気だったのか……。

二十二日 「明け方に起きると曇り、午後は静かな細い雨。宿酔が酷くて心持ちが悪しく、かつ最近の所為ふるまいで本来の心を失っていることを悔恨し」終日枕上で読書。「かつ読み、かつ眠る」夕方近くなって、下許と浴場に行ました。

 先に浴場に入った下許が出て来ました。「大珍かな、大珍かな」。何の意味か分からないまま弥太郎が浴場に入ろうとすると、戸の内には花月楼の老婦阿近がいました。阿近は弥太郎らを見て大笑いします。弥太郎は愕然として浴場に入りませんでした。寓舎に戻って、弥太郎と下許は笑って談話。再び浴場に行くと、阿近はもういませんでした。

 弥太郎らが始終行く浴場は、丸山からも近かったと思われます。混浴であっても不思議はありません。阿近は遊女ではないので自由がきき、外の浴場に出かけたのでしょうか。なぜその時、そこにいたのか、弥太郎の日記からは読みとれません。

二十三日 午後、下許と大音寺に上り、そこからの「眺望甚佳はなはだ美しい。その後大浦に行き、清人宅を訪れると、その一人から鴉片あへんを勧められました。少しなら無害だというのですが、弥太郎は喫しませんでした。その後、二人は清人と共に大小楼という茶屋に出かけます。

 舞妓を交えて宴を催している最中、弥太郎は便所に行こうと明かりを持って(真っ暗な)廊下を探り歩く途中、「誤って(便器に)右脚を落とし、足袋を汚した。店中が狼狽した」湯水を使い足袋を替えて、再度宴席に上がりましたが、丸山の嘉満楼が夕陽に照り映えているのを窓から見ると「遊意勃々不可制(遊びたい気持ちが沸々と湧き起こり、抑え切れない)、一人で抜け出します。

 会計係でもある弥太郎は、下許のために余分に支払いをするという心遣いの上で「抜き足で先に帰った」嘉満楼で舞妓を多数呼び、音楽と踊りで「愉快はなはだしい。その後、「諸楼を冷却冷やかす、最後に花月楼へ。弥太郎は手巾てぬぐいで顔を隠して入ったので、一人の遊女が馴染み客と間違えて弥太郎の袖を引きました。

 弥太郎が「私はお前の情人ではないよ」と言って、灯火のそばで手巾を外して正体を明かすと衆大笑みなおおわらい弥太郎はもはや一端いっぱしの遊び人気取りです。上階に上がって舞妓数人と宴席。しばらく寝た後、慌てて辞去し「廓門」(丸山の大門=二重門)を出たのは鶏が鳴く時間でした。この日は戸を叩いて老婦を呼び、寓舎に入れてもらいました。


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