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猪熊さんの人生がぎゅっとつまった『いのくまさん』

2023年5月某日
猪熊弦一郎展『いのくまさん』
茨城県近代美術館

香川県丸亀市に猪熊弦一郎氏の名を冠した現代美術館があるとは知っているものの、訪れる機会がなかなかなく。
『いのくまさん』が関東圏に来ているということで、思い切ってレッツゴー!
はるばる来たぜ茨城県水戸市。茨城って縦に長いのね~と体感。

個人的に猪熊弦一郎氏といえば、三越の包装紙のデザイナー。
デザイン寄りの方というイメージ。

2014年まで使用されていた赤紫(正式には「スキャパレリレッド」という)の丸っこい模様が印象的なデザインの。
「mitsukoshi」のロゴはやなせたかし先生によるもの。
いろいろと感慨深い。僕らはみんな生きている。


展示構成
こどものころ/じぶんのかお/ほかのひとのかお/たくさんのかお/とりがすき/ねこもすき/おもちゃがすき/かたちがすき/いろもすき

『いのくまさん』は詩人・谷川俊太郎氏による絵本。
猪熊さんの作品の魅力を子どもたちにもわかりやすく紹介したもの。
絵本『いのくまさん』の世界を3次元で展開した展覧会。

猪熊さん、子どものころから絵がうまかったんだな~
自然な流れで東京美術学校へ進学。
試験日を間違えて1年遅れたとか。

初期のころの油絵を初めて観た。
上手いし、色使いもどことなくセンスがあるのよね。
いわゆるクラシックなものもモダーンなものも。
モデルの文子夫人が素敵。

精力的に絵を描いて「アレ?もう学校でやることなくない?」と気づいて退学。パリへ行っちゃう行動力。
マティスとかピカソと直接会っていたらしい。
そして藤田嗣治とも。
戦争が激しくなってくると藤田とともにフランスの田舎の方に疎開したのだとか。

後に猪熊さんが手術する際に、藤田が「ゲンちゃんの手術に立ち会う!」って乗り込んだけど、開腹を見たらのびちゃった。
ってエピソードがほほえましい。

藤田嗣治はなんとなく歴史上の画家ってイメージで、猪熊さんはわりと現代の画家ってイメージ。
だけどマティスやピカソと絡んでるって聞くとなんだか不思議な感じ。時間の感覚が…
藤田は戦争関連で複雑な事情があったから、日本では微妙なポジションになってしまったんだなあと思ってみたり。


話を猪熊さんに戻して。
鳥とか猫とか、動物もいっぱい描いた。
どちらかというと鳥の方が好きかな。すごい自由な感じ。

顔もいっぱい描いた。
文子夫人が亡くなって、顔をいっぱい描いた。
描いているうちに文子さんの顔が浮かび上がってくるかもしれないって、祈るような気持ちで顔をいっぱい描いた。
写経みたいな感覚だったのかも。

別の時間軸として。
戦争が終わってまたパリへ行こうとしたんだけど、立ち寄ったニューヨークがいい感じなので居着くっていうフットワークの軽さ。
なんやかんやで20年暮らしたそう。

そこで抽象画にがらっと作風が変わる。
ガンガン描いた。
その後体調をくずして日本に帰ってくるけど、療養を兼ねてハワイとの2拠点生活へ。

なんというか、思ったよりすごいなこの人。
思い切りが良いというか、判断が良いというか。
画家という職業がなせる技か、ご本人の性分というか。
自由でしなやか。
カッチカチよりしなやかな方が、強い。

交遊関係もかなりおもしろい。
三島由紀夫、有吉佐和子、棟方志功、そしてイサム・ノグチ。
イサム・ノグチは香川県牟礼町の石が気に入ったとかで、香川県つながりで縁があったらしい。
建築家の谷口吉郎・谷口吉生とのご縁もいい。

パブリックアートとか、公共の場にも猪熊さんがいる。
いや~作風もさることながら、人生もおもしろい。
改めてその偉大さを思い知ったのであった。


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