1章第7話 桜も忘れて
■不審者の正体
テスト期間3回目の日の5月末。
千 葉: 今日はワルツをやりましょう。それにしても、みんなの上達スピードに驚いています。ほんと、なかなか、そんな感じに覚えられないものだよ。
全員、顔を見合わせてクスクス笑っているところに寿美が突っ込んだ。
寿 美: 自主トレ効果は絶大ね。
さとし: 知ってたのかぁ!?
千 葉: 当たり前田のー。
全 員: クラッカー! あはははー!
寿 美: 2回目の夜、偶然スーパーの駐車場で見ちゃったの。それからは時々、チェックしていたのよ。
全 員: ばれてたのかー!
(大笑)
千 葉: 他にもみんなが知らないこと、知ってるぞ。
美 和: なに? 教えて!
千 葉: 驚くな。恵美ちゃんの旦那が隠れて覗いてたぞ。
恵 美: えええー!! 監視!?
千 葉: あれは、監視じゃないな。
寿 美: ステップ、踏んでたもの。
全 員: えええええー!
恵 美: 何よ、あの人! 人には「嫌らしい」みたいに言っておいて、自分もダンスしたいんじゃないの!
ヤ ス: 電話しちゃっか? 飛んで来るかもしれないぞ。
と、すかさず電話するヤス。たちまち現れる佐藤和也。
恵 美: あんた、何なのさ!
佐 藤: いやさ、ヤスさんに、あんなふうに強く誘われたら、誰だって断れんしょ。
さとし: それ、ないべや。
恵 美: みんな、ごめんね。この人、五つも上なのに、ほんとうに子供で。あんた、最初から素直に「やりたい」って言えば良かったっしょ!
佐 藤: 素直にやりたいです。はい。
恵 美: ったく、もう!
会場は大笑いだ。
佐 藤: けど、ステップは完璧に覚えたので、みんなの足引っ張らないと思います。
寿 美: やっぱり、不安…。
千 葉: 何が?
寿 美: この人たちも、この街全体も…。
(大笑)
このようにして3回目はワルツの練習をしました。
続く4回目はタンゴ、5回目はルンバ、6回目はチャ・チャ・チャの基礎をしましたが、みんなは、実によくレッスンについて行き、無事に7回目の総復習も終えると、8回目には自分たちだけのパーティーを開くことにしました。それは、もう6月の終わりでした。
■パーティー形式
特別に飲食物を用意するでもなく、また、何の飾り気もないパーティーでしたが、踊りに憑りつかれ始めたみんなには、それで十分でした。
最初に千葉たちが挨拶をしました。
千 葉: 1回目のブルースに始まり、ジルバ、ワルツ、タンゴ、ルンバ、そして、チャチャチャの基本の基本をしてきました。そして今日は最終回。パーティー形式で楽しみましょう。
寿 美: 習ったことを真剣に思い出しながら踊るのもよし、雰囲気重視、遊ぶ気持ちで踊るのもよしです。レッツ・スタート!
音楽が流れるとフロアに繰り出す黒池ダンサーたち。ステップも姿勢もまだ頼りないが、踊りに喜びが表れている。この2か月間、誰一人の落伍者も出なければ、参加を渋る者さえいなかった。わずか7回のレッスンだったが、始めた頃と比較すると、みんな若返ったように見えた。
踊りの最中に躓いたり、思い出せずに止まったりした時などは、二人であれこれ話し合い、それでも解決しない時は、千葉たちの所に駆け寄って相談するのだが、彼らは困ったというより実に楽しげだ。そうやって話をしている時の表情や話し方の中に高校時代の姿を見つけると、お互いに「いやいやいやいや、あの時のまんまだねー」と笑い合うのだった。
やがて最後の曲も終わり、8回のレッスンが終了した。みんなにとって無我夢中の2カ月だった。その証拠に、北海道の遅い桜を楽しむのもすっかり忘れていたのでした。
千 葉: この2か月間、みんなお疲れさま!
さとし: チャミちゃん先生、今晩、いつもの店で打ち上げ用意してるんで、来てください。お前も、よかったら来ていいぞ。
千 葉: おい、俺はついでか!
さとし: ということで、「7時だよ全員集合」でよろしく!
■「いらっしゃい」にて
打ち上げは、いつもの「いらっしゃい」で開かれ、全員参加した。
全員が席に着き、乾杯の準備ができるのを待って、さとしちゃん(藤井聡)から一言あった。
さとし: 真面目な話、千葉ちゃん、チャミちゃん先生、レッスンありがとうございました。一言お願いします!
千 葉: 面白かったね。レッスン中、高校生みたいにフレッシュな感じがしたな。
寿 美: 私たちも楽しみました。始める前は、皆さんにとても驚きました。この小さな町に自信過剰のうぬぼれ屋さんが、どうしてこんなに凝縮しているのか不思議に思いましたが、結構、頑張りましたね。
ミッチ: だべー。覚えも速かったっしょ。
寿 美: 冗談抜きで、とても感心しました。ということで…。
と、寿美は一息置いたので、全員、次の言葉を心待ちにしていると ―― 。
寿 美:本当にお疲れ様。これにて解散!
と、言ったものだから、部屋中大騒ぎになった。
全 員: いやいやいやいや!
ヤ ス: あのさ、これってテストだったしょ。だから、終わりじゃなくて始まりだべさ。なあ、みんな!
加 藤: そうだよー!
寿 美: え~え、続けるのー!
河 合: そりゃ、ないべさ。
幸 子: だって、私たち合格でしょ?
千 葉: そうだな。夜の自主トレもやって、頑張ったもんな。全員合格だ!
全 員: やったー!
さとし: 頭も体も使って、すごくいい感じした。体調も良くなった。そこで俺としては週2回位にして欲しいと思ってんのさ。
美 和: 賛成!
恵 美: 私も大賛成! 生活にメリハリが出て、すっごくうれしいの。それに、みんな、飲んで「なんかやりたいなー」と話していたときより、ずーっと生き生きして素敵なの!
玲 子: 正直、ちょっと燃えてきたわ。もちょっと本格的にやりたーい!
全 員: やりたーい!
いやいやいやいや、ちょっとからかっただけで、こんな猛抗議が起こるとは思いませんでした。(笑)
千 葉: やろう。でも、だらけないため、期間を区切ろう。
寿 美: 暮れまでの6カ月でどう?
さとし: それでオーケー。週2回でお願いしますよ、チャミちゃんせんせい。
千 葉: 俺を無視するなって。
寿 美: いいわよね、あなた。じゃあ、会場が取れるなら、火曜と土曜の2回やりましょう。
全 員: やったー!
千 葉: 1回千円でっせ~。
全 員: はーい!!
みんなは子供のように飛び上がって喜んだ。そして、やっぱりダンスシューズと着るものが必要だということになり、あっという間に、旭川のダンスショップに行く計画を立て始めたのだった。
佳 純: 靴買いに行こー!
全 員: 賛成!
幸 子: 誰か乗せてって。それから、千葉ちゃん、ダンス音楽のCDとかビデオ、持っていたら貸してもらえないかしら。
千 葉: いいよ。もう引っ越し荷物から出てるから、今度うちに来て選んでって。新しいものはないけどさ。
幸 子: 明日は?
千 葉: ゲッ、早いな。いいよ。
恵 美: 私も行く!
さとし: 俺も!
千 葉: いいよ。1時過ぎなら昼飯済ませておくから、来たい人は来て。
皆の熱量が一層上がってきました。
盛り上がった打ち上げも終わり銀座通りを出ると、若い旅行者のカップルがケラケラ笑いながら「これ、めちゃ面白い!」と例の看板を挟んで自撮りしていました。
例の? ほら、この看板です。
「北国ダンサー物語」(作:神元 誠)
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