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婿殿異聞 番外編・・・・コレクションと尊厳

昨年今頃のお話です。

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この前、久しぶりに娘に会ってきた。短い時間だったが、娘と会うと楽しくてならない。
会うのは昨年暮れの、私の入院手術以来で、彼女は
「手術室から出てきた、半覚醒の母」
を見て
私は
「半覚醒ながら、娘や夫の声に反応し、目を開けると彼らの衣服が見え、『大丈夫』と返事した」
その時以来なので、半年以上前のことになる。

娘にしては珍しく
「9時ころまでに来れる? 早い?」
と言ってきた。婿殿は仕事なので、彼を会社に送ってからは予定がないそうだ。
「早くないよー」嬉しがって支度して、いそいそと出かける。スイスイと車は走り、予定通り着いた。娘に連絡をすると、車を入れ替えて自分のに乗って、と言う。
「行きも帰りも運転じゃ疲れるでしょ」
この母はまたまた嬉しがって、だいぶくたびれたものの頑健な、娘の愛車ジムニーに乗り込む。

「さて・・・どうしようね」

早く来いというから来たのだが、特別何か何処かへ、というのは考えていないという。

「ならば・・・まず教会に行こう」

納骨の時は仕事で来られなかったので、娘はよし来た、と車の方向を変えた。
ややあって教会に着き、聖堂で手を合わせ、納骨堂も説明し、陶板に刻んである洗礼名と伯父伯母の名も見た。
敷地内の散り残りの八重桜と、遠望できる山のコントラストが清々しい。

「良いところだねぇ」
「これからはここにお参りに来るのよ」
「良いねぇ」
5月の風も、心も爽やかで心地よかった。

しばらくそこで過ごし、昼何を食べようかと、話は結局そこに行きつく。

「今日はウチにはちょっと・・・忙しくて散らかりっぱなしなんだよ」
普段、フルタイムで働き、帰宅も20時近かったりする娘夫婦である。散らかっていようが私は別にそれを咎めることは無いが、娘が気にするのだからいくら母親でも、ずかずか押しかける気もない。
昼にはまだ時間があるので、殿様の庭園にでも寄ってみるかということになった。
そこは今は公民館と図書館、ホールになっていて、子供たちが小さいときは、映画の上映会や図書館によく来たものである。中の様子は覚えているが、庭園は覚えていない。そぞろ歩きした記憶もない。

「なんでも、昔はこの庭園は薬草を栽培するところだったそうよ」

「へー」

中に入ると田舎の公民館とは佇まいが違う。様々なサークルや催事の案内が壁一面に貼ってあり、パンフレットもたくさん置いてある。古い建物の方では茶会が行われているようだった。

娘がボヤくように言う。
「私、趣味ないからこういうところのサークルにでも参加すればいいのかな」
「・・・確かに、昔から部活に明け暮れて、特段の趣味ってない人よね」
「そうなんだよ」
「手芸とか何か作りたいとか・・・」
「無いのよ」

元々群れるのが嫌いなのは、娘の父も私もそうなので、サークルで何か・・・とはならないのだと思う。私も何々会などに所属したことは一度もない。
外に出て、池の周りを歩いてみる。植え込みに座り込んで、画材を広げ、スケッチしている人が結構いる。

「懐かしいな。じいちゃん(伯父)もこうやってあちこちにスケッチに出かけたものだった」
「こんなところに座り込んで、虫とか蛇とか気にならないのかな」
「今時期はぎりぎりセーフなのよ。梅雨に入れば蚊がわんさか出てくるからね」

そぞろ歩きの間、私ではなく娘が二回、木の根などに躓いていた。

「あー、なんで私ってこう…昔からこうなんだよね、年寄りでもないのに」と私を見て言う。
「試合の時なんか、まったく隙がなかったのにね」
「日常は緩むんだよ、酷いのよ、我ながら」

私はこの前、自分が板踏み外して、一回転して手首を捻挫した話は断じて口にするまいと思った。

子供たちとは目的を決めず、よく散歩をしたものであるが、好天、微風、湿度低めのこの日は実によかった。
頃合いを見てお昼ご飯を食べ、例のお気に入りの喫茶店に行ってみることにした。

「土曜日の今頃だもの、無理じゃない?」
「タイミングが合えば大丈夫」「だって今まで、5回のうち3回ダメだったんだよ」

近くまで行くと、
「車から降りて空きがあるか聞いて来て」
と言われ、そうする。

幸い、何組か捌けたタイミングだったようで、
「いらっしゃいませ、どうぞ」
と言われ、店先から車にいる娘に〇を示した。

以前なら別腹と言いつつ、コーヒーだけでなく、ケーキやパフェなど頼んでいたが、
「コーヒーだけでいい」
と娘はアイスコーヒー、私は、いつも飲みたくてたまらない深煎りホットを頼んだ。
久しぶりのここのコーヒーは相変わらず美味しくて、ブラックで飲んでいる母をしげしげと見る娘。

「やっぱりそんなに違う?」
「うん。そういえば直近で来たのは、あなたが入籍した日で、お祝い届けたあと、Yちゃんと帰りに寄ったんだ。Yちゃんも私と同じで、ミルクも砂糖もたっぷり入れる人だけど、ここのはブラックなのに美味しい、って言ってたよ」

2年半も前の話だ。コロナ禍で、私がどれだけ外出を控えていたかわかるというものである。

美味しいコーヒーでリラックスする。娘夫婦は、先月納骨の相談をした際に「今、休暇で大阪に向かっている」
と、言っていたので
「結局、どこに行ってきたの?」と聞いてみる。

「ハリーポッターはどうだった?」

娘はスマホの写真を次々示して、いろいろ聞かせてくれた。

「いや、別に楽しいところなんだけどね、なんかね。高校の時と違って自分も大人になったというか、そんな自覚をしてしまった」
なんて言う。ナントカ、という場所で、ナントカというビールを飲んでいる写真。ジョッキの形が独特で面白い。

   

「これってバタービールというの?」
「いや、ハリポタと関係ないよ。普通のビール、でもこういう変わったグラスに入ってくるの」

と、別の写真を示し、それは肉料理と、玉ねぎを花のように揚げたものと、何とかバーガーと・・・。    

   

「これだけで、マン飛ぶからね」
「マン!!!」
「玉ねぎも1000円超えるんだよ」
「玉ねぎ一個で!!!」

いちいち驚くのは、コーヒーお替りしようかどうしようか、小心になりながら迷っているからでもある。

「入場料のほかにも中でいろいろかかるし、時間もかかるよね・・・」
「とにかくね、自分でも意外なほど喜びがなくて、学生の頃は無邪気だったもんだよ」

そりゃあ、修学旅行では費用は事前に親が積み立てているし、移動でもなんでもお金払うわけでもない、入場料もそうだし・・・。世の世知辛さなど感じるわけも無いのだ。

「まあ、自分で働いて楽しんだから何よりだよ」

聞けば娘夫婦は

「結局なんだかんだとね・・・」
大阪に2泊、京都に4泊したそうな。

「そんなアンタ、宿とれたの?もうコロナ前と変わらなくなったって、京都なんか特に・・・」
「連休前だったからとれたよ」

「で、これさぁ、見て」

と見せられた写真。娘はもう笑いだしている。婿殿の写真であるが、川のほとりでホットドックらしきものを食べている写真だ。

「どう思う?」
「なんか・・・なんか人生を感じるね」
「出所後、みたいでしょ?」
「あー、そういう感じだね確かに」
「あんまりそれっぽいから本人に見せたら、本人も納得してるんだよ」

ウヒャヒャと笑っている。

「ここって、鴨川?」
「そうそう、鴨川のほとりで出所後初のご馳走を頬張る、みたいなさ」

(婿殿はもちろん出所でも前科者でもなく、普段は実に優秀な営業マンである。)

「あとさ、走る写真と動画、見る?」
「走るって、アイス取り出して走る?」
「そうそう」

その件については以下を参照してください。
婿殿異聞|ターニア (note.com)

「これこれ・・・」

と見せられた

『冷蔵庫からアイスを取り出して走る婿殿』

いやぁ、それが娘ときたらしょっちゅうそのシーンを撮っているそうで、確かに婿殿は、都度都度走っているのである。

「見て、これなんか撮ってるの気付いて、ゆっくり歩いてるようだけど前のめりでさ」

そして娘は言うのだ。

「可愛いのよ」

婿殿は娘より8歳上なんですけど・・・(^▽^;)

「面白いというより、癒しだねぇこういう人」
「そうなんだよ」
「ちょっと、私も癒されたいからどれか一つ送ってよ」
「ダメよ、ここだけでオシマイ。大事なコレクションだし、尊厳があるからね」

娘は実にきっぱりと言って、2杯目のコーヒーを奢ってくれたのであった。


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