月明かり

あらすじ 
 それは何らかの原因で月が爆発し、半分に壊れてしまった地球のお話。そこには純人間、木偶などと呼ばれる三種類の人間が生存していた。 
 すこし不思議で、切ないお話。

***月明かり***

 それは、ある日突然のことだった。

 まん丸の、いつものお月様が、突然爆発して粉々になってしまったの。私が生まれるずっと前のこと。

 偉い学者さんたちがどれだけ議論を交わしても、世界中の天体望遠鏡って奴の記録を調べても、どうして爆発したのか、わからなかったみたい。

 そして、其の爆発した破片は、私たちの住む地球にふりそそいだ。

 そう、それはまるで空から大きな隕石が無数に落ちてくるように。

 その破片で、地球の半分は壊れてしまった。どうしてそうなったかは、今もちっとも分からない。唯一つ、真実は、夜空には二度とあのまん丸いお月様は登らなくなり、地球の半分のヒトの命と、住処がなくなってしまった、ということだけ。

 ああ、もうこんなに暗くなっちゃった。早く、月明かりを出さなきゃ。

 あら、しまった、もう月明かりがこんなにすくなくなってるわ。

 地球が半分になってしまった時、化石燃料、つまり、私たちが当たり前につかっていた、石油や石炭がほとんど使えなくなってしまった。

 だから、残り僅かなそれらを使えるのはほんのごく一部、重要な研究所や、病院だけになってしまったの。

 まあ、仕方ないよね。まずは命を守ることが最優先ってわけ。

 そうそう、説明しなくちゃ分かんないよね、「月明かり」が何なのかってこと。

 それは、街から明かりが消えてしまったので、その代用品として作られたもの。

 降り注いだ月の欠片の、何かを精錬して作ったもの。それは青白くぼんやりと、私たちの暮らしを照らす唯一の光となった。

 何で出来ているのかって?だから、そういう難しいことはわかんないの。

 ただ、私たちは、教えられた方法で月の欠片から、月明かりを精錬するだけ。それにしても困ったな、家までもつかしら。

 あ。あの子、まだとても強い光の月明かりを持っている。少しだけ、分けてくれないかな?

 『ごめんなさい、私もこれだけしかもっていないの。』

 そうか、それじゃあ仕方ないよね。早く帰って月明かりを精錬しなきゃ。あれ面倒だから、嫌なんだけどな。

 最近は月明かり強盗なんてのも、発生してるんだって。だから夜道はとても暗くて、強い月明かりをもっていたあの子はとても怯えていた。

 闇、の月明かり売り、なんてのも居るらしいけど、それは勿論違法で値段もとても高い。

 基本的に月明かりは決められた量を配給される材料を、自分の家で精錬したものしか使えない。闇で買えば、それは買ったほうも売ったほうも犯罪になるんだって。私、そんなことで捕まりたくないしね。お父さんも、お母さんも、そんなことしたらすごく怒るし。

 さあ、早く帰らなきゃ。この月明かりが、消えぬまに。

 お月様が壊れて、地球の半分が壊れてしまった今、変わったことは月明かりだけでは済まなかった。

 ヒトは、ヒトの姿を保つのが難しくなってしまった。

 弾けて地球に降り注いだ、月の内部にあったものの影響なんだって。難しいことはよくわかんないけど。もっとも、これまた偉い人たちも分からないらしいけど。

 だから皆、ヒト、は、腕や脚、顔やお腹のどこかが、機械で出来ている。

 中には、脳以外は全て機械で出来ている人もいる。

 そういう人たちは、

 「木偶」

 と、呼ばれる。

 いいのかなぁ、これってさ、差別的表現って奴じゃない?でも、そう呼ばれ呼ぶことに誰もが慣れてしまった。

 え?私もどこか機械なんじゃないかって?

 残念、私は頭のてっぺんから、足のつま先まで生身の体を持っている、ヒトはそれを、「純人間」と呼ぶ。

 なんだかなぁ、これも特別扱いみたいで嫌なんだけど。

 うちの家系は、その月の内部の成分とやらに強い家系で、お父さんもお母さんも純人間。だから、それはそれは、とても羨ましがられるし、色んな検査もたくさん受けた。

 いいじゃないかって?

 うーん、そうなのかなぁ。だって木偶、なら、歳をとることも、太ることも無いじゃない。いいなと思うんだけど。

 あ、でも、ひとつだけ、ちょっと嫌なことはある。

 木偶、の人たちは、顔がまるで人形のようなこと。

 なんでも今の技術じゃ人間の顔みたいには作れないらしくて、みんなどこかしら同じ人形の顔をしている。・・・・・・おっと、これも差別、になっちゃうかな。

 まあ、クラスに何人も木偶、の子はいるし、その子達の区別も勿論付くけどね。

 とにかく話を纏めると、地球はもうぼろぼろで、これからもヒトが住めるところはどんどん少なくなっていくんだって。

 それほど、月の内部にあったものは、怖いものだった。

 だからみんな、生き残ったヒト、は、まだ月の影響のないほんの僅かな土地や、人工星に移住しようとしている。私のクラスでも結構な人数が移住してしまった。

 「おっはよー、疎開先、決まった?」

 なんて言葉が挨拶になるほどには、地球に残されたものは少ないみたい。きっと、今私が住んでいるこの街も、そのうち消えてなくなるだろう。

 そうしたら、地球に残る人はいるのかしら。

 地球に残れるからだにしたヒト……木偶、の子だけになるのかな。

 家族全員純人間の私たちは、実はいつだってどこにだって疎開することが出来るようになっている。

 それだけ、純人間というヒトは、珍しく、貴重なものだからだって。

 うーん、これも差別、じゃない?純人間だけが、特別待遇だって。

 ああもう、訳わかんないし。難しいことはわかんない。

 さあ、早く帰って、月明かりを作らなきゃ。


***月明かり 木偶***

それは、僕が生まれる前の話。

 その頃は空に浮いていたという、月という星が突然爆発してしまった。

 そしてその月の破片は、まるで狙ったかのように僕らの住む地球にふりそそぎ、地球と、そしてそこに住んでいたヒトの半分は失われてしまった。

 そして、月、の中にあった物質は、僕ら、ヒト、の体に多大な影響を与えた。

 僕は、母さんのお腹の中から、内臓と脳だけで生まれ出た。

 骨格も皮膚も筋肉も無い僕は、生まれてすぐに、機械の殻の中に入れられ、今まで生かされている。

 え、とても大変なことじゃないかって?

 そうでもない、僕らにとってはこれは良くあること。

 たとえば、腕だけが作り物、足だけが作り物、僕のクラスの皆だけでも、体のどこかが機械で出来ている。

 そして、中には、脳だけが生まれてきた友達もいる。

 完全な機械の体、生命体は脳だけ、そういう風に作り上げられた彼らは、「木偶」と、呼ばれる。

 うん、この呼び名は差別的ではないかと思うのだけれど。けれども、皆も、偉い人たちも、当たり前のように木偶、と呼ぶ。僕はそれがとても嫌だったりするんだけれど。

 木偶、かれらはとても精巧な機械の体で生きている。

 けれど、どうしても今の技術では出来ないこと、それは、

「人間らしい顔」

 を作ること。

 彼らは、一様にまるで人形のような顔をしている。表情を作り出すことも無く、多少の個性があるとはいえ、とてもよく似た顔立ちをしている。

 見る、聞く、喋る、そういった動作をするには、そういう顔になってしまうのが仕方が無いんだって。

 君はどう思う?僕?僕は……。

 話が飛んでしまった。いけない、これは僕の悪い癖だ。

 一部が機械で出来ているヒトは、単純にヒト、と呼ばれる。

 ということは、臓器も脳も完全に生身である僕も、ヒト、ということになる。

 けれども、僕をヒト、と認識するのは、ごく一部の人たちだけ。なぜならば、皮膚も骨格も筋肉も持たずに生まれてきた僕の体を維持ずるには、外観、そう、外側だけを、「木偶」にする必要があったから。

 僕の顔は、誰かととても似た顔をしている。

 僕の顔は、そこに表情をほとんど浮かべない。

 僕の顔は、まるで人形そのもの。


 僕は、たとえ外見がそれだとしても、食べ、飲まなければ生きていくことは出来ない。

 胡乱な話になってしまうけれども、 所謂生殖器、も持ち合わせ、排泄機能も持ち合わす。だから、僕はとても不便な体を持ち合わせていることになる。

 機械の体を持つヒトが多くなったにつれ、僕たちはいろいろな生活の変化が生まれたらしい。

 たとえば、ごく一部が機械で出来たヒトは、他の部分を維持するために、「普通食」と呼ばれる食事を取る。

 逆に、木偶のように完全な機械の体を持ったヒトは、「保持食」と呼ばれる、脳髄の栄養を補う食事をとる。

 勿論それを間違えて食べてしまえば大変なことになるから、僕らは必ず全員「身体内部証明書」というものを持ち歩く。

 どの部分が機械か、どこまでが生身か、全身が機械なのか。万が一医療機関に運ばれても、すぐにそれが分かるように。

 さて、厄介かつ、不自由なのは、僕は見た目は完全に木偶なのに、中身は生身の人間だということ。

 筋肉などを保持しなくてもいい分食べる量は減るけども、この体の内側をキープするには普通食、を食べなければならない。

 『失礼ですがお客様、こちらは普通食となっております』

 ちょっと立ち寄ったフードコートで注文するたび、繰り返される言葉。黙って身体内部証明書を差し出すと、店員は慌ててあやまり、けれども僕の顔をチラチラと確認する。

 うん、これにも慣れた。決して愉快ではないけれども。

 さて、残った地球に住むヒトが全員機械の体を持ち合わせているのか、といえば、実はそうではない。

 「純人間」

 そう呼ばれるヒトが、ごく僅かにいる。

 それは言葉のとおり、頭のてっぺんから足のつま先まで全て生身で出来ているヒトのこと。

 たまたま、月の欠片の毒素に強い家系から生まれる、今となってはとても貴重な人たち。

 僕が生まれる前はそれが当たり前だったんだって。とても信じられないけれど。

 僕のクラスにも、「純人間」のクラスメイトがいる。

 彼女は、くるくるとその表情を変える。

 彼女の食事は、実にいろいろな種類のものが入っている。

 彼女は毎月のメンテナンスを受ける必要は無い。

 太った、にきびができた、そんなことをクラスメイトと笑いあい、いつも楽しそうにしている。

 ……いいじゃないか、外見どおりに中身も成長し、不摂生すれば吹き出物も出来る。いずれはゆっくりと、その生身の外見と共に、年老いていくのだろう。

 純人間はとても貴重なため、特別扱いが多い。

 まず、純人間をまた生み出す可能性が高いということ。機械の体を作る時に、参考にする部分が多いこと。そして何よりも、月の毒素に勝てる体の仕組みを知るために大切な治験体となること。 中には生きた体を手に入れようと、誘拐しようとするヒトもいる。だから、純人間は手厚いガードも受けられる。

 今、地球は、ヒトが住める場所がどんどん少なくなっている。

 そのために大抵のヒトたちは、まだあぶなくない場所か、人工星に疎開をし始めている。その疎開先と時期はくじ引きできめられるのだけれど、純人間に限ってはいつでもどこでも疎開することが可能になっている。

 決して、彼女が悪いわけではない。

 侮蔑的な目で見てくることも無ければ、木偶もそうじゃないヒトにも、勿論僕にも平等な態度を取る。

 けれど、彼女は知らないだろう。

 みためだけが変わらず。僕の内臓はいずれ老いてゆき、見た目についていけなくるということを。僕の見た目が木偶だから。

 機械パーツ泥棒に襲われかけたことが何度もあったことを。僕の見た目が木偶だから。

 ……ぼくの体のことを知っている人間が、内臓を盗むために僕を誘拐したことがある、ということも。馬鹿だな、今現在の医療を持ってしても、生体移植なんて簡単に出来ないし、拒絶反応で死ぬ確率も高いのに。

 中には、特殊性癖という奴なのだろうか、例えばトイレで、僕の生殖器などが生身だと知った途端、襲ってくる人間もいることも。僕の見た目が木偶だから。

 両親に、全て機械の体にしてくれと泣きついたことも、何度とある。

 表情を浮かべない顔をつねり、殴ったこともある。

 どくどくと動く心臓が、呼吸をする肺が、これほど憎いと思っていることも、きっとみんな、誰も知らない。

 ああ、今日も暗くなってきた。

 月明かりを、出さなきゃ。地球を壊した月が、唯一人間に残した、青白い光をはなつ鉱物を。生身の僕の目は、木偶の人たちのように夜目が利かないから。

 ああ、純人間の彼女の月明かりがかなり小さくなっている。危ないな、今日はガードマンが付かない日なのに。

 そういえば、彼女は月明かりの精錬が苦手、って言っていたな。精密に作られた僕の手はそれがとても得意だから、今度作ってきてあげよう。

 僕は……ヒト、だ。

 もがきながら、苦しみながら、憎みながら、愛しながら、この作り物の中にある僕自身と生きていこう。

 いつか、その内臓が、死に絶え、腐り落ちるまで。

 さあ、月明かりの元、帰ろう。

 ***月明かり ランチタイム***

  私は、お弁当を絶対に一人で食べる。

 どんなに他の皆から誘われても、絶対に一人で食べる。

 うん、違うの、こう言っちゃ何だけど、友達は多いほうだと思う。だから、皆誘ってくれるんだ。

 そのたびに、こう言う。

 「ごめぇん、今日のお弁当、残り物弁当だからぁ」

 「ごめぇん、ちょっと一人で食べたい気分かなぁ?」

 そういっている間に、誰も私をお弁当タイムでは誘わなくなった。さびしいじゃないかって? そうでもないよ、他の時は友達とずっと一緒だし。うん、寂しくなんか無い。

 私が生まれてくるずっと前に、月という、地球の近くにあった星が突然爆発して無くなった。

 そして、その星の大きな欠片が全部地球に降り注いで、地球は半分になっちゃったんだって。住むところも、そこに住んでたヒトも、みんな半分になってしまった。

 そして、その月の欠片の中にあったなんだかよく分からない物質のせいで、それから生まれてくるヒトのほとんどが、体のどこかが欠けた状態で生まれるようになった。

 腕の無い子、脚の無い子、色んな子がいる。そしてそういうヒト達は、とても精巧に作られた部品を取り付けて、生きている。

 中には脳だけで生まれてきて、ほかの体の部分が全て作り物の子もいる。

 そういうヒト達を、私達は「木偶」と呼ぶ。

 正直、私はこの呼び方が好きじゃない。だって、体が作り物名だけで、いろんなことを考えたりするのは私達と同じ、脳。

 けれど、そう呼ばれるにはちょっとした理由もあったりして。

 木偶、のヒト達は、みんな同じような顔をしている。それは、まるで人形のように。

 どう頑張っても、喋り、聞き、見て、食べる機能を持たせるには、それしかないんだって。貴方はどう思う?私は、うん、内緒。

 そんな中、私は生まれてくる時、腸がすべてない状態で生まれてきた。

 他の身体は全て生身、でもおなかの肝心の部分が空っぽ。

 だから生きていくには、ミルクを飲み、ご飯を食べて、その栄養を摂取するためにそういう器官が必要となる。

 そして、私は生まれてすぐに、人工の腸をお腹に埋め込まれた。昔はね、大変だったのよ、おトイレもふつうに用足しできなかったんだから。今の技術は進んでるから、随分楽になったのよ。

 そう何度も話すお母さんも、やれやれまたかと新聞を読むお父さんも、内臓は全てある状態で生まれてきた。

 もっとも、二人とも体のどこかが一つ、欠けているんだけどね

 ああ、前置きが長くなっちゃった。

 ね、気になるでしょう、私がなぜお弁当を皆と一緒に食べないかって、こと。

 私の作り物の腸は、確かに優れている、らしい。お父さんとお母さんが一生懸命働いて、メンテナンスのたびに最新の人工腸に変えてくれるから。すごく高いらしいのに。

 そうそう、私たちみたいに、体の一部が機械、のヒトは、毎月、もしくは年に数回、必ずその機械を作ってくれたところでメンテナンス、をしなければいけない。

 すごく面倒だし、入院も必要だから嫌なんだけれど、それを受けなければ生きてはいけないから。ヒト、なのにね。

 だめだ、また話が飛んじゃった。これ友達にもよく言われるんだよね。

 つまり、腸が機械の私は、食べられるものが限られてくる。

 この今の時代の地球で、私たちヒトが食べるものは、所謂普通の、内臓が当たり前にあるヒトが食べる「普通食」と、内臓が欠けているヒトや、木偶の人たちが食べる、「保持食」というものの二種類がある。

 私は、ほとんどの部分が肉体だから、普通食をメインに食べる。けれども機械の腸では消化吸収しきれないものがあるから、それ以外は保持食、を食べる。

 保持食、これも昔はペーストみたいな、味気のないものだったんだって。

 けれどもヒトの、『食べたい』という気持ちはすごいもので。

 保持食、も、見た目がどんどん普通食に近づいてきている。私のように味覚が機能しているヒトでも、それらしい味を感じられるくらいに。

 だから、私はみんなと、お弁当を食べない。

 私の友達は、みんな内臓系は生身だから、全て普通食のお弁当を食べるから。

 見た目はね、きっと分からないと思うよ、私のお弁当。それほど細かく普通食に似せた保持食と、食べられる種類の普通食だからね。

 でも、私はみんなと絶対に一緒にお弁当を食べない。

 ねえ、純人間、てヒト、知ってる?

 純人間、それは頭のてっぺんからつま先まで、すべて生身の体で出来たヒトのこと。月が壊れるまでは、それが当たり前だったらしいけど。

 私の友達にも、一人、純人間の子がいる。

 彼女のお弁当は、いつもいろ鮮やかで、色んなものが入っている。

 「やった!今日はすごいご馳走!露地栽培のトマトが入ってる!」

 すごいなぁ、今時露地栽培の野菜なんて滅多に手に入らないのに。

 純人間、のヒトたちは、いろんなことが優遇されてる。最も彼女はそのことは知らないと思うけどね。

 私たちのような機械の体の参考にするためにも、純人間のヒトたちの身体はとても貴重なもの。そして何よりも、月の欠片に入っていた毒素に勝てるその素質を研究するためには、絶対にいてはくれないと困るヒトたち。

 だから、彼女達は優遇される。

 地球上にまともに住める場所がどんどん減っている今、私たちは少しでも環境がマシなところか、人工星に疎開するようになってきた。

 でもそれは、くじ引きで順番と場所が決められる。

 けれども純人間の彼女達は、それを好きに選ぶことが出来る。一番人気のある一番進んだ人工星は、ほとんどが純人間で占められている。それほど、貴重なヒトたちだから。私の友達の彼女は両親共に純人間だ、配給で回ってくる食べ物も、上等なものが回ってくる、っていう噂だしね。

 露地栽培のトマトかあ、どんな味がするんだろう。

 私の食べる、私の食べられるトマトは、トマトの味に似せて作った保持食。だから、私は本物のトマトの味を知らない。

 私のお父さんとお母さんは内臓は生身だから、全て普通食のご飯を食べる。私に合わせて保持食を、とも思ったらしいけど、保持食だと二人の身体には栄養が足りない。

 だから、お母さんは少しでも普通食の割合が多いメニューを考えて、作ってくれる。

 だから、お父さんは配給に並んで、少しでも本物に近い保持食を買ってきてくれる。

 今日の私のお弁当は、卵焼きにウインナー、ブロッコリーとお豆の煮たもの。

 見て、すっごく美味しそうでしょう?貴方にはどれが保持食かわかるかな?

 うん、きっと友達もみんな、見ても分からないと思う。じゃあ、普通に一緒に食べればよいんじゃないかって?

 それはね、ぜったいに嫌。皆のことは大好き。たとえ保持食が分かっても、それをあれこれ言うような子はいない。

 けれど、私のお弁当は、お母さんとお父さんがとても苦労して作ってくれたもの。決して同じメニューを一緒に食べられない私のためだけに、あれこれ考えて、工夫して、苦労して手に入れて作ってくれたもの。

 私の腸が機械なのは、皆知っている。身体内部証明書、そう呼ばれるものをもっているから。どこまでが生身なのか、どこまでが機械なのか、それを記した、絶対に持ち歩かなければいけない証明書。

 それがあるから、みんな私の体のことは知っている。普通食だけで生きていけないことも分かってる。

 だから、私のお弁当は誰にも見せない。教室の隅で、天気のいい日は今日みたいに屋上で、一人で食べる。

 皆には、分からない、いや知っていたとしても、それがどれだけの手間と苦労がかかっているかは分からない自慢のお弁当を、ああ、保持食も入ってるんだな、普通食だけじゃだめなんだな、なんていう目で見られたくないから。

 これは、私のプライド。つまらないことかもしれないけど、私のためだけのもの。

 ああ、今日は彼も、屋上でお弁当を食べている。

 彼、は、体の内臓や排せつ器官などが全て生身なのに、それを支える体を持たずに生まれてきたヒト。 

 だから、見た目はそう、木偶。けれども、普通食を食べなければその内臓を維持して生けない。彼のお弁当は普通食で作られているんだろうな、トマト、の味も知っているんだろうな。

 私たちは、黙って別々のところに座ってお弁当を食べる。それから、いつも少しだけ話をする。

 今日のお弁当何?内緒だよ。そう言いあって、少し笑う。うん、彼の顔がいくら作り物でも、クラスにも木偶の子はたくさんいるから笑ってることくらい分かる。

 「あのさ、これ、彼女に渡してくれない?」

 そう言われて手渡されたのは、月明かり。

 月明かり、それは月の欠片の何かを精錬して出来る、今は電気を点すこともとても貴重になった地球で、光の代わりに使うもの。

 そっか、あの子月明かりなくなりかけてたもんな。おまけに不器用だから、精錬するのも嫌いだし。

 「……自分で渡せばいいじゃん」

 そう言ったら、彼は少しはにかんだ。他のヒトには分からないかも知れないけど、確かにはにかんで、やさしく微笑んだ。

 そうだね、私も、君も、あの子を、純人間のあの子を、羨んでいる。

 羨み、好いている。ああ違うよ、恋愛とかそんなんじゃなくて。きっとクラスの皆が、そう思ってる。

 あの子は、とてもいい子だから。花のように笑い、鳥のようにパタパタと動くから。

 「仕方ないな、でも君からだってことは、言うからね?」

 「え、それはちょっと」

 「馬鹿ね、こんなにうまく月明かりを作れるのは君くらいしかいないもん、バレるわよ。」

 また、少し困った顔で笑う。うん、これは了承のしるしだね。

 さあ、昼休みが終わっちゃう、早く教室に戻ってあの子にこの月明かりをわたさなくちゃ。きっと喜んで、精錬サボれちゃった!なんて言って、彼に満面の笑顔でお礼を言うんだろうな。何の曇りも無い笑顔で。

 明日のお弁当は、何だろう。きっと明日もとても美味しいお弁当。

 ***ヒトガタシ***

 それは、俺がまだお袋の腹に出来たばかりの頃のことだった。

 それまであったという、月という地球に最も近い星が突然爆発した。

 お袋が、おやじが言ったことでは、そりゃもうえらいことだったらしい。

 その月の破片が巨大な隕石になって地球に降り注ぎ、俺が知っている地球の面積の半分が壊れちまったってことだ。当然、そこにいたヒトたちも死んじまった。

 「あんたは本当に幸運だったんだよ」

 そりゃもう、耳にたこが出来るくらいに聞かされたね。

 お袋たちが住んでいた場所は、なんとかその爆発の被害に巻き込まれなかった。まあ、そりゃ地球上は大混乱になったわけだが、そんな大混乱の中でも、俺は何とかこの世に生まれ出ることが出来た。

 ……ただし、片腕が無い状態で、な。

 俺も詳しいことは知らないが、月って星は、内部にかなりの毒性の強い物資を含んでいたらしい。

 その時孕んでいた子供、それから孕んだ子供、そいつらはほとんどが体のどこかが無い状態で生まれてきた。そして、それは今じゃごく当たり前のことになっちまった。

 俺が最初に付けられた腕は、ただの飾りみたいなもんだった。関節も動かすことも出来ない、無事付いて生まれた左手の支えをする程度のもの。そりゃまぁ、不便だったね。

 まあそれでも、俺が成人するくらいになるまでには、それなりの機能も付いてきたんだがね。

 でもなぁ、何かをいじったり作ったりすることが大好きだった俺は、とにかくもっと動く腕がほしかった。それでな、弟子入りしたんだよ、人型師、って奴に。

 人型師、と書いてヒトガタシと読むその職業は、まあつまり義手や義足を作る生業のことだ。俺は、俺の腕をもっともっと、どこまでも人間に近い動きが出来るよう、朝から夜まで、時には徹夜を続けて修行し、自分の腕を精巧に作り変えた。

 ところがな、子供達が失ったものは手足だけではなかった

 腸や胃、肺など内臓が無い子供、時には脳髄しか生まれてこなかった子供がたくさんたくさん、そりゃもうたくさん生まれてきた。

 だから俺は医療の勉強もし、医学者と共同でそういった内臓などを人工でカバーできるものをどんどん開発して言った。

 いやまぁ、これは医者になれって口うるさかった親父のおかげだな。修行と平行して勉強ってのもしていたからよ。

 そうこうしている内に、俺は人型師の『神様』なんて呼ばれるようになった。

 そりゃあさ、あっちこっちが無い子供の体を作ってやって、その作り物で生きながらえることが出来るようになった子の親達には、感謝されたよ。

 時には涙を流しながらありがとうございます、なんて。

 管で直接栄養を流し込むことしか出来なかった子供が、初めて自分の力でミルクを飲んでにっこり笑ったときなんざ、俺のほうが泣いちまった。

 ありがとう、ありがとう。

 その言葉に、嘘は無いと思う。

 正直俺だって、感謝されて褒められれば多少はうれしいしな。

 けどよぅ、まだまだなんだ。まだまだ足りないんだ。もっともっと人間に近づけなければ。いや、人間にしなくては。

 脳髄だけで生まれてきた子供は、当然その状態では生きていけない。だからな、全身が機械で出来た殻に入れてやる。喋り、聞き、見て、食べて。それが出来るように。

 そういった子供は、「木偶」と呼ばれる。

 なんとも嫌な言葉だ。

 人間のように、顔を動かし、機能させるには、どう頑張ってもそれこそ人形のような顔になっちまう。

 少しでも個性を、少しでも表情を、そう思いながら俺達人型師は開発を続けてきた。でもな、どうしたってそれが出来ないんだ。

 ……話が、止まっちまったな。

 俺は、俺が作ってやった身体の持ち主を、全員覚えている。そりゃもう数知れず作ってきたが、全員覚えている。

 だってなぁ、俺の子供みたいなもんだ。はは、俺の歳だと、孫みたいなもんかも知れねぇ。

 腕や脚をつけたりしてやったら終わり、 の仕事じゃない。

 月に一度、もしくは年に数回、そのつけてやったもののメンテナンスをしなきゃいけないんだ。

 それは時には、痛みを覚えるものもある。だからさ、柄にもないけどよ、俺はいつだってにっこり笑って施術をしてやるんだ。おかげさんでやさしいおじいちゃん、なんて言われるけどな。ハハッ、ほんとに柄じゃないな。

 けどよう、難しい、おっかない顔してやってたら、みんな怖がるじゃねぇか。せめてよ、外側だけでも笑って、笑わせてやんないと。

 ああ……あの子は、元気かな。そろそろメンテナンスの時期だ。

 それは、内臓などは全てもって生まれてきたのに、筋肉や皮膚や骨格がまったくなしで生まれてきた子。

 とにかくそれじゃ生きていけないから、俺はすぐに全身作り物の殻にいれた。付いてこなかった手足を、精一杯動くものにして。

 ありがとうございます、そう何度も頭を下げて小さな作り物の身体を抱いて退院した両親の顔を、今でも鮮明に思い出す。

 でもな、俺はそれに笑顔で応えながら、心の中で地団駄を踏んでいた。

 その理由は、その子の中身が成長してそれに応じた殻を作ってやるたびに、強くなった。

 だって、この子は、人形の顔をしている。

 体の外側をそっくり作り物にしているから、所謂木偶、と同じ状態になる。 大きくなるごとに、きっとあの坊やは悩むだろう。生身のヒトのように笑えない顔を、個性がほとんど無いその顔を、身体を。

 勿論良く見れば個性はある。多少の表情もある。けれども、はたからみれば木偶にしか見えないその見た目。

 ……ヒトと同じ皮膚ではないから、痣とかそういうもんは出来ないけどな、俺は分かってる。メンテナンスにくるたびに、ほほの部分の人工皮膚を強く捻った痕があるのを。

 きっと、みなと同じように笑えないその顔を、一人、鏡の前で抓っているんだろう。

 うん、メンテナンスにくるときは、それは元気にやってくる。

 先生、僕の腕みんなにすごく羨ましがられるよ、こんなに綺麗に動かないって!

 そうして、器用な指先で細かな折り紙を作って見せたりする。

 ああ、そんなにお礼を言うんじゃ無い、まだまだまだまだ足りないんだ。もっともっと、微笑んでいられるように出来るはずなんだ。

 ふと、メンテナンスの予約表を見る。ああ、今日はあの女の子か。

 この子は、内臓のうち腸だけないままで生まれてきた子。生まれてすぐに人工腸を埋め込んでやった子だ。

 この子のご両親は、朝昼夜と、それは忙しく働いている。

 わが子の腸を、メンテナンスのたびに最新のものに変えるために。

 いっつもな、昨日のお弁当が美味しかったとか、こんなものを食べたとか、とにかく食べ物について話してくる子なんだ。

 食いしん坊、てわけじゃない。最新の腸に変えて食べられるものが増えたことや、内蔵などが人工のヒトが食べる保持食、て言うものがどれだけ美味しくなったか、そういうことを伝えたいんだ。いかに自分の両親に感謝し、そして自慢に思っているかってことを。

 だからさ、俺は、そんな子供達、いや子供達だけじゃない、その親も何らかのものを失った状態で生まれてくるから、大人達を、もっともっと、ヒトとしての姿に近づけたい、いや、ヒトにしたいんだ。

 俺はさ、感謝されるようなヒトじゃないんだよ。

 神様、なんて呼ばれるようなもんじゃないんだよ。

 俺が神様ならば、この年老いた身体はもっと動いて、全ての子供達を、全てのヒトを完璧に出来るはずなんだ。

 なのに、何にもできねぇ。身体は年々言うことを利かなくなり、右腕以外はどんどんしわくちゃの筋張ったものになりつつある。

 ああ、神様、とやらがいるんなら、あと10年、俺の身体を動かしてくれよ。

 俺の体は、月の毒素の影響で次第に機能しなくなる。そうなったらあの子の殻も、あの子の腸も、どうにかしてやれなくなるじゃないか。

 「おじいちゃん!ひっさしぶり!」

 突然大きくて、それは元気な声が聞こえた。ああ、今日はあの子が来る日だったか。

 頭のてっぺんから足のつま先まで生身で出来たヒトを、純人間、と俺達は呼ぶ。その純人間、の一人、の子だ。

 まったく、おじいちゃんなんて呼ぶのはお前さんくらいだぞ。まあ、先生なんて呼ばれるよりはなんだかいいけどよ。

 純人間、は、基本的にメンテナンスは行わなくていい。なんせ全部生身だからな。

 けれどもその貴重な、月の毒素に勝てる体質を持って生まれた家系を残すために、すこしでも異常がないか定期的に検診をする。 そして、作り物の身体をもつヒトたちの、その機械を研究するための観察対象となる。そうか、今日から三日間の入院で消化器系の検査をするんだったな。

 「おいおい、検査前は食っちゃいけない決まりだぞ?」

 そう言った俺に、その子はニコニコ笑いながら真っ赤なトマトを差し出す。

 「これね、お母さんが配給のくじで当てた路地栽培のトマト!おじいちゃんに食べてほしくて」

 露地栽培のトマト、とんでもねぇご馳走じゃないか。

 くじ、ね。まあ、知らなくていいことだ、純人間は配給で他のヒトよりいいものが与えられることなんて。

 俺は、にっこり笑ってそのトマトにかぶりつく。大丈夫、他の連中はいないから。

 「かーっ、こいつはうまいな!ありがとな!」

 そう笑った俺に、彼女は満面の笑みを湛える。そうだ、それでいいんだ、純真にすくすくと育っていけ。お前さんは人類の希望なのだから。

 おっと、珍しく強い光の月明かりをもってるじゃないか。ははん、精錬の苦手なこの子はいつもこんな完璧な月明かりは作れない。さては、あの外側だけ作り物の、ゆえにとても器用な指先をもったあの男の子が作ったんだな。

 月明かり、とは、乏しくなった化石燃料の生み出す電気の代わりに光を点す、月の欠片から作ったもの。

 今は、こんな青白い光しか望めない。

 けれど、いつか、いつか。

 もっと明るい光を、澄んだ空気を、太陽を浴びて土の中から育った食べ物を、完璧なヒト、が享受できる日を願い、俺は今日も愚鈍にがむしゃらに働く。

 さあ、貴重な月明かりなんだ、電気が優先的にくる病院内では消しておけ。お前さん、自分で作らないとだめだぞ?そういうと彼女は朗らかに笑う、ばれたぁ!と。

 柄でもないが、俺は祈る。

 どうか、みなが微笑みますように。

 ***月明かり そして***

 今日の夕ご飯。何時もと同じように、お母さんのご飯は美味しい。この間の露地栽培のトマトはおいしかったなぁ。滅多に食べられないし。

 でも、今日は何時もと少し違う。

 何時もはニコニコ笑いながら、喋りながらご飯を食べるのに、お父さんもお母さんも難しい顔をしている。

 きっと、きっとあの話が出るんだ。

 そして、私の予感は的中した。

 ぱたり、食べ終えて箸を置いたお父さんが言った。

 「少し、大事な話があるから、聞きなさい。」

 その話は。『疎開』、の話。ああいつか、きっといつかは出てくると思っていた。

 私たちが住む地球は、私が生まれるずっと前に、月と呼ばれた地球の近くにあった星が爆発して、地球も、そしてそこに住んでいたヒトたちも半分になってしまった。

 その影響で、それから生まれてくるヒトたちは、ほとんどのヒトが体のどこかがかけている状態で生まれてくるようになった。

 けれど、中には全て生身の身体で生まれてくるヒトもいた。

 それを、私たちは、純人間と呼ぶ。

 そして、私もお父さんもお母さんも、その純人間、だ。

 純人間、のヒトはとても少なくて、その月の毒素に強い体質の解明や、体のどこかが欠けたヒトのための機械の見本にされている。だから私も両親も、定期的に病院で検査を受けている。

 ごめんね、前置きが少し長くなっちゃった。

 疎開、それは、この半分しかなくなってしまった地球の、その中でもマシな場所に移住するか、宇宙に浮かぶ人工星に移住するか、ということ。

 もっとも地球も月の欠片の毒素による汚染が進み、住む所はどんどん減ってきている。

 いくらおバカな私でも、それくらいはニュースで聞いて知っている。学校の皆も、どこに疎開するかで盛り上がってるしね。

 「疎開、するってこと」

 お父さんとお母さんは、黙って頷いた。

 ……お前も知っているとは思うが、もう地球にこれ以上汚染が進んでない場所はないんだ。

 ね、クラスメイトの子たちも、みんな疎開したでしょう?仕方の無いことなのよ。

 私は、特にこの地球という星に未練とかそういうものは持っていない。

 だって生まれてきてからも空はどこかどんよりとしていて、歴史の教科書で見るような緑のあざやかな場所はほとんど無くて、小学校の頃からどんどんクラスメイトは減っていった。

 「ほら、お父さん達もお前も通っていた病院も、第6人工星に移転が決まっただろう? そうなると、そちらに移らないと病院に通えなくなるしな。」

 病院、か。お父さん、知ってるよ私。私たちはあそこで実験体って奴になってるんだよね。 

 毎月たくさん血を抜かれて、面倒な検査をいろいろして。私の担当のおじいちゃん先生が人型師、機械の体を作るヒトだってことも知ってる。

 「ほら、みんな疎開してクラスメイトも減って寂しくなったでしょう?」

 みんな、か。お母さん、私知ってるよ。第6人工星は、ほぼ純人間だけで構成されている星だってこと。

 そして、あの星はどの人工星より進んでいて、作り物だけれど青い空もあって、とってもとっても人気があって、そこに住めるのはほとんど純人間だけだってこと。

 私のクラスメイトは、ほとんどが純人間じゃないのに。

 ねえ、知ってるんだよ。

 露地栽培のトマトなんて、くじ引きだろうがなんだろうが、滅多に手に入らないこと。それを手に入れることができるのは、優遇されている純人間だけだってこと。

 だから、私はお弁当の時間に騒がなきゃいけないの。何にも知らない振りをしていなくちゃいけないから。じゃないと、みんなを馬鹿にしていることになるから。

 「ほら、あの星は太陽光が入るから、電気も地球よりずっと自由に使えるぞ。

 お前の苦手な月明かりも精錬しなくて済むぞ。」

 月明かり、それは電気も自由に使えなくなった地球で、月の欠片の成分から生成した、ライト代わりの青白い光を発するもの。

 ねえ、知ってるんでしょ、精錬がとても苦手なはずの私が、いつも学校帰りに強い月明かりを持っていること。

 そう、クラスのあの子が。内臓と脳髄だけで生まれ、体の外側は全部機械で出来たあの子が、そのとても精巧な手で作ってきてくれてたってこと。

 ああ、このことは知らないかな。

 とってもシャイな彼に頼まれ、いつも私の仲良しの友達が、それを手渡してくれること。誰が作ったなんて言わなくてもわかるよね?なんて笑いながら。

 だから、私は思いっきりはしゃぐの。そして彼に、とっても大げさにお礼を言うの。そうすると、ほとんど表情が浮かばない彼が、照れ笑いしするの。

 そう、彼は表情がほとんど表に出ない。なぜなら、どれだけ精巧に作っても、 ヒトの顔だけは人形のような顔になってしまうから。

 喋る、聞く、見る、食べる、呼吸する。

 そんな当たり前のことを、私たちにとっては当たり前のことを可能にするには、どうしても作り物の人形のような顔になり、表情を浮かべるのが難しくなるの。

 ……よぉく見れば、分かるのにね。だから私は彼を笑顔にしたくて、大げさに喜ぶの。

 そして、いつも橋渡しをしてくれる私の大事な友達。

 これもお父さんもお母さんも知らないよね。あれだけクラスに沢山友達がいるのに、彼女はいつも一人でお弁当を食べること。

 彼女は、腸が全て機械で出来ている。だから、私たちが普通に食べる「普通食」の中にはその機械の腸では消化できないものがあって、それをカバーするために「保持食」というものも、一緒に食べている。

 きっと、彼女のお弁当は、とっても美味しそうなんだろうな。彼女のお母さんが必死に工夫した普通食と、彼女のお父さんが必死に手に入れた、普通食に近い見た目の保持食で出来ているんだろうな。

 きっとそれは、彼女にとってとても誇りなこと。だから一人でお弁当を食べる。

 ね、だからね、私は毎日誘うの。一緒にお弁当を食べようって。

 何にも知らない振りをしないといけないもの。私は何でも食べられる純人間だから。

 たとえ断られることが分かっていても、毎日誘うの。

 みんな、みんな、純人間として生まれてきたかったと思ってる。

 みんな、みんな、機械の身体を疎んでいる。

 だから、私は何にも知らない振りをする。喋って、笑って、馬鹿なことを言って。なんて嫌な奴なんだろう、私は。

 木偶、の子たちは私をどう思っているのだろう。それは少し、分からない。

 木偶、それは、脳髄以外はすべて機械で出来たヒトたち。 いつも月明かりを作ってくれる彼とは違い、内蔵も何もかも機械で出来ている。

 私は分かってる、つもりだった。表情を浮かべることが出来ない彼らでも、笑って、泣いて、微笑んで、怒って、そんな表情を浮かべているって。

 でも、本当に分かってるのかな。分かってたのかな。私がそう思い込んでるだけなのかな。

 「新しい星、楽しみだね!」 

 そう言ったら、お父さんもお母さんもほっとした顔をしていた。

 そうよ、今は星間移動シャトルもあるし、今までのお友達にも会えるわよね。

 そうだよ、また新しいお友達も出来るだろうし、なんせお前の苦手な月明かりの精錬もしなくていいからな。

 私は、とてもはしゃいだ。

 ねえ、あっちの星には何をもっていけるのかな?ベッド、気に入ってるからあれは絶対ね!あ、漫画も絶対持っていくよ!

 そんなに大荷物は持っていけないよ。そうよ、あっちで新しいものを買いましょう。引越しは二週間後だよ。ええ、それって早くない?

 笑わなきゃ。はしゃいで笑って騒がなきゃ。明日学校に行ったら、いの一番に、みんなに大きな声で言わなきゃ。

 それは私の役目。とても恵まれて生まれた私の役目。希望といわれる私たちの役目。

 この身体も、何もかも、私のものであって私のものではない。

 よりよい機械を作るための、純人間を更に生み出すための、みんなのもの。

 泣いたりはしない。悲観したりはしない。たとえ心ではそう思っても、私は、笑い続ける。

 だから、ねえ、私の月明かり。私は貴方の前でしか涙を流せない。

 この青白い、頼り無いのに強い光の前でしか、私は泣けない。

 さようなら、地球。さようなら、友達。さようなら、私の月明かり。

 どうぞ神様、次に生まれてくるときは、みんな純人間にしてください。

 月明かりを知らない人たちばかりにしてください。

 どうぞ、お元気で。

******

 『……先日申し上げましたように、地球上の全人類の移民が完了しました。

 この地球は、今後は無人観測機による観測のみとなります。

 わたくしもこれからシャトルに乗って移動となります。

 どうぞ、私たちの地球に、私たちの先祖にお別れを。

 それでは、これにて最後の地球からの放送を終了いたします。

 皆様の未来に、光があることを祈って』

 ジーッ、だれかが忘れたのか、それとも置いていったのか。

 月明かりにぼんやり照らされた画面から、地球最後の通信がノイズとともに流れた。

 誰もいなくなった、その星で。

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