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インド旅行記 ー はらいそ通信 - vol.2

三島由紀夫が最後の晩餐に選んだのは、新橋の鳥鍋料理だった。帰り際に「こんな美人がいるなら、あの世から来ようかな」と女将さんに言ったそうである。そして、私が最後の晩餐に選んだのは、やはり日本食だった。季節の素材を生かした「先き付」、白身と赤身を程よく合わせた「御造り」、てんぷらや煮物、炊き込みご飯にお味噌汁。もちろん地元で作られた冷酒を添えて豪華な夕食である。あぁ、これで心おきなく旅立てる。さらば愛しき日本食、生きて帰ってきたらまた会おう!と、成田のホテルで一人盛り上がる。世間では、これを酒に酔っていると言う。

さて、出発当日の朝、集合時間より少し早めに、大きな荷物を持って参加者は集まってきた。今回の参加者は6名とやや少ないものの、アットホーム的な旅が持ち味の経王寺トラベルとしてはちょうど良い人数かもしれない。インドへはバンコク経由でコルカタ(昔の呼び方はカルカッタ)に入るコースをとった。トランジット(乗り換え)の関係で、バンコク市内の観光も少しでき、夕食は町でタイ料理を楽しむことができるようになっている。今回のツアー担当Nさんの心憎い演出である。

夕日が落ちる前にバンコクに到着。東南アジア方面は始めての私も、バンコクの夜の町に違和感が無い。夕暮れのバンコクは、ちょいと昔の新宿にも似た、甘く耽美で危険な香りがする。何となく、白いスーツの渡り鳥「小林明」になった気分である。案内されたのは、バンコクでも有名なタイ料理の店。タイのビールで旅の始まりを乾杯する。きっとこのあたりで、隣のテーブルの酔っ払いが美女にちょっかいを出し、俺がその美女を救うというストーリー展開になるはず。当然、その美女とのラブロマンスが俺を待っていたはずなのに、なんと出発の時間が来てしまった。空港に戻り、真夜中の便でコルカタへ向かう。

コルカタの空港は、バンコク空港に比べたら、はるかにローカルな空港だった。しかも、到着が夜中の12時。空港の外に出てみたら霧が立ち込めていた。オォ、さすがインド。なんてエキゾチックって思っていたら、Nさんが「これは埃ですよ」ときっぱり言う。あわててマスクを取り出す。移動のバスに向かいながら「昔は夜中でも、外に出ると物乞いがドワーっと集まってきたんですが、コルカタも変わりましたね」とNさんは言う。それを聞きながら、私は「ミルク、ミルク」と言って付いてくる、乳飲み子を抱えた若い女性の物乞いを必死で振り払っていた。数時間前の小林明モードなど、あっさりと消えてしまった。

さあ、ついにインド上陸である。何が私を待っているやら。バンコクでの気軽さとは打って変わって、なにか緊張している自分がいた。そう、ここは『はらいそ』のインドなのだ。ちょっと武者震いしたのは、思いのほか寒かったからである・・・と思う。なんだか情けない渡り鳥である。


to be continued
大乗山 経王寺「ハスノカホリ no.40」より

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