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メンタルが強い、の本当の意味とは?

9月13日に行なわれた全米オープンテニスの男子決勝を見ていて、優勝したドミニク・ティエムに興味をもちました。勝手なイメージですが、メンタルなのか技術なのか、どこか弱いところがあると思っていた選手です。

日本時間9月14日の朝8時ごろ、公式サイトにアクセスしたら、ちょうど第3セットが始まったところでした。ティエムは第1、第2セットを2−6、4−6で落としていました。もう後のない状況(グランドスラム男子では、3セット先取した者が勝ち)。

対戦相手はアレクサンダー・ズベレフ、試合当時世界ランク5位、一方ティエムは3位。今回はテレビで観戦できる状態ではなかった(テレビがないし、WOWOWも視聴していないため)のですが、以前にいくつかこの両者の試合は見たことがありました。ズベレフは若手の一番手でマスターズ2回、ATPファイナルズ1回のタイトルをとっています。一方4歳年長のティエムは、大きなタイトルはここまでマスターズの一つしかなく(7回決勝に進んだうち、優勝は一つ)、ここのところ上位に上がってきているものの勝てない人というイメージがありました。(ここ2、3年のグランドスラム決勝進出を、この時点で知りませんでした)

実は20歳でズベレフがマスターズの優勝を果たしたとき以来、この選手には期待していました。現在23歳、今回の全米をとってここから頂点に上り詰めるのではないか、と思ってライブ実況を聞きはじめました(音声のみ公式サイトで聞ける)。2セット先取しているのだから、あともう1セット取ればいいだけです。ティエムの方は、2セット落として落胆の極地だろうし、試合をあきらめかけているかもしれません。全米オープンでは、2セットダウンから挽回して優勝した選手はこれまでないそうです。(1968年のOpen Era以来:Open Eraとはプロ選手がグランドスラムに参加できるようになった時代のこと。グランドスラム全体では、2セットダウンから優勝した選手は過去4人いたそう)

ティエムはどこか弱いところがある、とこれまで勝手なイメージをもっていました。顔つきや態度も、ズベレフに比べるとナイーブな感じ。ズベレフの方は身長が1.98mと大柄で、両親や兄もテニス選手という中で育ったサラブレット、自信満々で恐いもの知らずのような風貌です。

ティエムは試合後のカンファレンスで、「神経(nerve)に問題があった」と最初の2セットダウンのことを分析しています。記者に「身体的に充分ではなかったのか」と再度聞かれた際も、「からだは100%パーフェクトだった」と強調しています。第1、第2セットは「super, super tight(超緊張状態)」だった、とも。「自分の強みである片手バックハンドは、気持ちが解放されていないと威力を発揮できない。特にラインぎりぎりに落とす場合は。緊張のため、それができなかった」そう付け加えています。

映像で見ていないので、第3セットをどのようにして持ち直したのかはわかりません。ティエムは第3セットを6−4で取り、第4セットを6−3で制し、試合をイーブンに戻しました。もし第5セットがタイブレークに持ち込まれたら、グランドスラムの決勝を3回経験しているティエムが有利にプレイできるのではないか、と思いました。そして試合はもつれ込み、タイブレークになりました。

ティエムはタイブレークを8−6で制して優勝しました。わたしはこれまでティエムには弱さがあるのでは、と思ってきたことを撤回しました。直近のグランドスラム優勝を決勝戦で3回逃し、4回目でついに達成した人。いったいどんな精神の持ち主なのか。ティエムは今回、メンタルの強さを世界最高峰の舞台で、最終的に発揮しました。わたしのこれまでの見方が間違っていました。。。

メンタルが強い、と一般にいうとき、どんなことをイメージするでしょう。気が強い、負けん気がある、神経が図太いなどでしょうか。ある心理カウンセラーは、メンタルの強い人の特徴として、「緊張しない」「堂々としている」「ブレない」「落ち込まない」「あきらめない」といった精神的な強さがある、と言っています。このうち後の3つはいいとして、緊張しない、堂々としている、はどうでしょう。わたしは当てはまらないと思いました。

緊張しないことは、メンタリティの強さ弱さとは関係がないように思います。緊張と集中は同じではないですが、精神の状態として似たところがあります。非常に高度に集中できているときは、緊張と緩和(リラックス)がうまくバランスされているように思います。極度に張り詰めていながらも、自由さがあるといった。メンタリティが強いと思われる人、大きな舞台で優れた仕事を成し遂げる人も、ときに極度の緊張に陥り、他者に助けを求めることもあると聞きます。

堂々としてる、というのも見かけの話が大きいかもしれません。堂々としている風に振る舞う人もいます。まわりを威圧するように堂々と振る舞っている人が、謙虚で考え深そうな態度の人と比べて、メンタルが強いとは思えません。英語のmentalityには、intelligence(知性、知能)の意味もあるようです。「ものごとを学び、理解し、新しいことや耐えがたいことを扱う能力」(Merriam Webster)という説明もありました。

知性や知能がメンタリティの強さと関係あるとしたら、心というより脳の問題が大きいようにも思えます。頭脳をいかに使うかということが、メンタリティと関係あるということです。

これで思い浮かんだのが、トットナム・ホットスパーというイングランドのサッカークラブのゴールキーパーのヨリス選手。2018年のW杯で優勝したフランス代表のキーパーでもあります。ヨリス選手の通常の表情は、一見気弱そうにも見えます。しかし実は非常にメンタリティの強い人であることに最近気づきました。それを支えているのは、彼の知性の高さのようでした。ヨリス選手の語る言葉、語り方、そのすべてが非常に静かで穏やかながら、人を惹きつける深さと強さに溢れていました。最近amazon primeで公開されたドキュメンタリー『All or Nothing: Tottenham Hotspur』を見ての感想です。

先シーズン(2019/2020)の対エヴァートン戦で、ハーフタイムに入ったとたん、ヨリス選手はチームメートであるフォワードのソン・フンミン選手に激しく言葉を投げつけながら詰め寄りました。ソン選手もそれに対して激しい反発を見せました。チームメート数人が両者を取り押さえたので、取っ組み合いにはなりませんでしたが、ヨリス選手の怒りは尋常ではありませんでした。普段もの静かに見える(クラブ側はこの二人をチームで最も静かな選手と評しています)人間が、激しい怒りの感情を爆発させるところを見るのは、なんとも心揺さぶられます。

ヨリス選手、ソン選手は、ともに仲間にガードされながら、まだ激しく言い合いをしながらトンネル(ロッカールームへの通路)に消えていきました。ここまでは試合の中でも放送され、何が起きたのかと、イギリスのメディアで大きく取り上げられました。ドキュメンタリー『All or Nothing: Tottenham Hotspur』の中で、そのあとのロッカールームの様子が撮影されていました。ヨリス選手は「もっと走れ、走れ、ソンだけじゃない、みんなだ、ケインも、ルーカスも、走れ、走れ、走るんだ」と激しい調子で叫んでいました。ハーフタイム前あと1分というところで、ゴールされかかった、というのが怒りの直接の原因のようでした。チームはこの時点で1−0で勝っていましたが、ハーフタイム直前に敵陣でボールを失った際、ソン選手が自陣に走って戻らなかったこと、それがヨリス選手のソン選手への激しい非難となったのです。

のちのインタビューでヨリス選手は次のように語っています。「あれはロッカールームで起きることの一部。言いたいことのすべてを言う、それもサッカーなんです」「何か起きたとき、自分の感情を抑えられないことがある。そういうときは、そのあと握手して、また先に進めばいい」 実際ハーフタイムあとに、ヨリス選手、ソン選手は和解した姿を見せ、試合を勝利で終えたあとには笑顔でハグをかわし、ヨリス選手がソン選手を抱き上げていました。

ゴールキーパーは、ある意味、チームの中で最も厳しいポジションとも言えます。常に相手チームシュートに脅かされ、ゴールを許せば何分の一かはキーパーの責任が問われます。さらにヨリス選手はキャプテンでもあり、チームの勝敗の責任を誰より感じていたはずです。この時期、トットナムは成績不振で、この先一つも負けられないという非常に厳しい状態にもありました。この試合にかぎらず、ヨリス選手が何を考えてプレイしていたか、ある程度想像はつきます。そう考えると、普段もの静かなヨリス選手が、あそこまで激しい怒りを見せることは納得がいきますし、怒りの爆発にはある種の感動さえ感じます。

怒るべきときに、しっかり怒り、それを相手に伝える、他者に伝える。これはメンタリティの強さの一つの現れだと思います。

「ピッチでいちばんクレイジーな選手も、普段はテディベアのようにおとなしいものだ」とはヨリス選手の言葉ですが、これはそのまま彼自身に当てはまりそうです。

もし自分のメンタリティに問題があると思えば、多くの人は解決したい、メンタリティを強くしたいと思うのではないでしょうか。気合いとかフィジカル的な鍛錬(滝に打たれるとか)によって精神を鍛えるのではなく、その解決法の一つが知性、「ものごとを学び、理解し、新しいことや耐えがたいことを扱う能力」を養うことだとすれば、やるべきことは一般に想像されることとは違うのかもしれません。

そういえば、トットナムの現監督ジョゼ・モウリーニョは、先にあげたドキュメンタリーの中で、「大事なのはメンタリティだ」と選手を鼓舞しながら、自分の頭を指さして「it's here, it's here」と言っていました。頭脳にこそメンタリティの鍵はある、と。

Photo by mirsasha (CC BY-NC-ND 2.0)



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2000年4月からウェブ上でさまざまなコンテンツを公開してきました。海外文学や音楽家インタビューの翻訳もあれば、写真家の世界紀行、ゾウやイルカのストリーなどいろいろです。またコンテンツの中から紙の本や電子書籍も作っています。

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ブログサイトで書いてきたジャーナルを、2020年6月からnoteで発表することにしました。テーマはその時々関心をもったこと、もう何年も続けています。葉っぱの坑夫の出版活動と直接的には繋がっていないけれど、ここで考え調べながら書いたことが、あとで役に立って、企画が生まれることもあります。トップの画像:Yoshiyasu NISHIKAWA(CC BY-NC-ND 2.0)

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