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[インタビュー] 『ボレロ』が意図どおりに演奏されることは稀です 1931.3.31

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成されるプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中のコンテンツです。

上の画像:ラヴェルのピアノの上に置かれた踊り子(from the video, Ville de Montfort l'Amaury)

オランダの朝刊紙 ”De Telegraaf”の特派員によるインタビュー

イル・ド・フランスの片隅に隠遁者のように隠れ住む作曲家、モーリス・ラヴェルの家を探し出すのは簡単ではなかった、とは記者の弁。モンフォール=ラモーリーという中世の騎士道をイメージさせる名前の小さな村の、ベルヴェデール(展望台)と主によって名づけられた建物をやっとのことで見つけ、ドアのベルを記者は鳴らします。何度か鳴らしたあとに、2階の窓からハウスキーパーらしき女性が顔を見せ、家の中に案内されます。

日本風の玄関を通り、たくさんの部屋を通過してラヴェルのいる小部屋へ。その間通ったどの部屋からも外の眺めは素晴らしく、中国の骨董店と見まがうような部屋もあり。家の中は、すべてが美しくきちんと整えられていたとか。そして一番奥の(サイコロのような真四角の)部屋で、シャム猫たちに囲まれ、(家と同じように)小さくてきちんとした身なりの作曲家モーリス・ラヴェルが、床に散りばめた楽譜や手紙の中に埋まるようにして忙しげに立ち働いていたそうです。

記者が突然の訪問をわびると、家を見つけ出したことにまず、ラヴェルは驚いていた様子。

ラヴェル:明日には友人の作曲家ドラージュと、彼の車でモンテカルロまで行くんですよ。今すごく疲れていて、かなりね、それでしばらく逃げ出すんです。左手のためのピアノ協奏曲を書き終えて、これは戦争で手を怪我したパウル・ヴィトゲンシュタインのための曲ですが、ただ不運なことに制作中だった新しい協奏曲の方を中断させられましてね。(ト長調のピアノ協奏曲と思われる)
記者:世界中があなたのこの新しいピアノ協奏曲に興味をもっているようですが。この曲についてお聞かせいただければ。
ラヴェル:これはディベルティメントで、二つ速い楽章がゆっくりとした2楽章を挟み込んでいます。対位法と和声的な扱いのバランスがとられ、片方がもう一方をしのぐことがありません。「ディベルティメント」あるいは「娯楽の音楽」と名づけていることに注目してください。このコンチェルトを仰々しい作品として受け取らないでほしいですね。そうではないので。

モーツァルトが耳の楽しみのためにつくった作品は完璧です、わたしの意見ではね。さらにはサン・サーンスでさえ、この目標を達成しています。まあレベルはかなり劣りますけど。ベートーヴェンは影をつけ、ドラマ過剰にし、自分を美化してる、よってこの目的を果たしていません。

わたしはこのコンチェルトを自分自身で演奏*してまわりたいと思ってます。ストラヴィンスキーのように、初演を自分でやる権利を有してますから。オーケストラのパートはまだ出版が決まっていなくて、2台のピアノ版のみが出ることになっています。マルグリット・ロンは1年半後には、この曲を弾く許可が得られるでしょう。それまでの間、わたしはこれを5つの地域で演奏するつもりです。アムステルダムでは秋に、インドネシアのジャワでもあり得ます。ジャカルタにはオーケストラがないですが、ディルク・フォック(ジャカルタ生まれのオランダ人指揮者)は、演奏することは難しくないと保証してくれました。
*ラヴェルは自分自身のピアノ兼指揮で初演することを望んでいたがこれは最終的に実行されず、マルグリット・ロンの独奏とラヴェルの指揮により、1932年1月14日、パリのサル・プレイエルで初演された。なおこの曲は信頼するピアニスト、そして友人でもあったマルグリット・ロンに献呈されている。(訳注:日本語版Wikipediaほか)

記者:ジャワにあなたが惹かれるのは、あなたの音楽が東洋と関係しているからでしょうか?
ラヴェル:ええ、わたしはガムランの国を見てみたいと願ってるんですよ。極東において、ジャワの音楽はもっとも洗練されたものだと考えていて、よくそこからテーマを引き出します。『マ・メール・ロワ』の「パゴダの女王レドロネット」は寺の鐘の音を取り入れていますし、またハーモニー的にもメロディー的にもジャワの音楽から導かれたものです。ドビュッシーや彼の同時代の作曲家と同じように、わたしも東洋の音楽にはいつも惹かれるものがあります。
記者:あなたはジャズにもすごく惹かれてませんでしたか?
ラヴェル:今の時代のリズムを否定できる者はいないでしょう。わたしの最近の音楽は、ジャズの影響に満ち溢れていますよ。オペラ『子供と魔法』で使われているフォックストロットとブルーノートだけじゃないです。新作の左手のピアノ協奏曲でも、純化されてはいますが、シンコペーションに気づくと思います。しかしジャズの影響は減っています。ジプシー音楽がパリに戻ってきていて、わたしが敬意を表してるグルグルまわるワルツと一緒にね。

記者:新古典主義はいま、音楽界を二つの派閥に分けていますが、これについてのご意見は。
ラヴェル:極端なモダンに走ったあと、古典に戻ることが期待されたのです。洪水のあとに引き潮が来て、いま革命の後の反作用を見ているわけです。ストラヴィンスキーは新古典主義を主導する人と見られていますが、わたしの弦楽四重奏曲はすでに、4声の対位法という点においてそれが着想されていますし、ドビュッシーの四重奏もコンセプトにおいて純粋に和声的だということを忘れないでください。
記者:ストラヴィンスキーの戦後の作品について、だいぶ物議をかもしていると思いますが、どう思われますか?
ラヴェル:『詩篇交響曲』に深く感動しました。最後のところの広がりは素晴らしいものがあり、神ワザ的です。あの曲が彼のオペラ=オラトリオ『オイディプス王』の成功版であることは間違いありません。といってもわたしは、この作曲家が以前にたくさん書いた乾いた、固いスタイルのものよりずっと、『オイディプス王』に敬意を払っていますがね。

記者:あなたの『ボレロ』はどのように指揮されるべきだとお考えでしょうか。またあなたの考えに反対する指揮者や批評家たちに、どう答えますか?
ラヴェル:『ボレロ』はこうあるべきというやり方で演奏されることは非常に稀です。ウィレム・メンゲルベルクは極端に速度を上げたり下げたりします。トスカニーニは実際の速さの2倍のスピードで指揮し、最後のところではさらに増強します。どこにもそんな指示はありません。違うんです。『ボレロ』はスペイン-アラブ風の単調ですすり泣くようなメロディの中、最初から最後まで同じテンポで演奏されるべきなんです。わたしがトスカニーニに自由にヤリ過ぎだと指摘したら、彼はこう答えました。「このやり方で演奏しなかったら、効果がないですよ」 ああ、この救いがたい巨匠は、作曲者がいないかのように自分の空想の中で演奏するわけです。

記者:この人里離れた場所で、ラジオで音楽世界に触れることはあるんでしょうか。
ラヴェル:ラジオを聴かせないでくださいよ。わたしの曲が歪められているのを耳にするのは辛いです。蓄音機の方がいいですね、進化が速いです。わたしの『ボレロ』はポリドールでレコード化されましたけど、非常に満足しています。『ラ・ヴァルス』は録音が少し難しいでしょう。指揮者のアルベール・ヴォルフは、冒頭のピアニッシモのところを非常に小さく演奏しましたが、レコードではそう聞こえませんでした。なので今、蓄音機用に別のオーケストレーションを書いています。つまり進化はあるものの、録音マイクはまだ理想的とは言えないということです。
記者:この先のプランをお聞かせください。
ラヴェル:ジャンヌ・ダルクの音楽をずっと考えてきました。ジョゼフ・デルテイユの有名な小説から刺激を受けてまして、音楽的なアイディアはほぼ見えています。聖ジャンヌの人生の様々なエピソードが、映画のように互いに作用します。この英雄的なフランスの女性についての叙事詩に、わたしは完璧にやられました。自然と人間、これが綿密に編み込まれ、音楽的な解釈に無限の可能性を与えてくれます。

インタビューを終えると記者はラヴェルに、仕事部屋を見せてほしいと頼みます。透きとおった布地が何枚も重ねられたカーテン、そこから微かな光が部屋に差し込み、ビーダーマイヤー様式のスタジオは、青い洞窟のように見えたそうです。そして目が薄暗さに慣れると、たくさんのミニチュアの飾りものがグランドピアノの上やその周辺に並べられていて。。。ガラス瓶の中の船、ネオゴシックの時計、踊る人形、ガラスの花々、、、、まさにラヴェルの大好きな世界です。

家の中を次々に案内してくれたあと、最後の扉を開けると、船のデッキのようなバルコニーがあって、目の前にイル・ド・フランスの素晴らしい風景が広がり、記者は言葉を失ったとか。さらにラヴェルが案内したのは、テラスの向こうに広がるお気に入りの庭、遠くには小さな石で囲まれた池がありました。

ラヴェル:この庭は日本庭園にも似ているけど、ヴェルサイユ宮殿の庭にも似てると思いませんか?

(アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より/訳:だいこくかずえ)
下のビデオ:ラヴェルの家の中を詳細に撮影したもの


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