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[文章] 工場で音楽をみつける 1933.8.9

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成される「モーリスとラヴェル」の中の一部です。

*「騒音」を楽音として捉えることを早くから提唱したラヴェル。チャップリンとは正反対に、機械文明そのものに対しても肯定的でした。

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Finding Tunes in Factories by Maurice Ravel
New Britain (August 9, 1933): translated from French

 何世紀もの間、人間は、自然の奏でる音楽から刺激を受けてきました。川のさざ波、葉っぱのかさこそいう音、鳥たちの歌、動物の鳴き声、こういったものが美しく不朽の音楽に訳されてきました。
 しかしこういったものは今の時代、やりつくされています。新しい作品のために、自然物を使いつづけることはできません。世界は、昔ながらのインスピレーションによるテーマというものに飽きてしまった、聞き飽きているんです。これでは音楽が衰退するときが必ずや来るでしょう。

騒音からのインスピレーション

 新たなインスピレーションを探す中で、新しい生活の仕方や環境というものを見過ごすことはできません。街では車の「ブンブン」いう音や機械の「ゴロゴロ」鳴る音が聞こえ、それが気持ちのいいものか嫌なものかは置いて、そういった音を素晴らしい音楽に生かさない理由はありません。
 疑いようもなく、今の時代の機械工学は、音楽に刻印を残しています。それは世代を通して、今後受け継がれていくはずです。そしてわれわれ作曲家たちが、単なる雑音と見られているものから、もっともっとインスピレーションを受けるようになるでしょう。過去においては、戦争によって、世界的に有名な交響曲がつくられてきました。そして戦闘による音は、もはや機械音のブンブンいう音ほどに刺激的ではありません。
 チャイコフスキーの『1812年』やフォン・スッペの『軽騎兵』は戦争の産物であり、練兵場の訓練の音ではなく、戦闘部隊のぶつかり合う混沌状態や突然の大砲のとどろきから生まれたものです。ベートーヴェンはナポレオンの生涯をもとにした交響曲をつくりました。であれば今の作曲家たちが、どうして産業界のリーダーの生涯を作品にしないわけがありましょう。

ビジネスマンはヒーロー

 世界が発展するために、政治家や兵士ではなく、産業界の牽引者たちに注目するという時代の傾向があります。これは当然ながら、音楽の中でも表現され得ることであり、現代の音楽が人々の生活を正しく反映するなら、そうならなくてはいけません。
 急坂を登っていく自動車のブンブンいううるさい音は、美しい音には聞こえないかもしれませんが、音楽に翻訳されるとき、まったく違う魅力を発揮します。森にいるナイチンゲールの歌は、スコアに表される音楽として解釈されたものとはずいぶん違います。同様に、エンジンのうなる音は、音楽になったとき、実際の騒音とはまったく違うものになります。
 このような音を音楽で表現することこそ、本物のアートなのです。もちろん音楽が騒音そのものを出してみせる必要はないですが、音楽の中で、機械の生む物語とその仕事ぶりを解釈して示すことができるのです。

産業における美

 工場のことを考えてみましょう。平野部、あるいは産業の密集地帯を想定すれば、そこには生活があり、住処があり、何千人もの労働者の生きる場となっています。一日中、力強いエンジン音がブンブンと鳴り響きます。ベルの音が作業の進行を刻み、仕上がった製品の山が機械によるシステムの効率を、それを動かしている頭脳の威力を証明します。
 夕暮れには、カンカン、バンバン、ドンドンいっていた音が静まります。大きな門が開くと、工場から吐き出され、これから家に向かうたくさんの労働者たちの声であたりは満たされます。しばらくすると、最後の明かりが消され、少し前には騒音と活気に満ちていた場所が、シンとしてひとけのない寂しさに包まれます。
*下の絵:Engine House and Bunkers, 1934, Austin Mecklem (1894 - 1951 )

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機械による音楽

 そのような工場では、どんな音楽物語が生まれるでしょう。音楽家たちは、歴史学者や小説家たちとともに、この機械時代の物語を、子どもたちに、子どもたちの子どもたちに、伝えなければなりません。
 わたしたちは音楽の中に、自然や戦争、その他たくさんのテーマを持ってきました。音楽家たちが未だ、この産業の歩みの驚異を捉えていないことに、ちょっと驚いています。
 オネゲル、モソロフ、シェーンベルクなどの作曲家が、ここからインスピレーションを得ています。わたしの作品『ボレロ』は工場から発想を得ています。いつの日か、壮大な産業音を背景に、この曲を演奏してみたいと思っています。

飛行機シンフォニー

 飛行機は、大変な便利さをもたらしてくれました。素早く移動ができ、この時代において物事を円滑に進めます。シンフォニーのテーマにだってなるでしょう。飛行士の素晴らしい勇気、大地、海、空を飛ぶ危険をともなう冒険は、音楽の中ですべて表すことができます。そして空の英雄たちの記念碑となります。何百人もの命を乗せて大海に出ていく近代の大型船(航空機)であり、嵐との戦いや人間による自然の征服といったすべてを、音楽の物語の中に凝縮することができます。日常的な、なじみある鉄道の音は、われわれの進歩を語る作品となり、人間がいかにして自然による障害を乗り越えてきたか、創意工夫によってそれを勝ちとってきたかを示すでしょう。
 しかしこれらすべては機械による勝利なのです。人間の命令をこなすために、人間がつくった巨大なモンスターなのです。なんと壮大なるひらめき、そして創造性でしょう。未来の人間は、人間の重荷を開放してくれた機械を、誠実に美しく時代の精神として反映させた音楽(それはわれわれ何百という作曲家によってもたらされたものです)に感じ入ることでしょう。

(アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より/訳:だいこくかずえ)




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