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Vol.65「わたしに備わる力を語る2」のみさんぽ 〜湘南に暮らす鍼灸医学者が感じるウェルビーイングな歩き方〜  

タイトルが長いので伝えたいお題を先頭に置いてみました。

「わたしに備わる力を語る」
前回に続き今回はパート2

4月に入りました。
いよいよ春めいてきましたね。

と書いていたら、関東の桜は終わり、今は北海道で桜開花のお知らせが届きます。
と思ったらもう5月ぢやん!!!

モタモタ書いてたら夏になっちゃうぞ。

さてさて

東京での開花宣言のまさにその日の午後に私は新宿御苑にいました。

ひと月前から決めていた心の友たちとの初めてのオフ会
緑あふれる新宿御苑で会いましょう
という約束で。

けれど午前中までは春の嵐
それゆえに電車も大幅遅延

お子さん連れの人もいるし
このままだと新宿に行っても雨に濡れないレストランランチ会

でもなんとなく...
これは間違いなく新宿御苑で
ドンピシャで花見ができる、
と内なる私が私へそう語ります。

はい
結果的に新宿に到着してまもなく
雨はどんどん小降り、そして晴れていきます。
一気に春の陽光が差し込み気温も急上昇。

こうなればもう
悩むことなく新宿御苑です!

お昼時にもかかわらず
雨を避けてか御苑内はほとんど人もいない。ソファー付きの屋外休憩所は貸し切り状態☺️

みんなで思い思いのお昼やお菓子を用意してワイワイ語り合う時間

初めてリアルで会う人たちばかりなのに、不思議と心が安らぎ落ち着く。
そういう集まりを作ってくれたのが
岩崎はるさんが作った
「ツナがりアヱル」というグループです。

「ツナがりアヱル」では
自分たちの人生を振り返り語り合ったり、想いをシェアしたり。
素晴らしい時間でした。

いままで私自身が得てきたもの、授かった力、いただいたご縁などを可視化することができ
なぜ私はいまここにいるのか
そのありがたさを日々味わっています。

「月と土曜の占星術」と言う星読みの体験会もやっていらっしゃいます。人気殺到中のようですが興味がある方は
はるさんに直接お尋ねください。
「ツナがりアヱル」も募集してますよ。
https://resast.jp/page/event_series/ZDY5MjI4MWE2Y

https://resast.jp/page/event_series/ZDY5MjI4MWE2Y

さて
前回は
私が女性医療に強い思いを持つに至る、その前の子供時代のお話に触れて終わりました。

もうすこし「なぜ私がいまここに」の「なぜ」を掘り込んでみたところ
ある1人の存在が浮かんできました。

野溝トワ
大正3年5月4日生まれ
私の父方の祖母です。

トワばあちゃんは
眼力強めの舌鋒鋭い本の虫、
歴史から芸能まで幅広くなんでも知ってる教養の泉のような人でした。

また、夫が事業に失敗して
母1人で6人の子供を育ててきた苦労人でした。

大正3年は五黄甲寅
いわゆる
「五黄の寅」
甲寅は「猛虎」とも評されるエネルギーの強い寅と言われています

祖母のトワはその通り、気が強くて、自立的で誤りがあれば誰にでも物おじせず直言。
戦時下の婦人会の竹槍訓練中
空に向かい槍を突くことにバカらしくなり、こんなことをやってもまったく意味がないのだから、もっと兵隊さんのためになることをするべきだと、教官に文句を言ったそう😅
自分にも人に厳しく、決して弱音を吐かない人でした。
しかしその割に困った人は放って置けず、世話好き
だから孫にも厳しくも本当に優しかったし、何歳になっても女友達によくモテました。
5歳から一緒に住むことになった私は
祖母と一緒に散歩したり、映画「南極物語」を見に行ったり
日本橋三越に行ってカレーを食べたり、花札したり、百人一首をしたり
本当によく一緒に遊んでくれました。

そんな優しくも気の強い祖母が
75歳を過ぎたある日の自宅
私の目の前で転倒。
大腿骨頚部骨折に見舞われます。

そして入院先では
今度は腰椎を圧迫骨折

すっかり動きを制限されて
みるみる衰えていきました。

退院してからは
在宅介護が始まりました。
私はちょうど鍼灸の専門学校に入ったばかりの1年生

あれだけ気丈で冷静だった祖母が
動くたびに「痛い...痛いっ」とうめく
その姿がどうにも辛かった。

なぜ食事もきちんと摂っていて
健康的な暮らしをしていた祖母が
こうもいとも簡単に骨折し
寝たきりになっていくのか
理解が追いつきませんでした。

骨が何でそんなに簡単に折れる、
潰れてしまうの?と。

いまはその理由や仕組みを
私も理解できます。
閉経期に女性ホルモンが急降下したと同時期に
骨のリモデリング機能が落ちて
骨の破骨が進む一方で骨再生が遅くなるゆえに「骨粗鬆症」が始まる
ということを。

祖母の更年期の時期に
このような知識があるはずもなく
高齢になれば全てが衰えていくものだ
ということが普通だったはずです。

そして鍼灸学校で学び始めたとはいえ
まだ何をしてあげて良いかも
まったくわからず。
ただただ床ずれにならないように
痛みを出さないように体位変換を
行なう毎日。
つらかった。でも本人はもっとつらかったはず

今、過去を振り返って思えば、
おそらくここが女性医療に心が動き続ける原点かもしれません。

今なら間違いなくこうするという手立てもちゃんとあるけれども、

骨密度の減少と言う決定的な局面はもっともっと前の時期にさかのぼって対策することでしか守ることはできません。

祖母には間に合わなかったけれど、これから先の誰かのために知識をつけて、誰かの役に立ちたいと思い行動するようになっただけでも
祖母が骨折して寝たきりになって、そして数年後に亡くなっていったそれがが全く無ではなく
孫の私の足跡に残っているのは確かです

祖母のことを思い出すことで
自分の中に昔からある大事なものが、恐竜の化石発掘みたいに砂が取れていって表立ってきたのかも知れないですね。

ということで、女性医療に出会い
強い使命感に近いものが湧いて、
その人生をすすみはじめているわけです。

では次回は5月ですが
もう明日が5/1なので
次の話はまたお楽しみに

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