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詩73 静かさ

静かさ

音をまた音と為さなひ程
部屋に膨らみ
飽くまでいづれか満ちてゐるとも
その物音の
音のうしろにゐて音の色をさう収める
夜の空と空の漂ふ風の黒く
同じひ位ふかひ為
物音のいづくへ発つ
音のまはりでその音の色を失ふやう
初夏にまうほど近ひ
部屋にひとりゐしつつ夜の暗ひ
物音へ耳をそば立ててゐる
林と言はうか
林のほとりの道と言はうか
いづれか深く
物音のうるさひほど
夜をあをらめ寂しく静かにしてゐる
その物音の発つ所を思ひつつ光さへ色を失ふ

/小倉信夫

Twitter @hapitum 2023/6/14

 ひと日ののちに詩を書きたくなって綴るのが私の日課で、その日に書きたくなることも、その日には書けなくて暫く心にあたためたのちに書くこともあり、書き方は様々なのですが、それでも一日をどうにか過ごし終えてから夜になって鉛筆を握り、その夜の気配の濃やかさのまま詩を書き始めることが多くあります。

 今は立川市に居ますが、武蔵村山市にいて同人誌をしていた頃などは、今とはまた少し書き方が違い、その時は通勤時間が今よりも長かったのもあって、帰宅する電車の中で本を読むことを一つの習慣としていました。二〇分くらい電車に揺られるのですが、立ってつり革を握るまま、あるいは座って膝の上にカバンを置くまま、その手に持った本の内に入りこむように読み、そして下車したのちは夕飯の材料と、少しのおやつを買って、本から伝わってくる言葉の波動のような何かを、再び二〇分は歩く道のりに重ね合わせながら帰るのが、私の詩の風景の一つだったと思います。

 その道のりの内には歌を歌っていることもあったり、ただ黙って電灯の明るみに目をこらしていることもあったり、あたかも日増しに影の濃くなっていく樹と住宅の隅を歩いていたり、そうして読んだ本の内にある言葉はどこかへ忘れてしまって、家に帰ったらお菓子を食べ、夕飯のために作り置きを温めながら、原稿用紙を机の上に広げて鉛筆を握ります。

 電車の中で読んでいた本は、たいてい最初の一〇分ほどは集中できないもので、そのあたりに書いてあることは読み飛ばすように読んでしまうのですが、残りの一〇分の文を読むのに集中しすぎるらしく、少し手前の駅で下車しなくてはならないときなど、乗り過ごしてしまったこともあります。これは詩を書くために読んでいるからというのではなくて、本に集中しながら乗り物に乗っているとままある出来事で、だいぶ進んだあとで気がついたり、終点まで行ってしまったりします。

 そうしないように、近ごろは早めに本を閉じたりするのですが……

 そういう読書の名残のような感情の揺らぎをまだ持ち続けているかというと、歩く内に忘れてしまっていて、しかし心のどこかにはまだ波みたく紋様を描いており、そのためか、真冬でも書くときには窓を開けることがありました。窓を開けて、来ている上着を脱ぐのですから風邪をひきそうですが、その方が集中できるのでそのときはそうして書いていました。

 前日に書いた詩をもう一度読み返し、その詩を少し直すところから始まって、その後に続きを二行か三行書いたらだいたいお湯が沸いてくるので、その日の詩作はそこで終わりになることが多かったと思います。もう少し書きたいときには書きますが、すると作っているご飯がひどい有様になるので、伸びきったひやむぎをすすったりしていました。しかしすする間もまだ詩のことを考えていて、片付けを終えたら少し直したり、続きの草案をしたためたりしていました。

 それがその頃の私の詩の書き方で、もしかしたら書いている時間は一日に一時間もなかったかも知れません。今はそれとは違った書き方をしていますが、似ているところも多々あり、結局私にとって一番書きやすい書き方というのが、ここにある時間の流れ方に似ているのだと思います。

 ここ数年の書き方は、電車で本を読むよりは、一時間ほど歩いたのちに書くことが多く、時間帯ももっと遅くなりました。ひと日のことを終えて、書けそうな心地の訪れるときに書いていて、夜に書くのは変わらないのですが、そのときのように毎日書くというよりは書きたいときにまばらに書くようになっています。

 書き方によって詩の内容は変わるので、このところ書いている詩はそういった現在の私の生活を映した詩になっているかも知れません。その意味では、まだ暫くここに暮している以上、ここにいて生まれる何かを詩の言葉として深めていくような気がしています。

 詩と記憶の関係は不思議で、ここに武蔵村山のことを書きましたが、詩は少し前のことを辿りながら、しかし今目前にある風景を叙述している何かであるという気がします。もしかしたら、このように記憶を辿ってここにしたためることが、今の私にとって深い意味をもっているのかも知れません。

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