こゑを手に拾ふ日より - 1~24

こゑを手に拾ふ日より

二〇二二年一月~十二月


二〇二二年一月


 こゑ……、こころ(の内の……、)こゑを指より囁くやうな……、虫の鳴く優しひこゑ……、を思ひやつて椅子に座つてゐた。冬の風の這ふくらひ低く寒ひ広場の椅子に……。人のゐなひその広場は、とほひ秋を思ひ起こさせたのでせうか……。生死のとほひ秋を……

二〇二二年一月二五日


 向かう(の……、)とほりのその向かうまで……、消へ入るほどの日の差し、目に余る明るさのある往来にゐた。匂ひ……、と言はうか、かほり……、と言はうか、人の影の幾つもとほる路だつた。見遣るやうその(とほひ……、)風景を目に映せば、それは時の魔だつたと思ふ……

二〇二二年一月二九日


 やはらかひ…日の、朗らか……、と言ふには、しとやかであり、その日の、(日の内の(まなざし……、)の)静かな図書館にゐた。休むほどでもなく、日の陽気さを、麻の布の人心地のやうに見てをり、昼と言ふかはひた時に、日に心のほぐれるやうだつた。一つの本を手に(やはらかひ樹……、に)さはる思ひでゐた……

二〇二二年一月三〇日



二〇二二年二月


 風……、うつろに肌(と心の官能……、)へ、さも気配のやうにさはり、寄せ、去り、また目に現れた草として、吹き遊んでゐた……。道すがら、なべてその風景(……、の内に聴こへる時刻の夢(…、のやうな風の色合ひ……、))に漂ふ春の花の薫りのやうだつた。烈しく寒くこはひ風が吹ひてとほつた……

二〇二二年二月五日


 時をほぐすやうに……、時の(瞳へ)幾つか糸を撚り、とほし、時の(目の)笑ふ糸の波より、時をほぐしてしまふやうに……、時の(さなかの)瞳のこはさをじつと見てゐた。指で糸を撚る手のやはさより……、手に時のつたふ(まなざしの……、)心の深さより、思へば時をしづかにほどくやうなひと時だつた……

二〇二二年二月十一日


 言葉……、と言ふ、おまへのこゑ(……、をそのこゑより)此所へ、……、心へ問ひかける程、水を呑むやう(こゑの細ひ)波のたゆたふ、言葉より、胸の(何もなひ胸の底の湖の……、)思ひ出にさはるやうでゐた。さも夢の野の風の細波を問ふやうで、夢と言はば瀬々らぐその、言葉の(幻の……、)かがよひの内にゐるくらひ、こゑはさやかに胸のしづかな心のほとりへ、聴こへてゐた……

二〇二二年二月十五日


 やつと思ひ出してきた……、思ふ…、と言ふ思ひ…、を辿る仕草より、その思ひの揺らぐ草の野を目に浮かべるやうに、穂のさやかに瀬々らぐ(野の……、)とほひ景色の風合ひへ、そのかほりへ触るやうでゐた。暮らしのととのふ時と時の合ひ間の川へ、その草の穂の川へ……、こころ漂はせてゐた……

二〇二二年二月二二日



二〇二二年三月


 ひとつの樹に……、日の光のやはりかがよひ、鳥が鳴ひたり(春の……、)ちひさな虫を宿したりして、葉をささめかすのを、何と言へばよひか分からなひまま、じつと(樹を……)見てゐた。樹よりこゑの聴こへるならば、こゑはおよそ新しひ、(樹の……、樹の在る道のほとりの……、)心の若ひしなやかさのやうに思へて、(樹に…、)覆はれる日をやうやく歩ひた……

二〇二二年三月六日


 日(や(…、人の心の)灯…、)を畳んで………、(たたむやうに道を明るませて)あるひは川の日(灯)……、にほど近ひ流れ(…、と流量…、)も同じく整へとほりに合はせるやうに…、街へけふの日が差して来てゐた……。思ふとなく歩ひてゐると、通りの隅が樹陰を曲がつて行くやうで、日(や(…、人の心の)灯…、)が、日にかひま視へるやうでゐた……

二〇二二年三月十五日


 こゑ(…の夜空へ広ごり……、)幽かに哀しひ……、こゑの降りかかる……、余り暗ひ空より、空へ、さざめき、息を吸ひ、吐くこころに似た、こゑの降る……、哀憐な夜を過ごしてゐた……。春といふ、時さへけふをかなしむ今の窓際にゐた……

二〇二二年三月十七日


 やうやく胸の寂しひこころ静かな春となり、空の広ひ……、おほくその閑かなあたたかさと、余りみづみづしひ(空の色合ひと光の落ち着きとの……、)在り方で、濡れた野の道を歩く心地でゐた……。てうど雨の隣の日の優しひほど莫とした時刻のさざめく夜の街の道だつた……。雨は(幻の……)野を恋ふやうに切なく土を湿らした。春の表の道をこころ寂しく歩ひて回つた……

二〇二二年三月二〇日


 こころなひ……、あるひは思ふと言ふ、こころの向かふ目差しと、仕草のなひ……、草臥れた(思ひの在る……)佇ち方で、あなたは流しのまへにゐた。佇つ在り方のやはらかさでもて、水の菜を雪ぐこゑと、菜より生まれる(こゑのこころ吸はれてしまつた……)こゑに、耳を傾け、ひとはそれら流しと言ふ所と時刻の表す寂しさや(水のこゑの瀬々らぎ……、)にじつと耳をそばだててゐた。さも目の前に朝らしひ朝を(こころなひこころのために……、)見つけたやうに……

二〇二二年三月二五日



二〇二二年四月


 目に見へなひこゑと言はうか……、こゑの聴こへさうな風(の穂の……)揺らぎと言はうか……、空(と空(と言はれる所)との)(その……、)川のほとりに似たこゑの声量の在る所より、春らしひ土と葉の薫りが此所へ届ひて来てゐる。時にもそれは(風の)(あるひは(とほひ)川の……、)景色の伝へる目に見へなひ震へとして、空(そのもの)を……、湿らしてゐる……。こゑと風のたはやかさとして……

二〇二二年四月二日


 やつとしづかに(公園のほとりの……、)夜道を(街灯を見上げながら……、)歩ひてゐた……。風がすこし吹き((夜の碧ひ)樹に棚引ひてゐて……、)街灯の(芯を)揺らすやうだつた……。とほりは鈴なりに折れるまま向かうまで暗く、わづかな家と建物の明かりさへ、(その風と(碧ひ)樹の(川が……、)瀬々らぐやうな時と所の造り方に、)うなだれるやうでゐた。本当に暗く、ああ、これが私のこゑなのだ……、と舗装のうへに足音を響かせた……

二〇二二年四月九日


 けふを(新たにけふと思つてゐると、)音らしひ音の途絶へた(夜の……、)しづかさとしてここに(さも……、川の豊かな水量を思ふやうに、)しづかであると、改めてしたためてゐる。(街灯と月明かりに、本当に光る川面の(烈しひ)在り様に、耳を澄ませてゐると言はうか……。)川の形を愛ほしみ、あるひは川の形にこゑをなぞらへ、その形を胸に問ひ、このしづけさが草の穂ばかりの今であることを、夜の(余りの……、)暗さに思ひ浮かべてゐる。何もなひ音に耳を傾けながら……

二〇二二年四月二十日


 とほりに……、とほりの(東西へ……、)延び、ならびながらうねるその(通りの……、)断面に……、道を(時といふ塵の)とほつたあとにある、かつて水の波(とその水量の通過したあと……、)を、それら水と水の在つた川の源として、心より愛ほしむ様子の(……、)その手の並び動ひた(であらう)跡を、しづかに(思ひ浮かべつつ)歩ひた……。とほりのその所へとほるうねりそのものの、うねる跡とともに並ぶ道へ歩きつつ、だうにも(……、)胸は懐しさで一杯だつた……。たふれるほど、此の日、私は歩ひた……

二〇二二年四月二五日



二〇二二年五月


 ひとは……、まなざしを凡そ伏し目がちに……、しかしその隣にはどこか潤ひを湛へ……、淵の深ひ湖に似た(……、それとも余り葉の茂つた林の樹にも似た……、)眼を日に輝かして(立ち並ぶ本をまへに)(……、あるひは本の扉より開かれる思惟に夢を馳せるやうに……、)一冊の本を購つてゐた。ひとは……、あるひはひとらは……、胸に広がる森林の(またそこに棲む鳥と獣の)こゑに耳を澄ませる仕草で、夢を目や耳に湛へるしあはせを(その購はうとする手の持つてゐる思惟の内に……、)表すやうでゐた……

二〇二二年五月二日


 かういふ瞳(をあなたは……、)(濡れた髪と草臥れた頬と日と月のやうにおほきな瞳へ……、)草が風に揺れてゐると言はうか、水が川に棚引ひてゐると言はうか、田の畔を子が(花を摘みながら……、)歩ひてゐると言はうか……、風と草の穂がそれぞれ、空を浚ふことがあるやうに、ひとは(その瞳の在る……、)所へそばだつこゑへ、耳を澄ましてゐることがある。日と月をかうして瞳と言ふなら、その瞳の揺らぐ様子にはだうしてか哀しみがある。儚ひとも言へさうな、空の底ふかく沈んだ静寂かも知れなひ。

二〇二二年五月五日


 本を購ふ……、購ふのにとほく及ぶ、及びほほえみ手と手との形ばかりの交歓をひとはきつと見つめてゐた。本の並び、あるひはひととひととのこゑの行き交ひ、どこか虚しひ情報の彩りの聴こへてくる昼の駅舎にゐて、おそらく物憂げに目を愛しませ、その愁ひの内に官能の笑まひを湛へ、そして本当に愁ひてゐたと私は考へた。購ふ……、と言ふけふの晩ひ春のみの暖かさの内に在つて、あなたが何を考へてゐたのか、無闇と知りたひと思ひ、さうして一冊の書を購つて去つた……

二〇二二年五月八日


 ひとは私に(こゑのとほひ……、)田のしづかな畔とその隣の小川と(そして……、)草の鋭くたはみ花と風に波引ひてゐる命の在り様(と様式の美しさ……、)を思はせた。東京の国分寺から(あたかも……、)川のとほつた跡(の泥るみのやうな……、)綺麗な坂を下つて国立(あるひは立川と言ふ所へ……、)来た所だつた……。道に浮かぶ川と水の風におののく往来を、おほきな樹を片はらに見つつ、その同じまなざしで私はそのひと(ら……、)を見つめた。夢を目にととのへた(心の隣の……、)樹立ちと同じ目のならぶひとらと会へて、こころ和んだ……

二〇二二年五月十一日


 ひとりびとりひとのありく……、歩ひてゐたり立ち留まる……、とどまつたりいぶかしむ……、そして椅子に腰かけ直す。なつかしひ心の表れたまなざしをして、寂しむひとらにおほく私には見へ、目はひとりびとりへけふのこころとほひ朝に覚へた夢を語らうやうでゐた……、と言はばこれはひとつの憧れだらうか。目に代へて耳を寄せても、その足どりの心を象る歩き方より、名のある者は何もゐなひ。さういつた宵の前の往来だつた……

二〇二二年五月二十一日


 日を置ひたまま、けふとなり、やつと駅の近くでひとと識り合へた。明るく、また暑く、しづかな瀬々らぎで持つて空を考へさせる、国分寺(や立川……、)の波状の道のうへだつた。なにごともなく、昨日らしひけふのあり、またけふらしひ昨日でもある、こゑのたはむ歩み方を(ひとらは……、)してゐるように、日も時も経つて行つた……

二〇二二年五月三十日



二〇二二年六月


 こゑをしづかに聴ひてゐた……。耳へ耳を(森閑と……、)近付けるやうに、口と(その……、)こゑの片はらへ耳を(そつと)寄せ、言葉の懐かしひ彩りと光景を思ひ出しつつ、幾たりかその柔和なこゑの(耳元を……、)歩き過ぎるやうに聴ひてゐた……。前橋と、(あるひはとほく)電車の(波打つ……、)風景の内や、新宿のしづかな騒々しさの近くにゐて、その景色とともにたはむこゑを(やつと……、)聴ひてゐた……。詩のほとりを歩き、私もしづかに佇つてゐた(と思へる……。)

二〇二二年六月三日


 こゑの失ふ(喪ふ……、)失ひ、失はれたそのこゑの内より、失ふ(喪ふ……、)と言ふこゑの心へ充ちる様子を、失はれたこゑに凝つと耳を傾げつつ思つて(憶へて……、)ゐた……。憶へやうと耳を(耳のとほひ、とほくまた何もなひ耳の裏側の空間へ……、)そばだて、こゑは本当に充ちるやうだつた。追憶……、と言ふならさうかも知れず、儚ひ懊悩……、と言ふならさうだと思ふ。こゑはそつと失はれ、失はれることで私の耳へ聴こへて来てゐる。(喪ふ……、)と言ふことはかうして胸を寂しくさせる……

二〇二二年六月八日


 人といふ人を厭ふ思ひの、こころ豊かに在らふと(胸へ……、)満ちてをり、どこか寂しく悶へ怒りたひ心も在つた。(ひとと……、)しづかに話し、話した夢を思ひ出し、(家の……、)戸を開けまたその寂しひ思ひを憶へてゐると、(その厭ふと言ふ……、)愛ほしひ感情の潜んだ言葉の様子が、(こゑとして……、)少しく聴こへて来た。聴こへ、耳を傾けてゐると、(どのやうな……、)心の表すこゑへ(官能といふ全身の在り様を……、)感覚してゐるのか分からなくなつてくる。愛憐といふ寂しひこゑへ耳を澄ました……

二〇二二年六月十一日


 とても小暗ひ……、小暗ひと思ふ……、思ひつつ、肌心地は湿やかかも知れなひ……、湿やかなこゑのたはみを見るとなく見たらうか。深更……、と言ふ時に今のこの今らしひ暗ひ時刻の在つて、その時の白む程、外の闇は小暗く見へる。時は先だつて白み、白んでゆきつつ闇を温め、明るひといふ思ひよりはだひぶ遠く、瞬ける位、この夜の小暗さを際立たせてゐる気がする。幾たりかそのやうな人と会ふことの在つた日を思ひ出しつつ、風の薫らせてゐる、時の定かではなひ思惟の内にゐるやうな夜空を見てゐる。

二〇二二年六月十八日


 雨を耳(の内のやはらかひ指……、)で寂しく浚ふ……、浚ふやうに雨(と言ふこゑの林のさ中の樹々……、)をかき分ける……、さうして雨(の音量……、)を耳へ装ひ、いただき、またその(やはらかひ指……、)は耳より離れ、雨音の盛んにしづく、林(のやうな往来……、)へ還り、還りつつ人をそつとたはやかにした。寂しひ……、と言はばさうかも知れず、切なひと言はばさうであり、その日の雨音の声量のしづかさは、(ひとの……、)懐しひ心を思ひ出させるやうに、時と(時の在る一つの所とを……、)湿らしてゐる。だうしてあなたは雨を浚はうとしたのか、ひとしきり思ひつつ、まう会はなひかも知れなひまま、その日の周縁の出来事として、心にとどめ、またなつかしんだ……

二〇二二年六月二十二日


 こゑの(……、だうやら……、)発されてゐるらしひ……、夏のまう近ひ(……、季のすぐほとりのやうな……、)路の片はらのその虫の鳴くこゑを(……、こゑよりとほのきつつ……、)聴ひて歩ひてゐた。歩く身の片はらには、あなたとあなたの他に幾たりか人のゐた思ひでゐる。あなたはまろく私を見た。まろみの在る黒ひ瞳で(瞳をこゑに湿らしつつ……、)見たやうに思ふ。(……、虫らのこゑの……、)近くにはまた違ふ涼しひこゑの虫らがをり、(けふと言ふ季を……、)寂しむやうに鳴ひてゐた……

二〇二二年六月二十六日




二〇二二年七月


 こゑを追ふ……、追はうとして聴ひてしまひ、聴きつつ辿る……、耳に目を沿はせるやうに目のてうど円ひ、円く落ち着かうと広がる光景の明るひ色合ひを……、こゑに合はせて鎮かにしてしまふ……、ひとはしづかに華やひでをり、こゑを追ふなら、そのこゑの在る……、けふの片はらの往来は、ひとらのこゑに充ち充ちてゐた。昼間から夕べまで日とともにこゑは風にしなり、景色をあたため、こゑそのものの柔らかさを日陰のまはりへ漂はせつつ、とてもしづかでゐた。さういふ瞬く間だつた。暫く人を厭ふ気の起こる鎮かさを、こゑを手に追ひつつ考へてゐた……

二〇二二年七月六日


 拾ふ……、落穂(ばかりでなく……、)落葉や(その落葉の……、)心の並び方に見られる落穂を……、(私は)余りしづかに拾ふ……、拾ひ、それとも拾ひたかつた。こゑの(樹の濃ひ影に……、)さざめき、またその葉の鳴る音の寂しさは笑ふやうでもあり、道を辿る草といふ草の(葉の並ぶこゑの……、)音の無さは、それぞれ風に体(と心の姿や形……、)を乱しつつ、(昼といふ時に……、)驚くやうであり、きつとその樹と草の陰で落穂を拾ひたかつた……。土のうへこゑと手をしづかに行き交はせてゐたかつた……

二〇二二年七月七日


 花のしほれ……、しほれるやうに草臥れ……、草臥れつつ花であり……、なほうるはしく蕾をとじてゐて、宵とともに細く枝垂れてゐるのを、その闇の静かな落ち着き方さへ目に鮮やぐやうで、花の蕾の思はず肩に触れた思ひを、けふの七夕らしひ夜の星ばかりの輝き方へ、重ねるこころでゐた。虫らのこゑも妻恋ふばかりたはやかに聴こへて来てゐる。

二〇二二年七月七日


 雨ばかり(雨のおとなしく(怖ひばかり激しく……、)このやうにしづかに降るばかり……、)雨の降る……、こゑのたゆたふ雨の、人の顔を幾つか曇らせ、考へさせ、又は目を笑はせるやう……、企みもなくまたおとなしく降つてゐる。雨の(この瀑く音を聴ひてゐる間)こゑの雨と(雨の間の……、)樹の陰に佇つ雨脚のしづけさより、だうしてそれらこゑは自由に響ひて聴こへたのか、考へても分からなひ。あるひはこの思ひは、寂しひと言ふことかも知れなひが、愛ほしいと言ふことかとも思ふ。雨はけふ、のどかに降つた……

二〇二二年七月十二日


 人の言ふ(こゑの……、(どこか川のやうに優しく、また風に近くおとなしひ……、野と野に近く在る街の(しづけさより……、発ち、哀しみ、時にほほえまうとしてゐたこころを……、私はきつと知つてゐた。その口惜しひこゑのか弱さも、知つてゐたと思ふ……

二〇二二年七月十九日


 こゑのかがよふ……、かがよふこゑを耳にて浚ふ……、こゑの空へとほのき、空にてまた空に浚はれ、音の無ひ(音の激しひ……、)騒々しさより、またこゑは耳の内に木霊して行き、かがよひとして整へられつつ、こゑを耳(と目……、)にするひとは何を思ふだらうかと私は思つた。こゑはいづくか夢のすゑ、夢と夢の話し合ふ、夢の(とほひ……、)こゑを諳んじるひとの、身のほとりにて重なるやうに、消へてしまつてゐたらうか……

二〇二二年七月二十四日



二〇二二年八月

 日のうへを日(のこゑ……、)が足を(静かに……、)偲ばせながら、そのこゑ(の寂しさ……、)を唱へるやうにとほつていつた……。日のもとへ日の差してゐる日のうへを(日差しの……、)湿やかさを(小さな部屋へ……、)湛へつつ、渡つて行つたやうに思ふ。窓の外では虫の(だうしても……、)うたひ、そのこゑも耳(と目……、)のさなかの空(といふ空に……、)聴こへては騒ひでゐる。騒ぐ程たちこめてゐた。手で夢を(そつと……、)浚ふやうに私は夕食を料理した……

二〇二二年八月五日


 樹の(樹といふ樹上の……、)日とさはぐ風の(おほきな……、)体のすぐ片はらを、樹の(その……、)とても濃ひ(又は深ひ……、)葉の緑を見上げつつ渡つて行く(まうひとつの……、)風があつた……。風のひとつ日に笑ふとほりの脇をまた違ふ風の通つて吹き、風はその樹へ至る道と、道のうたふ(道を行く人のうたふ……、)(それらこゑの行くすゑの……、)(洞穴に在るやうな……、)本当の夢(……、に似た夏の日差しの近く……、)へ通じてゐるらしかつた……。多摩をとほる風のもとの風のこゑとは……

二〇二二年八月十日


 雨のこはひ……、雨の(日に雨の……、)もだしてゐる……、ひとしずく空よりとほるつど、区切りつつ降る……、(日の見へなひ日(の傾き方……、)らしひ)薄暗ひ部屋と窓の外を、しづかに濡らす……、雨が音をたてて降つてゐる。ひとつぶ降ると、次のひとつぶの雨が空より(空といふ音声ばかりの空のいづくかより……、)雨のほとりへ降つて来てゐる。雨のうたふ……、うたひすさぶ……、音のすきまを失つた音ばかりかたぶかせて、けふは一日うたふやうに降つてゐた。雨が音をたてる日のこゑの往来は静かに濡れた。

二〇二二年八月十四日


 だうもかりそめに生まれた(といふ……、)こころや言葉や時のこゑへ耳と目と手からはじまる肌のうへにある(また在りもしなひ……、)音と光と手ざはりの得られる風景を(聴くでもなく視るでもなく触れるでもなく……、)想像し把握しやうとして考へ直し(そつと……、)想ふ景色のさはがしさの内にゐた。ふと暮らしの内に生じ(生じるとともに……、)彩りのある手つきによつてその手そのものを構へ(老ひるやうに……、)おとなしくなる夢(に似た官能……、)の移ろひと言はうか……。さういふ無言の静けさのさなかでこゑの発つ(山の……、)樹と樹の間をじつと見てゐる心地だつた……

二〇二二年八月二十六日



二〇二二年九月

 をみな(のひとり……、)(それともふたり……、)しづかにやうやく髪をかき分けるやうあたらしく日をあびてゐた……。優しひこころの現れた手つきより(……、手とその手を(ほとりにある壁のやうな視へなひ暗闇……、)合はせる仕草で……、)さも誰かのこころの生誕を称へるやうに……、そのひとは髪を垂らしかき分けた(気がした……。)一様に目は暗く、深ひ(誰かの……、)こころの風合ひを湛へてをり、かういふ夢と夢のすき間を縫ふまなざしの(その日の日のあたたかさへ……、)どこか遠のく静かさは(波といふ潮の招きのくりかへしを伴ふ……、)浜辺に似てゐた。砂の寂しひ広ひ浜辺に……

二〇二二年九月四日


 橋を表に細ひ本当の橋の影を覆ふつややかさを日差しが温めこはばらせてゐる、その日の長ひ橋のうへを、音と言はうか、音と音の間を彩る色合ひのくりかえしと言はうか、手の片はらに手を並べるひとりびとりの営為と言はうか、昼日中の日の笑ふ、そのやうな往来を渉りつつ、橋のすぐ目のまへへ現象する時のどこかに日と日の形のなひ光そのものを、象らうこゑを聴ひた気がした。はかなひ風を吹きとほらせる風のこころのやうなこゑに聴こへて、胸へいつか新しく、橋の表をありく身をやうやく明るませてをり、わづらはしひ思ひを風と分かち合ふ心地だつた。さういつた水のほとりにそば立つ時のこころの彩りがわづかな波の満ち引きとしてあつた……

二〇二二年九月八日


 人のゐると思ふなにかうたふこゑの届く……、やうこゑに気が付く……、手で手にさはる……、その手のこころにさはる……、こゑよりこゑのとほのく……、とほのひてそのこゑの凝つと視るこゑのほとりのその人のこゑにしか表れなひ手になにかさはるこころ……、でもつてうたひとなへる人のゐると思へる。目の……、その目にばかり視へる目の淵をしづめる夢の洞穴……、林道に在る高ひ樹の梢の近くの洞穴の奥の本当の日の光を視てゐると思ふ……、思ふことのまた逢ふほとりに浮かぶ夢……、も何をかうたふ。樹の緑色の葉が陽光に輝く……、時と所へ人のまた表れる。

二〇二二年九月十五日


 日より日を日のうへへ視へなひ指と手の巧みな動きの繰り返しで持つて塗り、その日の明るひ光の差し方に心を無くし、日を重ね、日の表を日のこはひふた身が、日と日の後ろより追ふ日の総身が、歩ひてとほり、そのうへへまた日を重ね、さうしてひとは日を象つてその日を暮らしてゐる。陽光の差す景色と風と土の新しひ彩りを日々あたらしく吸ひ込み、また心を無くすやう、暦の表へ暦を重ね、日を日ごとあらため、日の懐に笑ひ、哀しみ、何をか喜ぶらしひ。その暦をめくる夢の内の手の動きを、思はずこゑと言ふのなら、そのひとはさもしづかに日々を生きてゐると思ふ。

二〇二二年九月二十二日


 雨のこゑの瀬々らぐ震への戸よりこころへにはかに騒ぎ、いをりのうへを走るので、川や海の波を思ふまで、身の手前より裏側まで這ふ波を、寄せてはつたふ雨の音の繰り返しに、虚しさを知らずにゐなひ。雨は草を訪ひ、風の空より戸のまへへ連なる音と、茂みを重く濡らしたはます嵩とで、内側にゐる身の目のうつろの中に、凪ぐ海と表を伝ふ雨のこゑの追ふ音の波とを、激しさうに騒がしく、生じさせてゐる。こゑを追ひこゑに追はれこゑをかへし、雨に濡れる雨音の喩へやうなく震へる静かさに、目のうつろより表に瀬々らぐとほひ昔を聴く思ひでゐる。さういふこはひ夢のやうな深更の雨のさはがしさが、さつきからうら寂しひ。ずつと寂しく降つてゐる。

二〇二二年九月二十四日


 鈴虫の戸のもとより何か恋ふこゑの辺りを鎮もらせ華やがせてをり、無ひ風と此所へとほり震へつつうち寄せ、月さへにはかにいをりのうへへ現れ冷めて重たく、間もなくこゑのこゑへわたりつづき、さもゑひの覚める夜更けまで身の思ひよりこゑのとほのく静かな心地でゐた。さはらずに玉虫のうちさはぐこころを唱へ、こゑにまた離れるとなく恋ふ思ひで音を身へ偲ばせるならそのこゑは何へ臨み、何にも酔はず、戸の内側へ無ひ幻ととほるのか、やる瀬なくけふまでのひとのこころの悔やまれて、また切なひ。気の付けばつくごもり無ひ風も荒れとほのき虫のこゑの寂しく深まる夜更けの夢のほとりにゐるらしひ。

二〇二二年九月二十五日



二〇二二年十月

 夜をのべて雲隠りする小夜の更け、音のほど悩ましひ秋雨のゑふやうに、裾より袖を濡らさういづくの時のほとりへいざなはせ、やはりまた雲隠りする宵の浅ひ同じひ空の、所を違へ、とほりの脇の秋を装ふいをりのもとで、こゑの華やぎ絶へつつその色もうち湿り、こころ虚ろに寂しめる日のうたかたを、戸の外の秋雨の静かさに誘はれ、胸の秋も徐ろに深まり交はし冷めてゆく思ひのする。夢のかよふをりをりのこゑのこだはる覚へをとほざけ、夢と夢のあはひの霧に耳を澄まし幽かにゑひ、身に寄せる妻恋ふこゑに驚かう此の身の夢も、夜に増していをりの外の色のあはく移ろふ口惜しさに、なほ虚ろの夢を誘はれる。

二〇二二年十月六日

 

 こゑもしとどにやみつつ聴こへ及ばなひやう渉るともなひこゑを闇の内へ聴かせるやうで、移ろふ野の気のさざなむ岸のほとりをその胸へ伝はるこゑより思へつつ、草の白ひ装ひはどのやうかと思ふよりまづ、音の落ちる野の色さへ寂しひしづかさに聴き入り、この夜更けの暗さにとほるばかり遠ひこゑの豊かさへ静かに及ぶ息づかひより、まだ時のあたたかひ草の野を思ふ心地で惜しんでゐる。

二〇二二年十月二十日


 昨日よりこゑの抜けさうにさも広くかはひて色の渉らう野の草の片はらへ、こゑも身を透かしつつ草のふもとへ絶へて行く、なほ新しひ音の人と異なるこゑに伝はる様子を、その寂しひまで淡ひ思への立つために、よくまた思へ感じ入り、こゑの色のかよはさへ触りたひと思ひ、触れた気のする。思ふことのなひまま漂ひ、さうと思へば悩んでをり、時と同じやうに揺れ、だうしてもこゑの発つ色の深みを思ひ出せずにゐるやうな、怖ろしひ寂しさの身のあはひへ寄せ、身のまはりを確かめるやう渉り、耳を傾け考へてゐると、身の色もその時を思ふとなく思ふ気のしてこころ愉しひ。こゑもまたさすらふと言ふ気のする。

二〇二二年十月二十三日


 並樹のもとを影の幾つか息づかひする涯までとほひ通りにうたふ、月と日の思ふまでよりおほきな時を行き交はすやう、こころのだうも分からなひ色さへ絶へたしづけさに、いまだうたふ、さてもうたひやまなひこころのこはさを、並樹に透かして身のこゑより見たと思ふ。目のはしから風が草のうへをとほるまま、こゑのなひ、さうであれおそろしくこゑらしひこゑの袖より惹かれる思へのあつて、問ふよりまへに形も色と絶へるほど、身の思ひの頑なで、こゑの凡そ在らう影の行き交ふとほりに、露ほど冴へて冷めた日の頃の、今よりたがへ、早くも夢のしかし並樹と草のあはひの息づかひにはあるこゑを、幽かとも表せず、とほりの影に聴ひてゐた。

二〇二二年十月二十九日


 こゑもあまりつらつらしたためると言ふでもなく、日の内とその暮れてしまふまでのあひだのこととして、なにか考へるものごとや、思ふことや聴くことの近くにある、またとほからずこゑの発つ今といふ時として、これを詩といふならば詩であるところの文字の姿を、日ごとつらねてゐたく、しかし悩みの深さよりさうと行かなひまま、けふひと日もここへ夜更けへ移ろふので、だうとなひ寂しさの内にやはり詩をしたためてゐる。電灯のここへ明るひ光の手ざはりや、戸の外を風の往来する音のしづかなありやうや、時もまた暮れかかりあとは寝るほどといふこころの重さに、詩のこゑの聴こへる気のして何か書かうと思ふらしひ。そのこころを手にて追ひ、さうあれば寂しひ夢のほとりへ、詩の内の思ひとともに胸のこゑまで響ひて渉るやうな気のする。

二〇二二年十月三十日



二〇二二年十一月

 良ひことや面白ひこと、または心を苦しめることや悶へさせることなどを、書かうとこころの赴く筆のならびへ、筆のうへへあたかも筆のこころをなぞらへるやう、かうしてさういふ悩ましく愉しひことごとを胸へ思へ、思ふ身へ手よりこころとほのくやう身のうちそとへ通ふこゑを聴き、またその筆のとなりで筆の書かうとするこゑを、ここへこのやうに綴るらしひ。今は時とさはると言はば、かうして机に向かひ、おのづからわだかまるさういつた色々のことごとを、だうとなく耳と身の境へ集め、聴くと言ふほど聴く今は、時の前へしづかに腰を落ちつかす思ひの、あたかも時へ触るやう、在ると言はうか。どこかしら思ひの笑ふ夜に詩を書ひてゐる。

二〇二二年十一月五日


 鳥の鳴くこゑのくりかへし、窓より他の人と人とが行き合ふこゑや、さも此所へ暮らしをたたみまた開くことを確かめるこゑや、のどかなしづかさや、そのやうなこころを象りあらはしてゐるこゑを交はさうこゑを耳へ、また私も何も言はずこゑを此所より発てるほど、聴き交はす今の日に詩と眠る思ひの午にゐる。その思ふといふ身のたてる仕草へまた耳をかたぶかせつつ、やうやく思への無ひこゑと身のこころからその仕草をみづから真似すれば、私も戸のほとりよりまた少しとほひ、こゑを追ふこゑとそれに返される異なるこゑの、此所へ書く詩に連なると言はうか。けふの時の近くでからだをしづかに象られてゐると言はうか。

二〇二二年十一月八日


 なにか訪ふ心のあり、その心をいづくかありく足の又こころもとなひ歩き様と、足に添へるまうひとつの足を行き交はすその繰り返しと、同じく心の隣の歩行そのものより、なにか思ひ出す言葉の在るやうでゐて、こころそれほど懐かしひ思へでゐる。その時は夜であらうと、その日のわたくしが昼にまた私で在つた時と心の行き通ふ、時の過ぎることのをかしみと、決して過ぎずに片へに置かれてゐる時の思への在ることを、葉の無ひ樹や冷へた夜気や静かな草の眠る所より、かうして訪ふ心に添へてありく言葉を聴くとなくいづくへ思ひ、耳を傾け、又問ひかへし、どこか聴き及ぶ心の在つたと驚ひてゐる。どのやうに草の隣を歩き、夜気を眺め、ほどなく胸へ歩き散らす、こころ許なひ足取りを訪ふ心になづませてゐる。

二〇二二年十一月二十七日


 かやうにあらうこゑのとつとつと暮らすことの日のかたぶきの側へそつと綴られてをり、このこゑのこころのわづらはしひ情の在り様や、音の色のせはしなさへ、日の落ちかかる時の空しひかはひた様子や、その風景の内にあるこゑのやうやく此の口許より在ることをかへりみる思ひを、こゑの行方を浚ふやう、考へるまででゐる。もし何か読むと言ふことのあらうなら、今程に読み又綴ると思ふ。

二〇二二年十一月二十七日



二〇二二年十二月

 詩を読むことを伝ふと言ふなら、伝ふことの片はらに佇つ言葉のにほひ、言葉をまた綴らうとする諸手の動き、耳をその目のまへへゐる者の側へ傾け、聴くと言ふよりそこに何かゐるそのものを象らうとする静かさと、そしてそれらを表し伝ふと言ひたくなる読むことの内に在ると思へる私を否み、そのとき私は読むとも綴るとも言へなひ思ひでゐると思ふ。これが伝ふと言ふことかと思ふと、しかしさうではなく、そのとき私は象られ表される他分かりやうのなひ景色の近くに、またたくまゐるらしひ。そして読むことは、ここにかうしてしたためることであると思ふ。

二〇二二年十二月九日


 綴ると言ふ行ひを目のまへへ、字を紙のうへへ綴じる心の移ろふ想ひの向かはう、その心の陰らひの濃さや淡さへ耳を凝つと傾かせ、いづれか書くと言ふ想ひを失ふ鉛筆の字のなぞり方さへ忘れつつ、ただけふの時の続きと想ふまま、字を此所へ綴り下垂らすらしひ。思へてゐるのは身のこゑの小ささのある、昼日中の通りの事と、日頃と同じく何もなひ、さうして時の騒がしさばかりあるその所の、静かさかも知れなひ。その時のさも樹の陰にゐて、樹とどこか向かひ合ひ、言ふこともなく、おのがじしこゑの発つのをおぼへてゐる、身の小ささと言はうか。このやうに綴ると言ふ行ひを、身の手の動きのほとりから想ひ出しつつ、今ばかり書くと言ふ事を味はひたひ。

二〇二二年十二月十一日


 けふのひとのおほひ所の方より、道と道の行き交はすひとの集ふあしたの方より、そのひと同士の行き集ふ言葉の聴かうと思へば聴こへ、在ると思へばこゑのかけ合ふ朝らしく昼らしひ、又は夕ぐれに近ひ時の切なさらしひ、静かさを思ほへることより、けふをこの昼のすぐほとりの道のうへにゐて、目ざしの行きあたる所へ歩き、街の騒がしさからとほざりつつ、しかし街はけふのこの時と同じく静かであると思へて、それがまた言葉を紙へしたためることの似てゐると思ふ。誰とは思はず、ゐなければをらず、在れば言葉の行き交ひ、それとも通りがかりざまに聴こへるこゑの行き惑ひ、その風景の周縁を歩みひとり樹や、樹のもとをゆきがかるひとりびとりの装ひや、空のこころ重く波うつ在るとなひかろさなどを、聴き及び、草臥れて伏し、景色のかやうに表す気配より、またとほざかり静かに歩み、綴ることを綴らうと再び思ふ。

二〇二二年十二月一六日


 書くことを思ふとして、その思ふといふ具合のこころへ手を添へるやう、耳を寄せつつ書かうといふ今程の空しさをまた思へ、思ふ所に午の日の、樹と塀と往来とを渉る風をなびかせてゐると、書くことの書かうとする望みを失ひ、望みの内と外に思はれるらしひ騒々しさも絶へ果てて、そして寄せ、再び絶へやうとする情の波動の、やる瀬なさが萌生してきてゐた。さういへば、その所よりこころを追ひ、書かうとしとどに迷ひ、迷ふ表の定まらうとも、決して至らなひ文字を綴るといふ、それともしたためると見へて、ゐならぶ文字をたはませ手折る理想の行ひをまた、追はうとしつつただその書くといふこころのほとりへ、こころむなしくその情動を思へつつ、寂しむ私の居るのみらしひ。書くことのうるささと闘ふやうで、はや息を添はせてゐると言はうか。

二〇二二年十二月十九日


 芯の空の失はれた、日の光のまはりより恐らく灯の明るみの今ばかり仄かに差し、芯の内側をけふまでの音響よりとほ去けてゐる。からだを屈ませ、想ひを目に映し、本当に耳の背ろを夜の灯の音の静かさへ寄せてゐると、此のからだを漸く軸のなひ淵の片はらへ置くやうな心地になり、淵のまた芯の空しひ声色へ、聴くとなひまま耳を合はせてゐると思ふ。

二〇二二年十二月二十八日




二〇二三年一月~十二月


二〇二三年一月


 時のかほどそらぞらしひ、暮れかかりつつ時の内のこゑのなひ、飽く程に、同じひ色合ひとおほきさと陰のこがねのうつろひ方とをくりかへし、手と、手の表しかたどる寂漠ばかり、時の失ふ、こゑの円みを恰も失ふ、失はうまま、空そのものを寂しんで見てゐる。

二〇二三年一月八日


 平静をその日と日の折り返す、暮らしの波のおもてを空に、寄せるとも散るとも笑まはうともなく同じ動作をつづらに束ね、かうまで物と物の境のこゑに耳を澄ませる、日をまた畳み表へ返すやう、聴こへるこゑへ立ち留まりたく、文字の在り処の片はらへ、その日の風や光の色合ひを思ふ仕草で、手を添へることは、読むといふことらしひと思ふ。それをもし、情愛と言はば淵の深ひ情愛であると考へられ、さうして自づから考へることより、いつか平静もつづらにその情愛の静かさの内にゐると思ひ、またあはくさう感じる。

二〇二三年一月十五日


 立ち枯れた樹の並ぶ程、わたくしの身の程度より手前から、しだひに景色のとほくへ樹をずつと序べてゆき、規めに正しく、樹も樹を見凝める私の目の向かうも、道の程の奥まるに連なつて色や光や、それに伴ふ空を失ひ、やはり冬は官能のしたためるこゑをかうまで白ませるのだと、考へつつ身よりわたしくしを歩かせてゐた。こゑの芯のこごへて寒く、色と光を失ひながら、何もなひ五つの心を冴へて静かに、冬を冬らしく、春もまた近ひ折かと、樹の序びから思はれる。とほくまで樹の各々ふるへ、寒々しひ、波を身許へ寄せながら、わたくしは身さへ失ひ、冬のとよめく、官能の淵の近くを毎日のやうに歩ひて過ごす。

二〇二三年一月十九日


 冬の佇ち樹がさも嬉しさうに、それを其の地の上や平らな空の周辺に佇つ樹であると、姿を冬の枯れた樹のまま、あなたのまなざしの内に現れ、其の時刻を夜と設へる程の暗さを、だうもあなたの目と耳と鼻と手を通してそれと得られてくる、心なひ其の真心の儚さへ伝へ、その内を漂ひたさうに輝ひてゐる。夢をさへ、佇つそれら樹のならぶ周囲の、目のさなかのとほのく手前の景色より、発つこゑのあるとして、こゑを其の目と耳で聴くなら、樹佇ちの姿形を震はせ虚ろはせはかなませていく物として、あなたは忘れられるだらうか。夜空に対して樹の言ふことのなひ、枝と枝を影にたがへる佇ち姿を、幻と思ひつつ。

二〇二三年一月二十九日



二〇二三年二月


 息を吸ふ、若しくは、息を息のうへへ畳む、手によつて手の動く心の細ひ情動の表現を、或ひは息をつぐ胸にも息を重ねる心で、息の其所に在る吸ひ吐くといふ仕草を、静かにくりかへしながら、机の際へそよがせてゐる。手は手のとなり手として在る自らの時や所を象る動きで、手さへその手を見失ふやうな、手の踊るあしたより夕べに至る日のかがよひの及ぶ所を、またくりかへし、机のうへへ表してゐる。さういふ息に息を添へることでその部屋といふ所を思ふ心を、手はいつも文字のなひ綴り方より、ここへまたしたため連ねてゐる。恐らく書くことを書くといふことを、かういつた行ひとして、思ふことができる。

二〇二三年二月三日


 このやうにして物の輪りの儚ひあまり、物を此所へ象るといふことを忘れつつ、その物の裏側はかやうに震へてをり、それによつて雪の降る、けふをまるで雪の無ひ、形とこゑを裏切るばかり、雪の淵の輪りに漂ふ雪の日であると知る。しかしさも、雪と言はば自づから雪として今は明るひ日と時の冷たさから、雪のうへに雪の降り積むやうであるが、思へればただ其の時の風景の促すあたりに、此の程のわづらはしひこゑと詩の騒々しさの在る位で、雪も無ければ、雪の心の芯はかほど静かで寂しくある。在り、たゆたふ内へ、雪に触れ得ることを忘れた、物の定めのかやうに移ろふ、身に近ひ日の身の許の凍へを思へる。

二〇二三年二月十日


 けふよりあした、わたくしはまた海のしぶく波がしらの、その許の潮風のうらがはく位たはやかな、岸のほとりに寂しくゐた。その日と、日と時と所からとほ離る激しひ思ひを、昨日と言ひ、さう言はなひならば夢と言ひ、夢と言はばこゑさへ失く、こゑの失ふ森のうつろを、やはりまた海のほとりの、風を指ばかり折り畳む、その手の作為の表す心の無さを、わたくしは朝ごとに山を見て、とほりの岸の草を踏む程、くりかへし目に臨んできた。ことばの然し漂はず、同じくこゑを失ふやうな、樹と言はば、また海を象る樹として眺める。時の程度のとほのく頃より、わたくしは父と言ふ現象を、さう見てゐるとけふも思ふ。

二〇二三年二月十六日


 やうやく夜も更けかかり、そのあをひ闇の移ろひを若しもこまやかと言ふ言葉より、手にて何をか浚ふやう、わたくしはこゑさはがしくもだしてをり、その華やがう言葉をばかり、定まるこゑも無ひと考へ、空にゑひ、このやうに象らう物を象る程へ写しつつ、今をまた今として、夜を問ふことを問ふことと思ふ、心の運びをそして静かに華やがせてゐる。かやうにしたためる際の手の手へ伝ふ心の形や、思はなひやう気を配りながら、失ふことで在る情の、うるささを手へ形容する思ひや、何ともなく、さう感じ、さもどこか情愛といふべき心の思へを、したためるといふ心の背ろへ、偲ばせてゐるとより静かに、より空と空の虚ろにゑひながら、考へる程でゐて、それらを時と言ふなら、時かと思ひしたためる。

二〇二三年二月十八日


 手の形象をかへり見る眼差しを、また思ふ憶への手よりたぐる、手の姿形の手前の手や指の、手の形象をつかまうと考へる憶へは、とほく寂しく、しづかな人恋しさを、手の追ふ向かうの風の気色を思はせるやう、まう少し手を手の片はらへ、造作するらしひ。手は何か、つかむといふより、気色ばむ風景を思ふばかりかと思ふ。手を諳んじる程の憶へで。

二〇二三年二月二十五日



二〇二三年三月


 霞ばかり満ちつつ下へ降りて行く、さうであり、かはく程度の空の明るさと、人のいくたり歩く足音の、聴こへると言はば聴こへて、または思はうとあれば思へられ、まなうらまでその風景の色合ひやまばゆさのここへ届くけふを朝と考へるならば、朝らしく朝とこの日をさう名付けられ、詩を綴らうといまだ夢を憶へるやう、詩のほどを胸へ問ひ、何も問はず放つてしまふ。しかしいまかうして詩を綴る手の裏の、頭よりうしろへひらく夢さへ失ひ、うつろさを思ふなら、この日はまだ朝であり、朝として詩を手に拾ふ時にゐる。とても明るひ、空の気配を静かと言へば確かに静かで、明るひと言へば明るひほどあたらしひ、春を手につかまう時の今に詩を書ひてゐる。

二〇二三年三月十六日


 ひととほり日のあはく差す、だうも静もり、あをみがかつて暮れつつゐる空の、ほんたうにこころのどこかむせぶ気配の漂ふ様子を、かうして耳にて追ふやう、空の中ほどへ騒がせて、ことばをことばのもとに確かめるまま、また綴らうと詩をこころへ思はせてゐる。留まる憶へのやうやく失ひ、詩を紙のうへへ写さうとして、詩を詩として目の前から遠ざけるばかり、目を瞑るとなく目の裏の夢を追ひかけ、字の手前に字の集ふことばを、書くとはかやうに在る程のことかと、詩を心より失ふことを楽しんでゐる。窓の外より、風の景色に思ひを述べて、何か書きたひ思ひでゐる。

二〇二三年三月二十日


 だうして時刻のふかく更けかかり、窓外と言はば、明くる日のいづくか在らう思へを胸に、さも儚げに思ふ空の暗さをしてをり、細かな糸のこはくしづく様子を、部屋にゐて、耳と目へ集めるばかりでゐる。いつもつたなく手にてたぐり、次にまた手にてかへし、その手のだうか手のうへへ置ひてゐる、手のまへにいつとなく触れて在る草ほど集ふ布のうへへも、その布を濡らし、同じく濡れるといふ程濡れることを失ひ、ただ雨のかさばかり、こゑをもだして、降る雨を見るやうでゐる。日を忘れ、詩を書く日々を無くしてゆき、その日の内の、こゑの騒々しひ風合ひのある、息づかひを同じく手にて浚ふのを、このところ狂ふくらひ闇の深ひ、雨のしづく時の中ほどに、手のだうして濡れ、濡れることを忘れてしまふ、けふに詩の温かみを雨として想ふ。

二〇二三年三月二十六日



二〇二三年四月


 読むことのくりかへし、さはることのたび重なり、足にて道をひと日を置ひて歩み、見ることと聞くことの寄せつつ返る、日と時の合ひ間の淵のうつろふ所へ、昔からけふに届く日の集ふ、このやうに身のまはりの風景のほか何もなひ、たまに風の吹き、鳥と言はば鳥の鳴き、光ばかり明るんでゐる、今より過去に似た時のここへ在る。これを凡そ読むといふ習ひの此の風景へ現象し、くりかへす官能として言葉にするなら、時の落ち着き、心の内にとほのく思へを、どのやうにしてこゑに語らう。こゑと言ふなら、さつきよりだうもまばらに、鳥の鳴くけふである。景色の身のまはりに現象するけふも、やはり詩を書ひてゐる。さう思ふと今はだうか、春と思へる。

二〇二三年四月四日


 詩と言はば、詩を書くひとの文字の中ほどへ休み、手づから時刻のくりかへしのやうに紙のうへに写され、自づから身のまはりの風景と、風景よりさはる風の吹き方から、かなしくあり、愛しまう心を愛しひと言はなひために、人のまへにて人より失せ、こゑのもとよりこゑを失ひ、わたくしもまたわたしくしと言はれなひ花のうたかたに似た姿の無さを儚まうため、詩はつとにまなうらや耳のほとりのくだらなさの内へも、失はれてゐると思つてゐる。やうやく何か心を辿り、言葉より言葉を排し、思ふところのあるくだくだしさから、すでに見へなひ詩の足跡や風景の美妙な影を、美妙と考へることなく、何も言はずに追ふ行ひを、名付けやうなく、同じく花のうたかたと言ひたひらしひ。詩はつねにこのやうに黙すと言ふこゑの失ひ方に近く、さう思へることで、けふも詩を静かに認めやうと思ふ。したためながら身を疎む所以を得つつ。

二〇二三年四月九日


 やうやく誰か人心地して、言葉を濃かに胸へ辿らうとする筆の表の、手の先から誰かまう一つの手の先へ伝ふ言葉の幻を、悩ましひ霞の内にゐてその霞の棚引く在り様を追ふ程に、手のうへに手を還し、その仕草を文字の連なる胸の裏側の光景として、だうもそれを人心地すると言ひたひやうに思ふ。日のもとに日を畳む、またそれをつづらへ開く、日の耳元へ日として集ふ春の日を、そのやうに、やうやく晴れてくる雨の縫ひ目に喩へてゐる。

二〇二三年四月十四日


 思はうと思ふことを目の内へ映し、その目に見へなひ映像を思ひ浮かぶと喩へ、目の内側のうつろな所には、それをまなうらとのみ言ひ得る空しひ光の漂ひ、さうして目の前へは夜の部屋の明るみの他、触れやう程の物もなく、明るさの内の色合ひを思ふつど、また思ふといふその日の心の在り様の身へ映されてくる。その思はれるまま思ふ行ひの表現する光景を、ここへひとときの現象として表しつつ、表されてゐる映像を日ごとの行ひに同じひ時刻のことごととして、思へばそれは昼の暮れ方に近く、何となく思ふことを追ふ。追ふ程それは、心としか言ひ得なひこゑのたゆたふ胸の内のやうに、色付ひてけふも追はれてばかりゐる。

二〇二三年四月十七日


 心を表さうとして、ゆめ伝はるものの定まらず、いづくへ開ける思ひも失ふままに、その感情を辿れば両の目のうつろへ、日の凪ぐ海の広がる思へのあつて、さう考へると、そこへ表れるなにものかのある気のする。これを書くといふ行為と重ねあはせるなら、書くことは両の目の、目を合はせるといふことに、近ひとも思へる。思ひに沈み、言葉を手前に心を表さうと試み、何をもて、わたくしは心さへ失ふままの、だうしても思への無ひ、日と次の日のくりかへしの明るさを浴びるばかり、言葉をひとへ問ふ前に消へ失せるらしひ。そのときだうも、そのひとびとの海のやうな心の官能の片はらにゐて、その感情も表しやうのなく、書くことは暮らすといふことかと静かに思ふ。わたくしはそしてその海に漂ふ。

二〇二三年四月二十二日



二〇二三年五月


 このやうに日の畳まれて在る胸の内の、やうやく静かな思へのその胸の縁をさ中に漂ふ、さういつた詩を日々の日の無ひ所へ置かうと試み、かへつてこの夜更けへと思ひの丈の現象させる、そのやうな胸の内の哀しひ心地で夜を過ごしてゐた。何をか言葉にしやうと思ふのなら、その思へを言葉にする所の手前より、まうそのひと日を思ひの内へ忘れてしまひ、だうしても書くことの書き得なひ仕草ばかりの、目の裏の、さうとして何も見へずにゐる目より、目に余るやう感じ得てゐる。この切なひ心の静かさを、だうしてか表したく、しかし表しも象れもしなひまま、ただこのひと時として、胸にまた日を畳んで仕舞ひ、その心の動きをかうしてここへ記すのみでゐる。

二〇二三年五月九日


 夜を夜としてその夜としか言ひ得なひ時の、なに程か夜のやうに夜らしひ目のまへと目の失へるまなざしの表へと、手を添へるやうで在れば、わたくしをまたわたくしとして思へる前に、今をいつか夜と考へ、ここにその闇さへ暗ひ風景をしたためるらしひ。その影のなひ光景を地虫の静もる草群を片はらに、ただわたくしと言ふ軽さより、さすらひ歩き、消へ入る程度の身のたはやかさで、身も心もいづくへ放り、さう在ることで表れる心さへなひ身の騒々しさを、春より梅雨にさしかかる夜の表現として、何を思ふといふこともなく、道をとほるばかりでゐた。うつむきつつ。

二〇二三年五月十三日


 さう思へるといふ、そのやうに思はれ、考へられるといふ、往来の目を抜くとほり、樹と樹を其の所へ置ひてゐる、立ち居並び方の、いづくとなく今程度とさへわたくしに分からなひ、思ふことより思へられる、思へられてもいまださう思へるらしひ、其の在り様の、日差しのもとににはかに起ち、片はらの樹の並ぶ風景とそれらの樹の立ち居振舞ひより此所へ、わたくしのわたくしとして定まり得ず、さうと言へ、つとに今は其のわたくしとして在るやうな、此の所へ、時ほどの思ふといふ行ひのさまよひ、表され、そこひの方へかげらへる、光景と言ふに等しひ空間の在つた気のする。わたくしはいつか小さく、ただそのもどかしひと言へる気のする、切なひ通りに身も心も放り失くせる思へでゐた。かういふ時の所を象る景色を、夕ぐれと言ふ気のする。

二〇二三年五月十七日


 てすさびの幾とほりか手の並び、その手の片はらまで寄るこころをいづくまで考へつつ、手の集ふ、そのてすさびの手にて手をばかり為すこころもとなさを、だうと思へずいぶかしむやうまた考へられて、これを疎み、さうあればいづくまでゑふ心地のするためか、今くらひ詩を書きたひと、心まで心を透かして行くやうな、てすさびの手をわたくしの手の思へ方より詩として為すやう、くちづさみ思ほへる、思ふ方より手のこころ連なる風で、本当にゑひながらてすさびに寄るほとりさへなひ姿で、樹の並ぶ道の片へを歩ひてゐた。道行きは春の去る時の際さへとほくへ送り、その時の中ほどにまで、わたくしの姿形をかくして置ける、静かさの感じ入られるやうでゐる。これを日と言はば日と時の暮しと思ふ。

二〇二三年五月二十二日


 詩のこころの、その日の日ごとに折り返す時や時を其所へ表してゐる陽の中くらひの大きな淵や、またはわたくしをわたくしと言ふばかりでゐるこころに同じひ、ひと時まへの情けなひ思ひを、けふのこの暖かさとして考へる生活のさびしさより、詩のこころの胸ともなく手ともなく目の裏ともなく伝ふやう、窓の内の机の前の明るさと、梅雨のいつかより近ひ湿やかさのほとりにゐて、伝はりきらず切ながる其の詩の心を、それら昼の下がりの時刻の光景の内へ、わたくしを誰とも言はず潜めてゐた。だうしてか時の表すその今の、ひとりゐほどの静かさを詩の萌す時と味あふ。

二〇二三年五月二十七日



二〇二三年六月


 夜と人へ、人ともなければ人かと思ひ人と言ふわたくしの目に見へてゐるその人の姿形へ、夜と伝へる思への向かふ、時刻を夜と考へられるやう日の在る時の今は沈み、ただ同じひ目の前の所の静かと言へる、又は眠りゐると形容できさうな、叢の並び、樹の幾つか佇ち、人と人の歩き交はす道のおほくとほる場所のうへに、その所はかういふ所ではなひとも思へ、感情のくだらなさをだうにも為せず、その言葉の在り方とを夜らしひと考へられてしまひ、わたくしもわたくしなりに物静かな心持ちで、この夜の夜とは言ひ切れなひ静かさの、あまりの深さをだうしたためれば心を得るか分からずにゐる。日のことと言はばさうである、思へがたひ姿形のその人へ、詩を書かうとするものの、未だ何も言へなひ。

二〇二三年六月六日


 音のたつ音ばかりのさほどうるさくあり得なひその音の片はらに座り、定めの正しひ音の聴こへ方に耳を寄せつつ、音の静かに心へ深め、また同時に夜もすがらその音の行方を辿つてゐる。草のいづくか立つやうな、樹のひとたびまでかげらひ明るむやうな、さういつた電燈の灯の光の元にゐて、目の前の机もやはり静かさをその表にあらはしてをり、だう考え、だう身と心をこの時の程の前へ整へやうとも、風景と言ふよりただ心の切なさばかりである現在の、音の後ろから音を追ひ、追はうとも寄せるばかりの音の連なりを、目の先のうつろふ夜の内へ、読み深めてしまふ。

二〇二三年六月十一日


 今にこころなし目の前にゐて、影の在ることの夜をとほし、明るひ灯のいづくまで漂ふやうな光の表と、その夜の闇の濃やかな光景を、幾つか佇む影をこころへ思へつつ、いくたびまで今ばかり時ほどの夜のたはやかな樹や草のほとりに似た所へ、在るらしく、其の所がどこであれ足許の確かな、影の切なひこころの憂さをけふひと日の愁ひとともに、また夜をとほし感じ入るらしひ。何と言ひ、何と考へ、何と悩んでゐやうとも、此の風景の暗がらう所に漂ふ、なほおほくの灯の光の映すそれらの影をこころに思へ、明日こそ愁ひを晴らさうと思ふものの、さういかず、いつに同じく人にこだはり、とまどふままけふも眠りに着ひてゆく。今の夜の静かさの内に。

二〇二三年六月二十一日


 夜半をあまり越してきてしまひ、だひぶ目の内の其の所へ映り、目の前やわづかにとほくあることの明るみつつ在りゐるらしひと考へられる、光景や彩りやさうあらう風合ひのこのやうに昏くなり、さうあらばまたひるがへつて色のなく、失ふ程あらためて現象する色彩の、夜半らしく音のかすかである今に、身と心の同じひやうに其の内にのみ在る風景になぞらへることを、昨日より時の切なひ今に至る感情のくりかへしとして、何らしひと言ふよりも思ふことと、思ふことより連なりつつかへつて何も思はうとしなひ、同じく此方へ書くといふ命題のほとりに佇むやうで、この夜半をだうも楽しんでしまふ。春よりまだとほく、夏にいづれかほど近ひ、夜のとても長く時ほどに短ひ今の、心のうつろさと落ち着きの為せる静かさらしひ。さういふ時刻の涼しさのためか、夜をとほし詩を紙に追ふ。

二〇二三年六月二十五日




二〇二三年七月


 身体の表の寂しげにくつろひでゐる、夜の灯の明るひばかり灯の色の漂ふやうな、身のまはりより身体を身体と言ひ当てる、身体の表、ほとりのやうな所へ、夏もまぢかひ日の風が姿も形も失ひつつ寄せてきてゐる。この光景の風合ひのある所に、静かな屋外の騒がしさが加はり、その音に耳を傾けてゐる内、本当にまう夏が訪れたやうな気のする。身のまはりも漂ふ風に合はせて静かに詩に連なる。

二〇二三年七月六日


 ひと夜のうち、その夜を可愛らしひまで寂しくし、音の絶へて静かな夜景を部屋の机の前の目の明るみから、影の広く果てまで覆ふ景色のまた彩りのなひ暗さを何と言はうと思ひつつ、恰も夜のうへに夜を畳みその夜の空を縁まで重く深くしてゐる、風のわづかな騒がしさから、今の日を夜らしひと想像してゐる。夜の端より静かに音の聴こへ、音はかうしてうるさがり、身の部屋の床のうへに向かつて此の夜や、夜といふ時のさざなむ時刻から、遠ざかり離れ忘れつつゐたひと考へさせる。静かさにまた静かさの折り重なり、何も音もなく影ばかり深く重ひ夜に、そのやうにしてしたためるといふ思へを前に沈黙する。

二〇二三年七月十二日


 やうやく日の光のうるさひ頃に、かへつて胸の落ち着く心の気配を漂はせながら、暮れるまでに幾たびもその日を手づから折り畳み日を時としてたなへ仕舞ふもののその片はらよりくりかへし明るんできて、わづらはしひほど暑ひのでこの日も夏かと思ひの走り、考へ出だす。さう思ふなら日の流れの早くたゆたふ、けふひと日の再び明日へ表れることさへ、それが昨日と同じく夜の内へ明らめるのかと、何も言はず何も考へず思へてしまふ。暮れ方のその時やはり、ひと日ごとの日と時のほとりのくりかへしを、読むことと考へる。

二〇二三年七月十五日


 詩を書かうとし、此の所詩を書くことを忘れてゐたことをふりかへり、その胸の落ち着きのなさからして書かうとする詩をまへに心のうるさくなるために、詩を書くことをやはり静かに忘れつつ詩を綴る手の一つ一つ数へられなひ動作に寄り添ふことで、このやうに風景もまた静かな宵に耳と目の官能のほど近く、詩のどこか華やぐやうにしたためてゐる。考へるなら、詩は常に日と日のくりかへしの内、詩を忘れ又は思ひ出し、それに伴つて心のうるさひ言葉などの、詩と言はれるこゑとこゑの隙間にあるものらしひ。宵ばかりけふといふ日をかへりみて、夏のまぢかひこの日の暑さにたはむ風や、樹の明るく佇つ光景を思ひ浮かべてゐると、蒸し暑ひ夜の風景も際立つて寂しく、だうしてか詩を書かうと思ふ。

二〇二三年七月二十日


 そのひとと同じくそのひとと似たひとらのこころと思ふ得体のなひ姿や、姿を形容し得てゐるそのひとらの身に着ける服装を、言葉のとどこほるまで湿らう夜の気配の周りへ、草の凪ぐ風景を凪ひだまま揺らがせるやう置ひてみたく思ふ。夏らしく暑さの濃やかな夜にこの思ふといふことを、思ふまでのこととして思ふと言ふ時は、だうしてかもどかしひ。

二〇二三年七月二十七日



二〇二三年八月


  くだらなく日を重ねるうち、思ふことの日の暑さとともに涼しく移ろふのを思ひに得て、さう言へば目の上の空もやうやく静かになり始め、耳をいづくか傾げれば樹のあをみより物音のたつ気のするし、ここに暑ひ日ばかりの仕舞はれやうとする気の配りのあるやうに不意を打たれる時のをり、けふも日ごと時刻の変はり方に併せつつ、その時を考へる思ひの深まるやうでゐる。さうあれば再びとなくあるけふも詩を書ひてゐたくなり、またそしてもどかしくあるのも風の触れ方の乾き方に連なる気のする。かういふ時こそ詩を心に浮かべ次に紙にうつすのを面白ひと思へてくる。

二〇二三年八月十三日


 けふを日と風のこはひ様子で、日より来てその日と日のとなりへと通りすぎる時の形の崩れ纏まる中ほどとして、時らしくかう暑ひと再び思ふ。目の前の樹の影の深ひ蒼みの表すその樹の伸び縮みするくりかへしから、樹と日と風のほとりにゐる度、これを読書といふ言葉になぞらへ、言葉を次に忘れてしまふ。

二〇二三年八月十七日


 ひとしきり鳴くらしく鳴くこゑの耳まで届き、くりかへし鳴くことよりその目の先から足の届く所まで感じ得る身の所在をこゑの波より表してゐると思へる。身の表へ仮に置かれて在るものごとや置くといふより漂ふと言ふべき風合ひのものごとを身に問ひかへし、問ひかへすことを問ふとも言はず、ただそこに在り得なひ応答として切ながるのを、虫たちが面白がつてゐるのだと考へてゐれば面白ひ。昨日より時は再びけふと思へて寂しひ程。

二〇二三年八月二十日


 けふも目の覚めてよりくりかへし手の懐へ呼びかける気のして、そのこゑに似た淡ひ日の光の差し方を朝らしく彩りの深ひこはさとして目の内へとらへる心地のしてゐた。さう思へれば思ふ程のことより出でず、聴き及ぶやう次第に心の起きてくるのを、言葉を読むことと追ふことの手始めとしてなつかしくまたいづくへか問ふらしひ。日を日のこととしてさうあらば、朝となり目の覚めるほどの束の間にその日も終はらうといふ思へのしてくる。さうあつて朝らしひと言へる日をその日に始め、思ふことと問ふことを手すさびのやうにくりかへし、日の深まればまた朝になる。

二〇二三年八月二十四日


 整はずにゐる誰とも知れなひ人の思ひを、さう在らうと問ふでもなく整はせやうと語らうでもなく、おのづからそれをわたくしの思への内の樹よりはまだおほきな塀のやうな何かとして象り、その夢の集ふ形象の整はなひものの前へ、夢そのものを忘れやうとする私を静かに漂はせてゐた。その日のさも青ひ暮れ方の日の光の短さをまたかげらはせながら、わたくし自身も整はずにゐる心象を手に手より確かめながら独りごち、日とともに夢の目の裏から去るやうに寝ねやうとするものの、騒しく形を為さなひこゑの在りやうをだうにも出来ず、今となりそれを思ふ事と仮称する。

二〇二三年八月二十七日



二〇二三年九月


 いつよりか日の暮れてゐる程に、ふたたびまで寝てまた目の明けてくるのに、かうしてものの大人しひ日と昼をたちさはぐ音のなく、さうあらばうるさひ思ひのあるともなしとも華やひでゐるやう、覚め方に身とそれら静かさとの思へと思への往き来を考へさせられて、時に加へる時はくりかへし速く、秋とも夏とも思はれなひ気の配りの漂ふので、詩を書かうと考へられその余りまた寂しめる気のする。風はまだ昼らしくさはがずにゐて、日の光は陰ばかり落ち着ひてをり、なにかこの風景へこゑばかり問ひ返さうと身の置きどころの失くせるやうな静かさもある。これを言葉のなさと言へばさうかも知れず、つとに詩を書き、日のとなりへ日のくりかへすのを眺めてゐる。

二〇二三年九月九日


 此れを愛ほしさと言ひたくなり、さうある思ひの為に疎ましさと考へてゐたくなる、心のまはりから内へ寄せまたまはりへと連なつてゆくこゑの波立ちを、さはがしくその心のほとりにのみ置ひて、だうともせずに暮らしの向かふ日の連なりはそのひだの濃かさに至らうまで静かでゐる。此方へ折まで虫の鳴く音や鳥のおかしなこゑや、樹と樹の間よりせせらぐ風の騒々しさの重なりまでして、それを何とも表さず在らうものを在るままに漂はせてゐるらしひ。伝へるやうらしひと言ふのは、わたくしの思ひはまだ密かな為かと思ふ。

二〇二三年九月十日


 かうまでして在るとも無ひ気のする、ひとつひとつの物音の静かとも思へて、うるさくありつついとほしく漂ふとも考へられて、たはやかであり、疎ましひ思ひのある物ばかりの音の鳴るのを、ものを目や耳に映すまでなひままにしたためられずにゐる。この手の動きの緩く目の配り方やうつろひ方ののろさを、なぞらへると言ふ言葉で伝へたくなり、そのときこれを読むといふことかと思ふなら、わたくしは今目の許へ書ひてゐると考へられる。

二〇二三年九月十七日


 ゆゑもあり得ずこころ恋しさのそこここへ在るのを、幾つか恐ろしひと感じ入ることもあり、しかしだうにか菜の花のしどけなひ葉と茎と花の並びのやうに、儚く今とまう再びの明日へこの切なさの連なつてゐればと考へる。折りよく悪く肌のほとりへ空しさの冴へてある気のする片はらで、その思へをまたにはかに笑ふ心地のあつて面白ひ気もする。いづくよりいづくまでわたくしはこのやうな人として、詩を綴じてばかりゐるのを恥じらふ。

二〇二三年九月二十一日


 背の仄かに高くあたかも風にゆらぐらしひ、いづれの日もちひさな草のそこへ立ちありくやうでゐた。その丈のまはりを風のまとふやうに揺れ、鳥や虫の集まるやうにかひま見へ、草ばかりの通りの脇をまた草にまぎれつつ、にほひまで見へ隠れする所を日の光のたはむまで、昨日より同じひ足どりでありくらしひ。このやうに風は立ち枯れ、秋の往来してくる。

二〇二三年九月二十四日



二〇二三年十月


 かやうに物の目に留まり、それを表さうといふよりその物へ徒に問ひかけ、心へもその心のままに問ひかけ、日のこととして疑ふこともあり得ずに、恰もそれを仮と言へ名のあるものとしてさへ思はずにゐたため、いづれかへあらためてしたためることもなひ。目の程か心から留まるともなくて其の所へあるのを、増してゆゑさへ疑はずに、思ほへば日の明るさや灯のあたたかさの為せる色合ひとして、幾たびまでただあるのを見て、心にとつて物のある、言ひ難ひ日の送り方を考へさせられるためか、したためやうとも表さうとも思はずにゐるらしひ。折を作つてその物のために背をふりかへれば、また幾度も寂しめる。

二〇二三年十月一日


 あたかも彩りの豊かな音と、音のまはりに在つて音のたつ、聴こへ方の内のさも空のやうな明るさのなひ、重らうと在れば冴へ、音のその響く所より分かれやうと在ればいづれか余りある、この音のたち方と音のまま、だうとも手にすさぶままでゐる。したためるまでここにてしたため、思ひ出されるやる瀬なさより、ただに耳を傾け、夜とあらば夜らしく、ふたたび眠るばかりかと考へてしまふ。

二〇二三年十月五日


 なにものも失はれ、なにものも姿を為し得なひでゐる目の前の、こゑの果てまで届きさうに望めなひ間のとほさへ、自づから言ひがたひ思へを思へとしか言ひ現し得ずに、その身より発つなにかの思ひを身のものとしてあり得なひで放り置けば、日の畳むのをくりかへすやう読み続ける暮らしに近く、または春とし言はば春であり、秋とし言はば秋らしひと考へたくなる。日をとほしこれをまた日の巡るまでと考へるなら、時と言はばけふであるとも思へてきて、日の暮れてのち、言葉のほど近くより言葉を失ふくらひ読むことと綴ることのたび重なるのを、けふばかり、秋のいや増すといふ感じのする。草も冷めてきた。

二〇二三年十月十二日


 さも点であり、なだらかな線をたたへてあり、其のほかにあることの密かな虚しさを漲らせてゐる、憎らしひおぞましさも芯から怖ろしひ優しさも現してしまふそれを、だう形容したらこゑに適ふかと考へ、わたくしはこの借宿にゐて住まふといふことと思つた。さう始まりさう終はり、終はらうまでもなく、住まひの内になだらかに漂ふその朝の山の形象に近ひ言葉を、折返し日も時も哀しませる。

二〇二三年十月十九日


 日を日から透かしてとほる時刻を前に、その日の光のゆくゑのなひ所を、わたくしの年より回るけふの組み立て方や、なほ組み立てつつどこにもそのもののなひ背格好として心に置かれ、昼ばかり手にも手を透かす心地のしてゐる。読むことのうへに優しく、かへつて情の激しひ手を添へ、これを夜までの秋と言ふなら、日頃よりこのやうに読むことを時を秋の日の光の冴へた頃合ひとして、考へてゐる気のしてをり、かうある日の折返しを朝ごとに予め確かめてゐると思ふ。暮れかかりざま時刻に浚はれ、日の事をかへり見てゐる。

二〇二三年十月二十六日



二〇二三年十一月


 手の象る形式として、その手のなだらかな装ひとあたかも息づかひの深ひ影とを、今ばかりとも表し切れなひひとの手より、明くる時まで手にて此の手そのものを紙のうへへ、だうしても留め置くやうに綴り連ねて行くのを、書くといふことよりは、手を手にて為すこととして考へられてゐる。夜と言はず昼とも夕べとも朝とも言はず、ただくだくだしくこだはるもののある朝の、日の差したり雨の降つたり風の凪ひで明るかつたりした時のさもしづく影に似て、時もなく詩を手前に書くことのできずにゐる。だうしても日と時をめくり、手の先の整はずにゐるあるほどの騒がしさや静かさへ、それをそのまま省みてゐたくなる。恐らく此れを詩を書くこととして。

二〇二三年十一月二日


 風のそよひでゐるのを目に映しつつ、風の風景をなぶる様子に耳を傾け、かうして椅子に座つてゐる体の傍へ昨日とさも変はらなひ冷たさでさやぐのを、風の其の所へあるやかましさとして、けふらしく秋の日らしひと目の冴へる思ひで聴き及んでゐる。これを月の明らかな日かと思へば、その時は今とも知られず、ただ寄せる風の湿やかさより、草の丈と丈のそよぎ合ふ和やかさと、勢ひの凄まじさの片はらにゐて、空しく晴れてゐる夜を想像するつもりでゐる。秋も暮れかと思ふ。

二〇二三年十一月六日


 かうあることをかうあるとしてひとの姿やこゑにその少なひ形の表れるのを、昼とも夜とも言ひがたひ明るさの日に、昼のとほのく程の思へがたさと此の今の夜の昼よりも人の形やこゑの影さへ目に映らなひ余りのとほさとを、日の頃合ひの冷へてくる時候の現れ方として此の詩を読む人に問ひかけたくなる。秋と冬の端境に立つほどに、筆より何か綴らうことを、ただ住まふことのやうに肯つてゐる。

二〇二三年十一月十六日


 此れをもつてわたくしの周り、若しくはその心の定める時や所のほとりにゐるひとの姿や自づからの気の配りとして、哀しんでゐるやうな、手の許の物の心の佇いに愛ほしんでゐるやうな、ただ時の影らう頃にむなしがるやうな、さういふ日のくりかへしと、日より考へられてゐる日と時の過ごし方、ひたぶる程度に動かうとあるわたくしより見へてゐるわたくしの似姿と、さういつた身のうへの態度をもつて目の前に置かれ響き離るままである言葉を読み、わたくしも何ほどか語り、語らうことをわたくしといふ人のほとりにさし置ひて、此れを何とも考へたくなく綴りたくなひと思ふ。さうとしか言ひ得ず、明らめられることもなく、日の重なり淀まずにうつろつてゆく日の内に忘れられ、いつかまた立ち現れる言葉をもて、それをただ時ばかり切なひ霧や霞の内に表してゐたひ。何も思はずに。

二〇二三年十一月二十六日



二〇二三年十二月


 さも百たりの無造作の行き交ひなど、またはその足どりの寂しがり切ながりむなしがるやうひとの目の向かふことなど、さうと言へいづれにもむつまじく秋のとなりへ退きつつ身にまつはる幾つまでなひ考へごとをけふの日の、風の色とてなひ漂ひ方より、あたかもその落ち着かづにゐる間合ひまで感じ得て来て、きたることと至ること、めひめいに去ることをもつて、目の醒めてから時に連なるけふかと考へられてゐる。書きづらく言ひがたく、しかしいつよりそれを身の辺々のこととして、何も分からづにゐる秋となく冬となくある梢の色の明るさのやうに、それを正しく考へてゐるらしひ。寝起きするつど、目のあたりにある時ほどの寂しさを、さう表せる。

二〇二三年十二月三日


 朝まだき、日の光のうるほふのに似た言葉として、影といふあざの表す身のにほやかさと、浦といふ日のくらひ身のさむさとを思へられて、おほきひともおほひとも確かに述べ綴られさうな、朝の日や風の色心地や音のふかさのまうらにゐた。もし寝てより醒めて、日の差し方のかたどる景色よりかう思へるなら、ささやかであり湿やかな日の静かさとして、晴れてはゐても日の光の滴れるやう思ふ。

二〇二三年十二月十日


 此れを誰かの読み得る文の形から崩し方、または整ひ方として、どこより聴こへどこより表れ発つでもなくただ和むままこの紙のうへにあり、それを詩としてさも時々の風の漂ひ方や色味のまま、したためてゐることを書くこととしても考へがたく、かうしてただ思ふことを思ふばかり思ふと述べるのみでゐる。若し風といふものの来たるのを、ただひととほり過ぎると思はれ、時の脇にまた風のゐて、樹や草の揺れてゐる様子を、昼とも夜とも隔てづにその日の日の光の差し方として、けふといふ字を心にそなへるやう此方へ表すことのできる。詩かと言はば詩と思はずにゐても。

二〇二三年十二月十四日


 宵のころ、かがよふ時と空のほとりのやうな、暗ひといふ言葉まで冴へてくる、とほざかるもののあへてまた来ると表さうか、さういふ今に、さも日のこととしてあらためて木の行く末をことはるほどの、此れを深ひと伝へたくなる夜の片はらにゐて、詩のこゑをうべなふやうに紙に字を書き写してゐる。字をたはめ、時のしたたる紐と紐を行き交はすくりかへしとして綴り、綴じ、わづかののちにそれさへことはるやうに日の今を連ねるのみとも思へられて、詩を書くことの切なさをこの宵のうすぐらさと静かさに喩へたくなる。

二〇二三年十二月十七日


 思ひ出すまでなひことを目の前の午の日の明るさの程のもと、このやうに冬めくばかりの鳥のさへづりや樹のうつとほしさや雲のなひ空の小暗さのやうに、人恋しく切なひ思ひを漂はせて、しかしその思ふことまで身の程の霞のうへにたなびく霞を目に見つつ、身にまとふやうでゐると思ふ。識ると言ふなら、これを言葉に確かめて、読むこととも書くこととも織り綾なせる一つの雲の姿や形であるとも考へられて、けふはこの虫の鳴く音も眠りに絶へた瀬ばかりの年の頃かと思はれてくる。さう言へば再びこれを識ることかと思ふ。

二〇二三年十二月二十四日

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