こゑを手に拾ふ日より - 10

こゑを手に拾ふ日より  二〇二二年十月


 夜をのべて雲隠りする小夜の更け、音のほど悩ましひ秋雨のゑふやうに、裾より袖を濡らさういづくの時のほとりへいざなはせ、やはりまた雲隠りする宵の浅ひ同じひ空の、所を違へ、とほりの脇の秋を装ふいをりのもとで、こゑの華やぎ絶へつつその色もうち湿り、こころ虚ろに寂しめる日のうたかたを、戸の外の秋雨の静かさに誘はれ、胸の秋も徐ろに深まり交はし冷めてゆく思ひのする。夢のかよふをりをりのこゑのこだはる覚へをとほざけ、夢と夢のあはひの霧に耳を澄まし幽かにゑひ、身に寄せる妻恋ふこゑに驚かう此の身の夢も、夜に増していをりの外の色のあはく移ろふ口惜しさに、なほ虚ろの夢を誘はれる。

二〇二二年十月六日

 

 こゑもしとどにやみつつ聴こへ及ばなひやう渉るともなひこゑを闇の内へ聴かせるやうで、移ろふ野の気のさざなむ岸のほとりをその胸へ伝はるこゑより思へつつ、草の白ひ装ひはどのやうかと思ふよりまづ、音の落ちる野の色さへ寂しひしづかさに聴き入り、この夜更けの暗さにとほるばかり遠ひこゑの豊かさへ静かに及ぶ息づかひより、まだ時のあたたかひ草の野を思ふ心地で惜しんでゐる。

二〇二二年十月二十日


 昨日よりこゑの抜けさうにさも広くかはひて色の渉らう野の草の片はらへ、こゑも身を透かしつつ草のふもとへ絶へて行く、なほ新しひ音の人と異なるこゑに伝はる様子を、その寂しひまで淡ひ思への立つために、よくまた思へ感じ入り、こゑの色のかよはさへ触りたひと思ひ、触れた気のする。思ふことのなひまま漂ひ、さうと思へば悩んでをり、時と同じやうに揺れ、だうしてもこゑの発つ色の深みを思ひ出せずにゐるやうな、怖ろしひ寂しさの身のあはひへ寄せ、身のまはりを確かめるやう渉り、耳を傾け考へてゐると、身の色もその時を思ふとなく思ふ気のしてこころ愉しひ。こゑもまたさすらふと言ふ気のする。

二〇二二年十月二十三日


 並樹のもとを影の幾つか息づかひする涯までとほひ通りにうたふ、月と日の思ふまでよりおほきな時を行き交はすやう、こころのだうも分からなひ色さへ絶へたしづけさに、いまだうたふ、さてもうたひやまなひこころのこはさを、並樹に透かして身のこゑより見たと思ふ。目のはしから風が草のうへをとほるまま、こゑのなひ、さうであれおそろしくこゑらしひこゑの袖より惹かれる思へのあつて、問ふよりまへに形も色と絶へるほど、身の思ひの頑なで、こゑの凡そ在らう影の行き交ふとほりに、露ほど冴へて冷めた日の頃の、今よりたがへ、早くも夢のしかし並樹と草のあはひの息づかひにはあるこゑを、幽かとも表せず、とほりの影に聴ひてゐた。

二〇二二年十月二十九日


 こゑもあまりつらつらしたためると言ふでもなく、日の内とその暮れてしまふまでのあひだのこととして、なにか考へるものごとや、思ふことや聴くことの近くにある、またとほからずこゑの発つ今といふ時として、これを詩といふならば詩であるところの文字の姿を、日ごとつらねてゐたく、しかし悩みの深さよりさうと行かなひまま、けふひと日もここへ夜更けへ移ろふので、だうとなひ寂しさの内にやはり詩をしたためてゐる。電灯のここへ明るひ光の手ざはりや、戸の外を風の往来する音のしづかなありやうや、時もまた暮れかかりあとは寝るほどといふこころの重さに、詩のこゑの聴こへる気のして何か書かうと思ふらしひ。そのこころを手にて追ひ、さうあれば寂しひ夢のほとりへ、詩の内の思ひとともに胸のこゑまで響ひて渉るやうな気のする。

二〇二二年十月三十日

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