こゑを手に拾ふ日より - 15

こゑを手に拾ふ日より  二〇二三年三月


 霞ばかり満ちつつ下へ降りて行く、さうであり、かはく程度の空の明るさと、人のいくたり歩く足音の、聴こへると言はば聴こへて、または思はうとあれば思へられ、まなうらまでその風景の色合ひやまばゆさのここへ届くけふを朝と考へるならば、朝らしく朝とこの日をさう名付けられ、詩を綴らうといまだ夢を憶へるやう、詩のほどを胸へ問ひ、何も問はず放つてしまふ。しかしいまかうして詩を綴る手の裏の、頭よりうしろへひらく夢さへ失ひ、うつろさを思ふなら、この日はまだ朝であり、朝として詩を手に拾ふ時にゐる。とても明るひ、空の気配を静かと言へば確かに静かで、明るひと言へば明るひほどあたらしひ、春を手につかまう時の今に詩を書ひてゐる。

二〇二三年三月十六日


 ひととほり日のあはく差す、だうも静もり、あをみがかつて暮れつつゐる空の、ほんたうにこころのどこかむせぶ気配の漂ふ様子を、かうして耳にて追ふやう、空の中ほどへ騒がせて、ことばをことばのもとに確かめるまま、また綴らうと詩をこころへ思はせてゐる。留まる憶へのやうやく失ひ、詩を紙のうへへ写さうとして、詩を詩として目の前から遠ざけるばかり、目を瞑るとなく目の裏の夢を追ひかけ、字の手前に字の集ふことばを、書くとはかやうに在る程のことかと、詩を心より失ふことを楽しんでゐる。窓の外より、風の景色に思ひを述べて、何か書きたひ思ひでゐる。

二〇二三年三月二十日


 だうして時刻のふかく更けかかり、窓外と言はば、明くる日のいづくか在らう思へを胸に、さも儚げに思ふ空の暗さをしてをり、細かな糸のこはくしづく様子を、部屋にゐて、耳と目へ集めるばかりでゐる。いつもつたなく手にてたぐり、次にまた手にてかへし、その手のだうか手のうへへ置ひてゐる、手のまへにいつとなく触れて在る草ほど集ふ布のうへへも、その布を濡らし、同じく濡れるといふ程濡れることを失ひ、ただ雨のかさばかり、こゑをもだして、降る雨を見るやうでゐる。日を忘れ、詩を書く日々を無くしてゆき、その日の内の、こゑの騒々しひ風合ひのある、息づかひを同じく手にて浚ふのを、このところ狂ふくらひ闇の深ひ、雨のしづく時の中ほどに、手のだうして濡れ、濡れることを忘れてしまふ、けふに詩の温かみを雨として想ふ。

二〇二三年三月二十六日

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