こゑを手に拾ふ日より - 6

こゑを手に拾ふ日より  二〇二二年六月


 こゑをしづかに聴ひてゐた……。耳へ耳を(森閑と……、)近付けるやうに、口と(その……、)こゑの片はらへ耳を(そつと)寄せ、言葉の懐かしひ彩りと光景を思ひ出しつつ、幾たりかその柔和なこゑの(耳元を……、)歩き過ぎるやうに聴ひてゐた……。前橋と、(あるひはとほく)電車の(波打つ……、)風景の内や、新宿のしづかな騒々しさの近くにゐて、その景色とともにたはむこゑを(やつと……、)聴ひてゐた……。詩のほとりを歩き、私もしづかに佇つてゐた(と思へる……。)

二〇二二年六月三日


 こゑの失ふ(喪ふ……、)失ひ、失はれたそのこゑの内より、失ふ(喪ふ……、)と言ふこゑの心へ充ちる様子を、失はれたこゑに凝つと耳を傾げつつ思つて(憶へて……、)ゐた……。憶へやうと耳を(耳のとほひ、とほくまた何もなひ耳の裏側の空間へ……、)そばだて、こゑは本当に充ちるやうだつた。追憶……、と言ふならさうかも知れず、儚ひ懊悩……、と言ふならさうだと思ふ。こゑはそつと失はれ、失はれることで私の耳へ聴こへて来てゐる。(喪ふ……、)と言ふことはかうして胸を寂しくさせる……

二〇二二年六月八日


 人といふ人を厭ふ思ひの、こころ豊かに在らふと(胸へ……、)満ちてをり、どこか寂しく悶へ怒りたひ心も在つた。(ひとと……、)しづかに話し、話した夢を思ひ出し、(家の……、)戸を開けまたその寂しひ思ひを憶へてゐると、(その厭ふと言ふ……、)愛ほしひ感情の潜んだ言葉の様子が、(こゑとして……、)少しく聴こへて来た。聴こへ、耳を傾けてゐると、(どのやうな……、)心の表すこゑへ(官能といふ全身の在り様を……、)感覚してゐるのか分からなくなつてくる。愛憐といふ寂しひこゑへ耳を澄ました……

二〇二二年六月十一日


 とても小暗ひ……、小暗ひと思ふ……、思ひつつ、肌心地は湿やかかも知れなひ……、湿やかなこゑのたはみを見るとなく見たらうか。深更……、と言ふ時に今のこの今らしひ暗ひ時刻の在つて、その時の白む程、外の闇は小暗く見へる。時は先だつて白み、白んでゆきつつ闇を温め、明るひといふ思ひよりはだひぶ遠く、瞬ける位、この夜の小暗さを際立たせてゐる気がする。幾たりかそのやうな人と会ふことの在つた日を思ひ出しつつ、風の薫らせてゐる、時の定かではなひ思惟の内にゐるやうな夜空を見てゐる。

二〇二二年六月十八日


 雨を耳(の内のやはらかひ指……、)で寂しく浚ふ……、浚ふやうに雨(と言ふこゑの林のさ中の樹々……、)をかき分ける……、さうして雨(の音量……、)を耳へ装ひ、いただき、またその(やはらかひ指……、)は耳より離れ、雨音の盛んにしづく、林(のやうな往来……、)へ還り、還りつつ人をそつとたはやかにした。寂しひ……、と言はばさうかも知れず、切なひと言はばさうであり、その日の雨音の声量のしづかさは、(ひとの……、)懐しひ心を思ひ出させるやうに、時と(時の在る一つの所とを……、)湿らしてゐる。だうしてあなたは雨を浚はうとしたのか、ひとしきり思ひつつ、まう会はなひかも知れなひまま、その日の周縁の出来事として、心にとどめ、またなつかしんだ……

二〇二二年六月二十二日


 こゑの(……、だうやら……、)発されてゐるらしひ……、夏のまう近ひ(……、季のすぐほとりのやうな……、)路の片はらのその虫の鳴くこゑを(……、こゑよりとほのきつつ……、)聴ひて歩ひてゐた。歩く身の片はらには、あなたとあなたの他に幾たりか人のゐた思ひでゐる。あなたはまろく私を見た。まろみの在る黒ひ瞳で(瞳をこゑに湿らしつつ……、)見たやうに思ふ。(……、虫らのこゑの……、)近くにはまた違ふ涼しひこゑの虫らがをり、(けふと言ふ季を……、)寂しむやうに鳴ひてゐた……

二〇二二年六月二十六日


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