今日も幸せ!

 パチリ、と目が開く。ベット脇の窓から射し込んでくる日の光に、体を起こしたアヤは目を細めた。
「ん〜! 気持ちい朝! おはよう、わたし!」
 グッと伸びをして、アヤは時計を見る。まだ登校まで余裕のある時間。アヤは口角を上げた。
「早起きできた! 嬉しいな!」

 アヤのおうちでは、家族みんな集まってリビングで食事をする。食事を作るのは当番制だ。今日の食事当番はアヤの弟だった。
「ん〜、おいしい! さすがわたしの弟!」
「そう……」
「こら、ちゃんとお礼を言わないと」
 母親に注意された弟は、アヤに小さく『ありがとう』と言った。
「当たり前を言っただけだよ! ……ねえ、最近なにかあった?」
「えっ、と……どうして?」
「なんか、暗い顔をしてる気がして。つらいときこそ笑顔だよ! 笑ってれば楽しくなるからね! ほら、笑顔笑顔!」
 両頬に人差し指を当て、にんまりと口角を上げるアヤ。弟は、顔を引き攣らせた。

「いってきまーす!」
 スクールバックを肩にかけたアヤは、元気よく玄関を飛び出す。気をつけて、という父親の声に返事をしながら鍵を閉め、アヤは通学路へ駆けて行った。
「今日はどんな一日になるかな!」

 ♢♢♢

「アヤちゃんおはよう!」
「おはよう!」
 朝の挨拶をかけてきた友人に、アヤは同じ言葉を返す。そのまま雑談に移行しながら、席へ着いた。
「今日体育あるんだよねー」
「バスケだっけ? ドリブルできるようにならないとなー」
「楽しみだね!」
 友人たちと会話しながら、朝のホームルームを待つ生徒たち。教師が入ってきた途端静まり返った教室に、チャイムの音が響いた。

 お昼、周りの席を集めて友人たちとお弁当を食べるアヤ。
「おいし〜! さすがわたしの弟!」
「アヤちゃんの弟さん、料理上手だよね〜」
「えっ今日のは弟さんのなの?! おいしいやつじゃん! 一個ちょうだい」
「あっ私も〜。代わりにタコさんウインナーをやろう」
「わーありがとう! なにが欲しい? 卵焼き?」
 ワイワイと話しながら食べていくアヤたち。チャイムがなる頃には、弁当箱は綺麗に空っぽになっていた。

 ♢♢♢

「ただいま〜! あっおばあちゃん」
「アヤ!」
 アヤが帰宅すると、リビングにいた祖母に強く抱きしめられた。
「来てたんだ! 会えて嬉しい!」
「私も嬉しいわ! さあほら、おばあちゃんに幸せそうな可愛い笑顔を見せて」
 アヤの祖母は、たまに家に来るといつもアヤたちの笑顔を見たがる。いつも通りの言葉に、アヤは元々上がっていた口角をさらに上げ、目を細めた。
「元気そうね! 良かったわ」
「うん! 元気だよ!」
「学校は楽しい?」
「とっても楽しい! ねぇ、今日は泊まっていくの?」
「ううん。今日はもう帰らなくちゃいけないの。でも、アヤに会えて良かったわ」
「そっか。わたしもおばあちゃんに会えて嬉しいよ! また、来てね!」
「もちろん!」
 玄関先で、アヤは笑顔で手を振った。

 ♢♢♢

 一人の自室、ベットに寝転がりアヤは天井へ手を伸ばす。
「今日も楽しかった!」
 語尾の跳ねた高い声。
「明日はどんな一日になるかな!」
 黒い髪が白いシーツへ広がる。
「あっもう寝ないと! おやすみ、わたし!」
 アヤは電気を消して、掛け布団を頭まで被り、体を丸めた。

 ♢♢♢

「……ねぇ、なんでそんなに笑えるわけ?」
「えっ?」
 夕食どき、両親が用事で出掛けていて、アヤと弟だけでご飯を食べている時。弟は無愛想な顔でアヤに問いかけた。
「そんなに楽しいことないでしょ」
「笑顔は大事だよ! それに、毎日幸せだもん!」
「なんで?」
「なんでって……幸せは幸せだもん!」
 首を傾げ、口角を上げる。語尾を跳ねさせ、目を細める。
「わざとらしいんだよね。ほんとに幸せって思ってるの?」
 眉を顰めて、アヤに冷たい眼差しで問いかける弟。一瞬時が止まったかのような硬直の後、アヤは黒い目を弟に向けた。
「幸せじゃないとダメでしょ?」

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