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少年のアビスを読んだよ -地方のムラ社会が作る閉鎖的地獄の話……ではない-

haoriと申します。

普段youtubeやニコニコでゲーム実況動画をほそぼそ投稿しています。

僕は基本kindleで漫画や本を読むことにしています。
もともと漫画を持っておくことが好きで、結構な蔵書量でした。鬼滅とか呪術とかチェンソーとか始めジョジョリオンとか乙嫁語りとか有名どころいっぱい持ってたんですけど……

コロナ禍で本屋に行くこと自体が億劫になってしまい、さらに本棚にスペースがなくて新しい漫画が買いにくくなりました。
代わりにkindleで衝動買いで全巻買うみたいなことをしてたんですけど、もったいないなとなって……
漫画全部売って、kindleオンリーに移行することにしました。

たま~に買った漫画の感想をツイートしてますが、ツイッターじゃ流れちゃうし、長いことは書けないです。
なので、たま~にですがnoteに書いていこうかなと思います。
本業はゲーム実況なので、本当に思いついたときに書きます。


閑話休題、「少年のアビス」を読みました。
最初はあんまり興味なかったんですけど、チャコのビジュアルが好みで……
という不純な理由で読み始めたら案外面白くて買い進めました。
今回はこの漫画の感想を書きます。
ネタバレするかもなので注意です。


簡単なあらすじ

何もない町、変わるはずもない日々の中で、高校生の黒瀬令児は、“ただ”生きていた。家族、将来の夢、幼馴染。そのどれもが彼をこの町に縛り付けている。このまま“ただ”生きていく、そう思っていた。彼女に出会うまでは――。 生きることに希望はあるのか。この先に光はあるのか。“今”を映し出すワールドエンド・ボーイミーツガール、開幕――!!
https://tonarinoyj.jp/episode/10834108156765668111

HPに貼ってあるあらすじそのままです。

もう少し詳しく説明します。
いわゆる「ムラ社会」な地方都市に暮らし、複雑な家庭環境で死んだように生きていた主人公の黒瀬令児くん
彼はこんな地方都市にいるはずのない東京のアイドル、青江ナギと偶然出会い、心中を誘われます。
思うところあった令児くんは二つ返事で快諾し、ナギさんに「思い出作り」にと家に誘われるのですが……そこでいろいろあって令児くんの常識や情緒がぶっ壊されてしまい……

とここまでは無料で上記リンク先サイトで読めます。
実際は令児くんだけがぶっ壊れていくのではなく、周りの人も連鎖的にぶっ壊されていくのですが……

他にも毒親地獄家庭の秋山朔子ちゃんやヤンデレババアこと柴沢由里先生、ボンボンヤンキー峰岸玄くん、太宰治崩れこと似非森耕作先生など、錚々たる激ヤバメンバーが物語を盛り上げます。
見出し画像の人はヤンデレババア先生です。まごうことなく可憐な美人なんですけど、そこはかとなく表現されている捨ててきた否定できないだけの年齢と、死化粧のように美しい肌の向こうの恐るべき骨格が透けて見えているとても恐ろしい絵で、表紙の中では一番好きです。

ムラ社会が生んだ地獄の話……ではない

一通り読んで思ったのは、この作品は「閉鎖的なムラ社会が生んだ悲劇の話」……ではないな、ということでした。

「ムラ社会」ってそもそも何?って話ですけど、

むら‐しゃかい〔‐シヤクワイ〕【村社会】
1 集落に基づいて形成される地域社会。特に、有力者を中心に厳しい秩序を保ち、しきたりを守りながら、よそ者を受け入れようとしない排他的な社会をいう。しきたりに背くと村八分などの制裁がある。
https://kotobank.jp/word/%E6%9D%91%E7%A4%BE%E4%BC%9A-642459

玄くんの父親がその地域の権力者で、町で暮らしている以上その権威から逃れることができない。
地域に学校がいくつかしかなくて、ある学校で起きたことが他の学校でもすぐ噂になる。
東京者や障碍者が引っ越してくると町総出で煙たがられる、とか。
ムラ社会が舞台なのは間違いなくて、そこを中心とした話なのはそうなんですが、どうやらテーマが違うっぽい。
そもそも登場人物の大半がマジで普通にイカれてる。これはムラとか関係ない。(6巻で「この町の人間は全員間違ってる!!」と叫んだ由里さんは正しい。まあお前も間違ってるけど。)

そもそも、こんな話はもはや現代だと別に珍しいことでもなくて、「ムラ」でやる必要そんなにないと思うんですよね。
権力者ってことはないですけど、通う学校によって親のコミュニティが閉鎖的に発達して、そこについていかないと不便があるとか、
ツイッターやLINEなどのSNSサービスの発達によって、近隣の学校を含めてコミュニティが拡大して、情報がすぐに共有されるとか、
コミュニティの発達と急速な分化によって、表面化しなくなっただけで横行するいじめとか、インターネットとコミュニケーションの発達によって、現代にも共通するような話題はありそう。
何なら、世間体や地域の監視機能が発達した都会育ちの「ムラ」に苛まれてる人たちのほうが、「東京に逃げる」という逃げ道すら封じられて厳しそう。

じゃあ何がテーマなのか?

これは感傷が生んだ悲劇の話だ

僕らはこの漫画を読んでるだけの人なので「あーかわいそ」みたいなことが適当に言えますけど、この漫画のキャラクターの立場からしたらたまったもんじゃないわけです。

彼らは自分が助からないことも、そこから逃げられないこともしっている。だからこそ差し伸べられる手を拒むことができない。

地獄みたいな家庭環境で「“ただ”生きて」いた令児くんにとって、外様から無遠慮に差し伸ばされたナギさんの"美しいてのひら"が、救いに見えて仕方ない。彼女にそのつもりがなくとも。
5巻で具体的な言及がありますが、ナギさんにつけてもらったタバコが令児くんにとっての生の実感の始まりだった。

生を実感してしまった令児くんが今度は、火の点け手として周りに感傷……いわば憐憫をばらまいていく。これが作品を取り巻いて成長していく悲劇の正体だと思っています。
令児くんが下手に希望を持って町から出て生き直せるという希望を持たなければ、先生は令児くんに執着しなかったし、チャコは東京に行く夢を壊されなかったし、令児くん自身も余計なことを知らずに済んだ。
まあでもわかんないよね、子供だもん。悩みながら行動して間違ったらごめんなさいで普通いいはずなのにね。邪悪な環境がそれを無理にしている。

令児くんを苛む存在である母親、先生、玄くん、チャコは彼を縛り選択を迫る加害者のように5巻で描かれていますが、実のところ彼らもまごうことなき被害者であることは作品中で追って描かれています。
どこにも加害者がいないのに、まるで加害者と被害者がそれぞれ存在しているように見える。それは、彼らが自らの感傷に苛まれ、何かに期待したり希望を持ったりしているから。
誰かが助けてくれると思っている。でもそこに加害者はなく、救世主もいない。

6巻だったと思いますが、黒瀬母が似非森になぜ町へ戻ってきたのかという質問をするシーンがありますが、似非森が町に戻ってきたのも「感傷」が原因なんだと思います。
町の呪縛から逃げ切れたはずの存在なのに、忘れ形見への感傷が彼を自ら帰してしまった。

ムラ社会ってディストピアみたいな世界と親和性が高いと思うんですが、彼らは感情を持っているがゆえに自ら地獄にズブズブと足を踏み入れています。
感情がむしろなければよかったのにね。
この作品では生死に執着して地獄に沈んでいく人間ばかり出てきますが、そうではない人間が二人いて、それが似非森母と黒瀬祖母です。
この二人だけは完全に発狂・白痴なので、幸福や生死に頓着する必要がないんですね。その方がむしろ幸せなのかもしれない。
最終的に黒瀬兄は危ないところに行きそう。彼も6巻で感傷を持ってしまった。

ジュブナイル作品としても面白い

いやまずジュブナイルって何?って話なんですけど、個人的にはティーンエイジャーが主人公で、精神が少年から大人へと変わっていく過程を描いた青春作品と考えています。

この作品はかなり子供と大人の書かれ方が対比的で、令児くんが子供を卒業して大人になるために、どのような選択を取っていくのか?というのが最終目標なんだろうなという気がします。
逆説的に言えば令児くんは死にません。たぶん。

何が対比的なのかというと、20代前半の人間が青江ナギしか出ないこと。(あつらえたように青江ナギはぴったり20歳。)つまり、子供である令児やチャコ、玄くんと、大人である黒瀬母や似非森、ヤンデレ先生の年齢がはっきり分かれている。そして子供と大人を橋渡しするモラトリアム的存在が青江ナギしか出てこない。

子供というのは自分で適切な判断ができず、大人やモラトリアム人間の言うことに簡単に影響され、思うように行動できなかったり、突発的な行動に走ったりする。大人は過去の年月によって思考や行動が凝り固まってしまい、子供を縛るだけの存在になったり、あるいは子供にとっての規範になったりする。
ジュブナイル作品において出てくるモラトリアム人間というのは、こういう固着した状況を打破するための舞台道具だと考えています。つまり、子供に新しい規範を提供したり、子供の視点から大人を再定義したり、子供に判断する余地と判断のための材料を与えたりする。
唯一のモラトリアム人間である青江ナギはここらへんの機能が全部ぶっ壊れている。彼女は似非森も認めるほどのダメダメ人間で、「ムラが与える役割をただ淡々とこなす大人たち」よりももっと質の悪い、「その場その場で言われたことをやってるだけのフラフラ芯なし人間」なのでした。そんな人間が簡単に手を差し伸べるな。
彼女は似非森の部屋にある水槽の観賞魚によく対比されていましたが、まさにそんな人間なのでした。自分が生きているという自覚もなく、ただ与えられた餌を食べて、フラフラと流され泳いでいる金魚。

死んだようにこの町で生き直すのか、青江ナギにくっついて死ぬのか、全部捨ててどこかに逃げ出せるのか、あるいはこの町で新しく生き直せるのか(とはいえもういろいろ修復不可能なくらいぶっ壊れてるけど)。黒瀬令児の「大人」はどっちだ……

最後に

この作品、「次にくるマンガ大賞」11位だったらしいんですけど、ちょっと評価が低くないですかと思った(まあ最近まで読んでなかったからアレですけど)。
ありがちなムラ社会胸糞地獄ストーリーかと思いきや、人間の複雑な感情渦巻く激烈濃厚ジュブナイルストーリーなのでぜひ読んでください。
まあ強いて言うなら登場するキャラクターが極端すぎて現実味はないのかも……でもこんなん現実だったら救いようないからね。


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