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狂四郎2030読んだ -善も悪も人間の本質なんだなあ-

haoriです。

パラノイアが好きなんだよね

ニコニコ世代なのでクトゥルフ神話TRPGリプレイ動画をめちゃくちゃ見てました。その煽りでパラノイアとかも好きです。
パラノイアのどこが好きかというと、動画でよくあるようないわゆる"ZAPスタイル"(他プレイヤーの上げ足を取ってキルを稼ぎまくるプレイスタイル)もまあそうなんですが、もっとスタンダードな「ディストピア的世界」の緊張感と退廃感が好きなんですね。
古典だと「1984」が超名作ですがすごい好きでした。最近見た「Arcane」でもゾウンの最低世界のスラムとか出てきましたが、ああいう感じもそうですね。退廃感のところだけで言うと、「少女終末旅行」も好きでした。
ヤングジャンプの公式アプリで「狂四郎2030」が無料で途中まで配信されてまして、それをずっとちまちま読んでたのが先日やっと読み終わったので、それのレビューを書きます。

毎度のことながらドネタバレなので注意してください。

概要について

西暦2030年。第三次世界大戦が終結して5年後の日本だ。核ミサイルによる戦争は、80%に及ぶ地球上の人間を消滅させていた。生き伸びた狂四郎は、空を警護するヘリ巡査になっていた。そんなある日、科学者の脳を移植された言葉を話す犬・バベンスキーと出会う。
https://ynjn.jp/app/title/677

ものすごい簡単に言うと「エログロギャグディストピアラブストーリー」という感じ。すげえちゃんぽんだな……
世界は「二条憲政」という独裁者の元、格差と管理が厳しく振りまかれたディストピア世界の日本です。元超エリート軍人でヘリ巡査をしている主人公「狂四郎」は、支給されているVRマシンみたいなやつを使って、バーチャル世界で「志乃」という女性と出会い、深い仲になります。この世界では男女隔離政策が敷かれていて、異性とはバーチャル世界のNPCとしか関係を持てません。途中まで「狂四郎」は「志乃」のことをNPCだと思っていたんですが、実在の人物ということをあるとき知ります。「狂四郎」は「志乃」に実際に会って一緒に暮らすために、公僕という立場を捨て、男女隔離政策下で反逆者として国に追われることを覚悟して、「志乃」のいる北海道を目指します。

作者は「ジャングルの王者ターちゃん」で有名な徳弘先生です。僕も徳弘先生の漫画はまったく読んだことがなく、ギャグマンガ家のイメージが強かったんですが、これも例にもれず"一応"ギャグマンガです。
ギャグマンガというよりは、数ページに一回くらいナンセンスギャグが突然挿入される感じですね。全体のストーリーはめちゃくちゃシリアスなんですけど、本当に突然水を差すようにギャグが挿入されます。これがめちゃくちゃ大事。なかったらたぶん全部読めてないと思う。

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カレーのスクショが非常に有名で、僕もこれだけは知ってました。この画像に代表されるように、基本的にこの漫画は救いがないです。ドシリアスであらゆる悪逆の限りが尽くされ、エログロがだいたい1話に2,3回出てきます(ギャグ含む)。
なので、隠れた名作とは言われているものの、めちゃくちゃ人に勧めづらいことでも知られているのが今作です。

善も悪も人間の本質、重要なのは……

「ディストピア」と書くと非常に難解で親近感のない話題に聞こえますが、実際作中で描かれているのは、現在の人間の在り方と変わらない「普遍的な人間性」です。「ディストピア」はそれを浮き彫りにするための舞台装置に過ぎません。まあ僕はディストピアもの好きなので作中で描かれる世界観を見てるだけでも楽しいんですけど。

序中盤では、狂四郎が旅をする中で出会う、ディストピア世界に喘ぐ貧民と権利を舐る富裕層、世界に反抗しようとするレジスタンスたち……が描かれる一方で、北海道で独裁政権の施設に生活する志乃=ユリカが虐げられ、それに立ち向かう様子が描かれます。終盤になると、出会い・脱出するための二人の奮闘の様子と、独裁を敷く「ゲノム政権」、ディストピア世界の秘密と脆さが描かれていきます。

も~のすごく簡単に仕分けると――これはwikipediaでもそういう分けられ方をしてるんですけど――「最序盤」「八木編」「白鳥編」「オアシス農場編」「秀明編」「アルカディア編」「北海道編(完結編)」に分かれます。

各編を通して描かれるのは、人間の欲望に振り回される人間の苦悩と成長です。欲望に振り回され悲惨な最期を迎えるのは主人公たち平民の陣営だけではなく、権利を独占する富裕層たちもそうです。特に北海道編では現政権の脆さや陰謀、それによって悲惨な結末を迎える人たちが描かれています。
19巻でバベンスキーは無明との会話で、「果たして このまま欲望のままに突き進んでいいのだろうか?」と言葉を投げかけます。北海道編は特に無明が仏教に通じていることもあって、このような禅に近いやり取りが何度かされています。
作中、特に序中盤では、自分の欲望を満たし、自分の命が脅かされないまま生存したい、という人間の欲求から傀儡のように生きる人たちが描かれています。特に最序盤やオアシス農場編でバーチャマシンに希望を操作され生き人形のようになる人々や、アルカディア編で偽りの平和を供与され、自分の頭で生きることについて考えることをやめてしまった島民など。

これは漫画なので当然ですが、主人公たちも悩んでいます(例外的にバベンスキーは作中人物から頭一つ抜けて賢いこともあり、ほとんどのシーンで主人公たちのガイド役となっていますが)。狂四郎は自分の人殺しを楽しむ殺人鬼としての側面をユリカに見せることを恐れ、ユリカは自分の多淫とこれまで嬲られてきた自分の身体に引け目を感じています。それが原因で判断に揺らぎが出たり、死の危険に陥ったりしますが、二人の単純な「愛」という欲望が、彼らを無事に引き合わせようとするわけです。

「果たして このまま欲望のままに突き進んでいいのだろうか?」というバベンスキーの問いに対しては、「はい」も「いいえ」も正しくないと言えます。多くの人間が自分の欲望に操られて破滅しているのに対して、狂四郎とユリカを引き合わせているのは二人の「愛」という欲望です。一方で、欲望を抑制し人間を統制した現政権が間違っているのは作中で何度も描かれる悲劇からわかります。何より、仏教に通じ禅を理解していた無明ですら、――まあこれはネタバレなんで言えないんですけど!――悲劇的な結末を迎えることになるわけなので、何ならこの問い自体大して意味ないんじゃないかなと思います。

主人公たちが作中何度も、――つまり狂四郎の殺人鬼の本性と、ユリカの淫売の本性――に劣等感を覚えながら、それでも前に進んできたことから考えると、その答えは「愛」であるとも言えますが、何より重要なのは「人間は善と悪両方を本質として持っていること」、それを知った上で、「自分の在り方を自分で決めようと覚悟して行動すること」なのかなと思っています。

作中の人物は「平民は善、富裕層は悪」というような二元的な描かれ方をしているわけではなく、例えば八木、赤堀、白鳥、さおり、さくら、アルカディアの人々、光明・無明などの作中の重要メンバーは、善と悪の両方の面が描かれていると言えます。彼らは両面の考え方の中で苦悩しつつ、選択の中で生還したりひどい目にあったりします。
一番重要なのは、人間は両面性があるということは前提の上で、自分は善であるとか悪であるとかを諦めないこと、自分がどうありたいかを覚悟して行動することなんだろうと思います。白鳥は盲目的に軍の命令に従う兵隊としての一面と、人殺しを嫌う臆病者の一面とで葛藤していましたが、マイカとの愛を知り、マイカと生きるために覚悟して逃亡生活に身を投じます。
主人公たちがうまく行ったのは、彼らが殺人鬼・淫売としての自分の面を認識した上で、自分は"そう"なんだと諦めてしまわなかったことが一番の理由だと思ってます。人間はこれからの人生でいくらでも変われるし、変わるためならどんな苦難にも立ち向かえると覚悟することが大事なんだと。

尻切れトンボではないよ

どっかのレビューで尻切れトンボみたいな批判があった気がするんですけど、まあそうと言えばそう言えなくもないんですが、正直尻切れトンボとは言えないだろうなと思っています。

20巻のあとがきで「これ以上主人公たちを苦しめたくなかった」という旨のことが描かれているのもそうですが、これはあくまで「ディストピア世界を題材にしたミステリー」ではなく、「ディストピア世界のボーイミーツガール」だと思っています。ていうかまあそう。なので、二人が出会ったら終了。世界の謎は二人の出会いを妨げるための舞台装置みたいなもんです。
もっと言うと、最終回時点でゲノム政権の謎はほとんど解明されてるので、まあミステリーとしてもちゃんと完結してるわけです。後日談まで書いてるわけじゃないですけど、まあ書かなくても別に……って感じだしね。

主人公たちが出会って、じゃあそのあとどうなるの?だってゲノム政権なりその後釜の政権は二人を逃亡者だと認識しているわけだし、追ってくるでしょ?海外に逃げられるわけでもないし。という話はまあそうなんですが、これは「二人が変わろうという覚悟を持って、既に苦難を乗り越えて出会えていること」「最終回の白鳥とマイカ」から否定できると思っています。1個目は作者があとがきでも書いているとおりですし、2個目はもう本編読んでください。最高。

他にもたくさん見所がある本作

見せ場見せ場の描写が非常に魅力的で、シナリオ的にも要所がすごく面白くて魅せられるのが本作です。八木編やアルカディア編、北海道編の終盤は必読。

戦闘面ではほぼ無敵の狂四郎が魅せる戦闘シーンも非常に見ごたえがあり、強敵に対して経験と工夫で渡り合っていく狂四郎の殺陣が全編にわたって何度も見られます。

あと単純に僕バベンスキーのキャラが好きですね……


僕は19, 20巻は購入したんですが、一応アプリのポイントでも最終話まで見られるので、ぜひ読んでみてください。

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