がんばるの沼から抜け出せ



一難去ってまた一難・・・。さいきんはまさにそんな感じです。気付けばもう、令和5年5月。年号が決まる瞬間、当時の総理大臣が「令和です」とテレビで言っていたのがもう5年前だなんて、おかしな話だ。

いま、社会人3年目。ほんとうに早すぎてびっくりするよ。入社1カ月目の時、この会社1年でやめてやる、と思っていたのにまだやめていない。いまもやめたいという気持ちはあるけど、ごくたまに楽しいというか、やりがいを感じる瞬間もあって。だから3年も続けてしまっている。

だけど、さいきんはさすがに忙しすぎた。ブラックではないけど、ほぼ個人事業主のような働き方だから、常に成果が求められ、責任がついてまわる。ちょっとペースを落とそうかなと思っても、いろんな仕事が舞い込んできて、走り続けなくちゃいけなくなる。休みの日も、あの企画どうしようこうしようとかいろいろ考えてしまって、常に脳みそを働かせてしまう。そのせいで、生活が不規則になってしまったり、自分の時間が削られてしまったりする。

同じ環境でも、うまく仕事をわりきって私生活との両立を図っている人もいる。わたしはそれがすごく苦手みたい。いい意味で、がんばるのが得意だということにしておこう。目の前に仕事があったら全力でがんばってしまう。「無理しないで」って言われても、どうすれば無理しないでいられるのかがわからないから、無理しないようにすることをがんばってしまう。がんばるの沼から抜け出せない。がんばることにとらわれている。がんばりたくない自分を無視して。全身に蕁麻疹が出てきたときはさすがにやばいなって思ったよ!(もう治った)

なぜがんばってしまうのか。わたしをがんばらせているものはなにか。いやなら全部やめたっていいじゃないか。逃げたっていいじゃないか。

社会の目?仕事が好きだから?変化が怖いから?お金がたくさんもらえるから?わからない。ぜんぶ正解かもしれないし、違うかもしれない。答えはまだ見つかっていない。それが見つかれば、また新しいところへ行けるような気がしている。

さいきんはこうしたことを考える暇もないくらいがんばってしまっていたから、自己分析タイムをたまにもうけることにしたい。社会人になって、いろんなタスクが外からホイホイと与えられるから、自分について考えることが減ってしまった。とにかく全力で笑って、たのしいと思える毎日を過ごしたい。いまも幸せだけどねじゅうぶん。


ライフステージがとんとんと進んでいくのに心は追いついていなくて、大人になりきれていない自分がいる。社会的に安定することと、自分への挑戦を両立するのはすごくむずかしい。わたしがいま住んでいるところは、挑戦に消極的な地域。王道のルートを歩いて行くことが美徳とされているように感じるから、たまに生きづらい。

どこか全く知らない街、とっても綺麗な街、心が躍る街に行きたい。欲を言えば近い未来、海を越えたいと思っている。新しいことに挑戦したい。この世界は広いんだということを肌で感じたい。自分の中で4年間、眠っていた好奇心と成長意欲が芽生えつつあるのを感じる。このまま人生終わっていいのかと、何度も思う瞬間がある。

でも、いま持っている物を捨てるのもすごくこわい。その葛藤はどうすれば解決するんだろう。卒業とか、そういう誰かが決めてくれたタイミングがないからこそ、決定に時間がかかるし、悩むことが増えたね。


ぼーっと生きていたらあっというまに令和10年になってそう。その頃わたしは29歳?こわいね。その頃の自分に、自信持ってがんばりましたよって言えるかな。生きていることは奇跡やから、いまこの瞬間を大切に生きたい。

わたしは、いろんなものを大切にできているのだろうか。

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