標本箱の生活(詩)

ぼくたちは展示されている

博物館の標本箱に

手厚く保護されるもの

修復に廻されるもの

倉庫の奥に仕舞われるもの

廃棄されるもの

ぼくたちの生活それぞれが

透明のガラス板の向こうで

ピンで留められていて

中には光沢を保つために

内臓を抜かれたものもあれば

油が全身に廻って

黒く変色したものもある

標本箱の中の空気は

博物館の空気とはちがう

それは隣り合っているけれど

交じり合うことはない

見えるけど触れられない

見えるけど匂えない

見えるけど味はわからない

標本箱の中でしかその空気には触れられない

死んでいるから、触れられる

後ろ手に組んで館内を廻る灰色のタバコくさいスーツの男が

それらを眺めている

隣に附いている専門家が

少し甲高い声で解説している

それが生きものであることなど忘れられ

展示品としてそれは眺められている

館長が博物館に似つかわしくない大きな声で

収蔵されている標本箱の数を自慢する

灰色のタバコくさいスーツの男が

大仰に頷いている

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