ビニール袋が落ちた日

翠色と踊りながら
オレンジジュースを煽って
笑い声をあげようとしたところ
ビニール袋が落ちる
昨夜の喧騒がまだ部屋には残っていて
口に残った味を確かにしようと
冷蔵庫を開ける
オレンジジュースはからっぽだ
へたりと腰を床に落とすと
ぼくはトンネルに囲まれていて
これが絶望ではなくどこにも向かえる希望なのだと
四指に力を入れて体を引き摺る
擦れる膝に感覚がなく
妙に冷静にそれを不思議に思っていると
ビニール袋が落ちる
タバコを吸おうと町に出る
坂を上がってすぐのゴミ捨て場は
まるで崖のように立っていて
崖の上から女たちがこちらをじっと見つめている
その向こうの空は白くぼんやりと光っていて
この空を水にとかしてのんでしまいたいと
ビニール袋が落ちる
手を上げて叫ぶ
「まちはもうせんそうだ。しずかなせんそうだ。」
君の静かな反抗も爆撃も
自動車の音が掻き消した
網膜の様なのが落ちてアスファルトの石に焼き付いている
ぼくはだまって
白い積荷が汚れていくのを見ている
ぼくは思い出したように走った
ポケットに入れた白い繭がどうか潰れてしまわないように
静かに走った
ぷちりと
ビニール袋が落ちる
君は生まれない
ぼくは生まれた
君は生まれない
僕は生まれた
君は生まれない
ぼくは生まれた
羊がだまりこくってこっちを見ている
ビニール袋が落ちる
出かける時間だ
暗くなる入り口に立って
陰鬱な階段を上る
ぴとぴとと壁を伝う滴
白く光る空気の暗さ
細い怪物が口を開けて私を飲み込む
咀嚼する音が壁伝いに響く前に
ビニール袋が落ちる
湿った布が体にまとわりついていて
それをやわらかさに捉えられないくらいに
疲弊した空を引き裂くように
私は外に出る
見上げると
飛行機雲が空を渡っていて
あの美しい飛行機雲を君は見たか
私はへたりと腰を落とすしかないのだ

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