かみさまのかわりに歌を歌った

「恐竜見たくない?」
友だちがぼくに言った。
「え?」
ぼくが聞きかえすと
「ティラノサウルス」
と答える。
ぼくはこないだ見た映画のことを思い出して
「あれは?」
と言った。
「なに?」
「フタバスズキリュウ」
「なんだっけそれ?」
「ドラえもんの」
「あれか!でもやっぱティラノサウルスじゃない?」
「そうだね。」
「どこで見れるんだろう」
「とりあえず外じゃね?」

パンツをはき替えて、こないだ買ったお気に入りのTシャツといつもの半ズボン、買ってもらった赤いキャップをつけて外に出たんだ。
風が強くて帽子が飛ばされそうになった。
手でおさえて、下をむく。

ぼくはまた映画のことを思い出していた。
ティラノサウルスにのってわるいやつとたたかうのび太はかっこよかった。ティラノサウルスも悪くない。

音がした。
ふり返ると、雨がふっていた。
げんかん前のコンクリートは白く乾いていて、その少し先が灰色くなっている。雨でぬれて色が濃くなっている。ちょうどその線で、世界が変わるみたいだった。手を少しだけのばしてみる。手のひらに水滴がのる。ひとつ、ふたつ、みっつ。手をもどすと、水滴はぜんぶ合わさって大きな水滴になって、手からこぼれた。

「おーい、早く行こうぜ。」
声が聞こえる。むこうで友だちが手をふっている。雨はどこにもなくて、コンクリートも道路もかわいて黄色く光っている。
枝をひろうと、道路の上に立ててたおした。右にたおれたから
「あっちだ。」
と言って走りだした。さっきの雨雲を探そうとちょっと上を見たけど、雲は見当たらなかった。

「ねえ雨ふってたよね。」
「ふってたよ。」
「どこにも雨がないよ。」
「ほら」
と言って友だちは川をゆびさした。
「これが雨なんだよ。」
「そうなの?」
「そう。」
「雲は?」
「知らない。見て!」
川ぞいの砂の間から黒っぽい土が大きくのぞいている。
「これなんだかわかる?」
「土?」
「うん。これはあしあとだよ。」
「なんの?」
「わかんない。」
「歩いてったってこと?でもあしあとここしかないよ。つづきは?」
「大きいんだよ。だからもっと先につづきがあるはず。」
「恐竜?」
「かもしれない。それか、」
「それか?」
ふたりして黒いところに足を置いた。さっきよりおっきく見えた。あしあとのふたつめはどこだ。つぎの一歩を大きく、なるべく大きく踏み出した。でもそこは白い砂の上で、やっぱり黒いところはどこにも見あたらない。ふたりで目を見あわせた。
「でかいね。」
とべるだけとんだ。白い砂が少しだけ舞う。もういっかいとんだ。白い砂が少しだけ舞った。それからけり上げた。白い砂がくつの上にのっかって、それからこぼれて下に落ちた。いっぱい白い砂が舞った。それから走った。白い砂がたくさん舞った。走った。走って走った。白い砂がたくさん舞った。強い風が吹いて、白い砂がこっちに向かってきた。目をつむる。
目をあけると、白いコンクリートの上にいた。雨がふっている。げんかん前のコンクリートは白くかわいていて、その少し先が灰色くなっている。雨でぬれて色が濃くなっている。ちょうどその線で、世界が変わるみたいだった。とんでみたけど、白い砂は舞わなかった。

ねむくなって、家に入った。手をあらっていると音がする。おなかが鳴っている。リビングに行くとテーブルの上にお菓子がある。おなかが空いたからあれを食べよう。
いすの上に両手をのせて、
 それからぐっと右足をのせて、
        ぐっと左足をのせた。
うしろを向くとテーブルの上のお菓子が見える。
手をのばした。クッキーがひとつ、ふたつ、みっつ。
手をもどすと、クッキーはひとつになっていた。
口に入れると、あまい味がする。
またうしろをむいて、左足をいすの下にのばした。つま先がやっと床に着くとひんやりつめたい。それから右足も下ろす。いすの背中を押して、テーブルの下に入れた。
階段をのぼる。いちだんずつ。
         右足をのせて、
        ぐっと左足をのせる。
       ちょっと進んで、また右足を上にのせて、
      それからぐっと左足をのせる。
     ちょっと進んで、また右足を上にのせて、
    それからぐっと左足をのせる。
   次は左足を上にのせて、
  それからぐっと右足をのせた。
さいごの階段だけ少しだけ背が高い。

       両手を上にのせて、

    右足を上にのせた。

 次に左足をのせると、

二階にとうちゃくした。
やわらかい絨毯が見える。ねころがると天井には星が見えた。
星のシールがひとつ、ふたつ、みっつ、
   土星のシールがひとつ、
                   あっちにも星のシールがふたつ、
             そのちょっと横にまた星のシールがふたつ、
その後ろに星のシールがひとつ。

星をゆびさした。        右の星もさした。

  
      その下の星もゆびさした。

さんかくが見えた。

つぎの星、  
       つぎの星、  
あそこの天井の黒いてんてんもようもつなげた、
 つぎの星、   
        つぎの星、
   でんきからのびてる紐、
 つぎの星、

黒い点、 
   つぎの星、
            ちいさいかげ、
                 土星。
線をつなげるとそこには恐竜がいた。土星が目でちいさくゆれてるかげが舌。うわ、このままだと食べられてしまう。目をつむった。

つぎ目をあけるとどうなってるのだろう。ティラノサウルスは頭の上にのせてくれるだろうか。背中にのぼるのは大変で、右足をのせて、それからぐっと左足をのせる。また右足を上にのせて、それからぐっと左足をのせる。たまには左足を上にのせて、ぐっと右足をのせる。両手も使って、それでやっとたどり着いた頭の上にねころがる。目のところがもりあがっていてまくらみたいになる。それで見上げると土星が見えた。それから星がひとつ、ふたつ、みっつ。手をのばすと、手のひらの上にひとつ、ふたつ、みっつ。手をもどすと、星は大きい一つの星になって、手からこぼれた。星の上に乗ると、空がとべる。川まで行くとちゃくりくする。友だちを呼ぶと、二人して足をのせた。星は一回しずみこむと、勢いよく空をとんだ。ティラノサウルスもつれて、土星にでかけた。みんなで走った。走ってつかれてみんなでねむった。楽しい夢を見た気がした。

でもそれは夢じゃなかった。星もティラノサウルスもクッキーも雨もみんな本当にそこにあった。ぜんぶ本当だった。

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