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禿ゲ散ラカス者




「…で、その半ズボンの奴ときたら、脚がツルツルなんだッ!」


隣人は少し興奮気味にいう。

どうも先日久しぶりに電車に乗ったら、半ズボンの若い男がいた、と。
で、その脚がね、毛が全くなく、ツルツルとしていた、と。

最近、ニンゲンのオスは「変に」美意識が高く、脚の毛を処理するとな。
へーーーーーーーー。
ぼくは思う。
まあ、ぼくにとってはどうでもいいことなんだ。
というのも、そんな美意識がぼくにとって何の意味があるんだい?

風呂に浸かりながら、ぼくは己の脛を見る。
ヒョロリと長い黒々とした毛がまばらに生えている。

昔、若かりし頃、ぼくもこのスネ毛を恨んだもんだ。
ハゲなのか何なのかこのまばら毛をまるで好きになれやしない。
そんなことを気にするのが「若者」ってやつさ。

ところがどうだ。
今はこのスネ毛を愛でている。

ある日、風呂に入っていつものようにスネ毛を撫でていると、ふとポウくんのことを想った、彼の背中の毛の模様を。
ぼくはいつも彼の隣で、上から彼の背中を見ていた。
豊かな白い毛に、黒い毛が模様を描き、美しいな、と思った。
恐れ多くもぼくは己のスネ毛を見て、その模様を思い出したのだ。

その時からぼくは己のスネ毛を愛でている。
隣人のスネ毛も確認したが、どうにもぼくのスネ毛の方がポウくん模様だった。

このように、ちょっとした見方の違いで「キレイ」とも「キタナイ」とも言える。
脛がツルツル、よかろう、若者にとって、そのほうがより多くのメスを惹きつけるとなれば、彼らは念入りにお手入れするだろう。

中年のぼくはもう異性に媚びる必要もない。
もともとハゲ散らかってる毛がどうなろうと知ったこっちゃない。


そもそも人間生物は毛の生え具合がまっことキミ悪い。
もし、他の動物が人間のような毛の生えようだったら、ぼくらは悲鳴をあげるだろう。

人間生物の毛がハゲ散らかしてる理由として、カバのように毛を減らし汗をかくようにすることで体温が上がりすぎるのを防ぐとか、シラミ対策だとか、さらには人間は猿からの進化ではなく、水生哺乳類からの進化であり水中で邪魔になる毛がない、とか突飛な意見もあるとか。

けれど、体温が上がりすぎるのを防ぐためって言ったって、特に「脳は熱に弱い」のにじゃあなんでその脳のところだけ毛が密集してるのか?
紫外線とかの外部刺激から守るためって言うけど、だったら全身守ってほしい。毛がない代わりに服を着てるんじゃ本末転倒じゃないのか?
そもそもスネ毛は何を守ってるんだい?
謎は深まるばかりだ。

ぼくはぼくの神さまがこの世でもあの世でも一番美しい者であると心から思っっている。
ゆえに、彼みたいに眩しいほど美しい者のそばにいると、己のキモチワルサが際立つなあ、とは思う。
人間生物は本当にキモチノワルイ生き物だと、ぼくは思うのだけど、人間様は全くそうは思わず、むしろ万物の中で一番美しいと本気で思っているかなり重度のナルシストゆえ、なかなか共感を得られない。

ぼくの大好きなブッツァーティさんはぼくとおんなじように思ってくれて嬉しい。


そもそも世の中には「虫嫌い」の人間様が多いが、どうして虫が嫌いなのか?と尋ねると、「キモチワルイ」と言う。
「オマエノホウガナ」とぼくは思う。
なぜって虫は非常に美しい生き物だと思うからだ。

「蛾」に魅せられた時期があった。
彼らの色とデザインの美しさときたらない。
幼虫でも成虫でもだ。
水玉模様や縞模様、牛柄やレース模様などあらゆるデザインを取り入れている。自然ってすげーよ。
オオミズアオなんかどこでもいるけど、なんて美しい生き物だろう。
バレエのシルフィードを思い起こさせるけど、彼らの衣装は自前だもんな!
あの美しい衣装を脱いだら、肉色の棒みたいなチョビ毛の生き物でてきたらそっちの方がホラーじゃないか?
人間様のデザイナーは彼らのデザインを盗んでいる。
ゆえに消費者は彼らの美しさを認めていることになる。
「カメムシ」の卵なんて初めて見たときビーズのような整然さに感動した。

「足がありすぎる」とも言う。
しかしね、君、あんたのように肉色の二本足でヨタヨタ歩く生き物の方がよっぽどキモチワルクはないかね?
それに比べて彼らは機能美とオシャレを兼ねそろえている。
一体どこがそんなにキモチワルイと思うのか、ぼくにはさっぱりわからない。

以前、林間学校の食堂で働いた時、子供らが虫を見つけ騒ぐので、「なんで嫌いなの?」と聞くと、「お母さんがキモチワルイって言うから」と。
ホー、ナルホド。
反抗的なぼくは「よく見てごらんよ、すっごくキレイなんだよ」と子どもらに入知恵してやった。


ぼくはポウくんの毛が大好きだった。
彼の毛の感触と匂いがたまらなかった。
彼の顔のコマコマした短い毛や、首に行くほど長く密集するフカフカ毛流が好きだった。
密集した毛はどこまで掘っても皮膚を見せない。
実は、彼の隠された皮膚は桜の花びらのピンク色なんだ。
幼気なピンクの肌に豊かな白い外套を纏って、衝撃や寒さをものともしない彼は強く美しかった。
そんな彼が羨ましかった、彼みたいになりたかった。


けれど悲しいかなぼくはブサイクな生き物としてやっていけねばならない。
まあ、ぼくの神さまのおかげで、ぼくのキミノワルイ脚を少しでも好きになれて嬉しいよ。