物語 君ノ瞳二恋シテル

タロウくんとジロウくんは仲良しです。幼いふたりは出会ったその日にともだちになり、今では一番のともだちになりました。ふたりはお互いの姿を見るとうれしくなってかけより「遊ぼうよ!」といいあうのでした。そして毎日をひなたぼっこのようにすごしているのです。

ふたりはひみつの遊びをします。だれも知らないひみつの場所で、ひみつの遊びをするのです。おや、むこうからタロウくんとジロウくんが手をつないでやってきました。どうやらここがひみつの場所らしいです。
「ジロウ、ひみつの遊び、しようぜ」
「うん。楽しみだね」
ふたりはにやにや笑いながらひみつの場所にとうちゃくしました。外からは中が見えません。タロウくんがみつけた、まさにひみつの場所なのでした。タロウくんとジロウくんはひみつの場所にかくれて、からだのこうかんをするのです。それがひみつの遊びです。

「はい、耳あげる」
「じゃあぼくのも。はい」
ふたりは自分の耳をもいで、相手につけてあげました。ともだちの耳で聞く音はすてきです。耳によって、音の聞こえ方がちがうのです。ジロウくんの耳で聞くと小さな音もていねいにひろえますし、タロウくんの耳で聞くと音はげんきよく耳にとびこんできます。じぶんにとっては当たり前ですが、こうかんすると当たり前じゃなくなるのです。ふだんとはちがう音が聞えるのは、「きゃー!」とうれしいひめいをあげたくなるほどすてきなことなのです。なによりすてきなのは、ともだちの耳がじぶんについていることです。それはほんわかとうれしくなることなのでした。
「こんどは手な」
ふたりは手をつけかえました。ジロウくんはじぶんにつけられたタロウくんの手をじっと見ました。タロウくんはうんどうがとくいですので、たくましい手です。ジロウくんのより力もちで、げんきにぶんぶんとふりまわしたくなる手なのです。ジロウくんはタロウくんの手にあこがれて、「ぼくもこんな手になりたいな」と思います。
タロウくんはじぶんにつけられたジロウくんの手をじっと見ました。ジロウくんの手はほそっこくて、きれいで女の子みたいな手です。やさしくさわることができる、思いやりのある手なのです。タロウくんはジロウくんの手にびっくりして、「おれもこんな手だったらな」と思います。もしこんな手だったなら、タロウくんの生まれたばかりの妹をさわることができるかもしれません。タロウくんは生まれたての妹がかわいくて、たくさんさわっていたいのですが、タロウくんのげんきすぎる手ではあかちゃんに痛いおもいをさせてしまいます。タロウくんがさわると妹は泣いてしまって、だからタロウくんは妹をあまりさわれないのです。でも、ジロウくんの手だったらきっと妹は泣くこともなく、たくさんさわってかわいがれるでしょう。だからタロウくんはジロウくんの手にあこがれて、「おれもこんな手になりたいな」と思います。
ふたりはこうしてお互いにあこがれながら、からだのこうかんごっこをするのです。ひっそりとだれにもないしょの場所で、ひみつの遊びをつづけるのです。タロウくんはジロウくんを、ジロウくんもタロウくんをとってもすきですので、ひみつの遊びはあきることがありません。まいにち日が暮れるまでひみつの遊びはつづきます。

 

「ジロウの手ってきれいな手だよなあ」
まいにちのひみつの遊びのいつかの日に、タロウくんはこうかんした手をじっとみてしみじみといいました。なんかいもかえっこをしてもジロウくんの手はとてもすてきにタロウくんの目にうつります。
「かわいくていい手だよな。おれのとはおおちがいだ」
「タロウくんの手もいいじゃん。ぼくはぼくの手よりもタロウくんの手のほうがいいな。げんきだしおおきいし、ちからもちだもん」
ジロウくんはジロウくんで、つけかえたタロウくんの手をさすって、いろいろとうごかしてはどんどんすきになります。タロウくんの手はとてもかっこいいのです。たくましくておおきくて、おとこの手です。それはジロウくんにないものなので、ジロウくんはタロウくんの手がほしくてほしくてたまりません。
「いや、おまえの手のほうがいいよ。やさしいし、あかちゃんにさわることもできるもんな」
「でもぼくはちからもちになりたい。ぼくの手、ちからなしだもん。ジロウくんの手みたいだったらおもいにもつでもらくちんなのになあ」
ふたりはそういいあいながら、こうかんしあった手をじっとみつめました。ほんとうに、なんてすてきな手なんでしょう。じぶんにないものとはなんとすてきにうつることでしょう。ジロウくんの手をさわったり、ほっぺにくっつけたりしてあこがれていたタロウくんは、ぽつりと、こんなことをいいだしました。
「おれ、この手たべたいなあ」
「え?」
「だっておいしそうだからさ。おれジロウの手すきだ。だからたべてみたい」
その言葉をきいてジロウくんは顔をうれしがらせて、瞳をビーだまみたいにかがやかせました。
「じつはぼくもタロウくんの手をたべてみたいなっておもってたんだ」
「ほんとか? じゃあおまえの手たべてもいいか?」
「いいよ」
「やったあ! おれ、おまえの手たべちゃうぞ!」
「そのかわりぼくにもタロウくんの手、たべさせてね」
「いいぞ」
やくそくをしたふたりは顔をあわせてわらいあって、手をもちぬしにかえしました。そしてどっちがさきに手をたべるかきめるためじゃんけんをしました。かったのはジロウくんです。
「じゃあぼくがさきにたべるね」
「うん」
ジロウくんはタロウくんの手をにぎりしめて、「かっこいいなあ、すごいなあ」とたくさんさわってからたべはじめました。タロウくんの手はとてもおいしいです。かっこいいあこがれのものをたべれるのがうれしくて、ジロウくんはタロウくんの手をりょうほうともあっというまにたべつくしてしまいました。
もっとたべたそうにしているジロウくんのようすをさっちして、タロウくんは「もっとたべていいぞ」といってあげました。こんなにうれしそうにたべてくれるので、タロウくんもうれしかったのです。もっとおれをたべてほしい、とおもうようになったのでした。
そしてジロウくんはタロウくんをたくさんたべました。うでも、あしも、ほっぺたも、つんつんととんがっているかみのけも、かぶりとやりました。タロウくんはおみみもおへそも、とてもおいしいのです。ジロウくんはむちゅうでたべました。いくらたべてもたべたがり、もっとたべたい、もっとたべたいとタロウくんをのみこみました。
気がついたらタロウくんはいなくなりました。ジロウくんが全部たべてしまったからです。タロウくんがいなくなって、ジロウくんはとほうにくれました。ひみつの場所でひとりっきりになって、きゅうにさびしくなったのです。
「おーい、タロウくーん」
おおごえでよびましたがへんじはきません。だってタロウくんは全部たべられてしまったのですから。たべたのはジロウくんです。だからジロウくんもへんじがこないことはわかっていたのですが、まさかこんなことになるとはおもってみませんでした。ジロウくんはだいすきなタロウくんをたべてみたかっただけなのです。
「ねえ、タロウくん。どこにいっちゃったの。ねえ。どこにいるの?」
どこをさがしてもタロウくんはいません。ジロウくんはひとりぼっちで、こころぼそくなりました。まいごになったときみたいにどうしていいかわからなくなりました。
「だれかいませんか。タロウくんがいなくなっちゃったんです。いっしょにさがしてください。ねえ、だれかー」
いくらひとをさがしてもだれもきてくれません。だってここはタロウくんとジロウくんしか知らないひみつの場所なのですから。ひとっけはなれたはらっぱの、ないしょのところなのです。そんなところでひとりきり、ジロウくんは日が暮れるまでタロウくんをさがしました。たいせつななくしものをみつけようと、どこかにあるはずのタロウくんのすがたをさがしつづけました。

 

すっかりおそらが暗くなったころです。ジロウくんはひとりでお家にかえってきました。
「ただいまー」
しょんぼりとしたようすです。とうとうタロウくんをみつけることができなかったからです。でもあたりまえです、タロウくんはジロウくんがたべてしまったのですからね。おなかのなかをさがさないかぎり、みつかりようがありません。
ジロウくんがいえにかえるとジロウくんのおかあさんが「まあまあ、こんなおそくまでどうしたの」としんぱいがおでむかえてくれました。そしてすぐにごはんにするから手を洗ってらっしゃい、とごはんのしたくをはじめました。きょうはカレーでしょうか。いいにおいがしてきます。
洗いながら手をじっとみて、ジロウくんはためいきをつきました。この手、タロウくんがたべるはずだったのにな。なんでタロウくんたべないでどっかいっちゃったんだろう。ぼくだってタロウくんにぼくの手たべてほしかったのに。
ジロウくんはしょんぼりとしたままなのでだいすきなカレーだってのこしてしまいました。

その日の夜はたいへんだったようです。おそくにタロウくんの家からでんわがきて、「うちのタロウがまだかえってきこないんです。ジロウくんといっしょじゃなかったですか?」とタロウくんのおかあさんがしんぱいそうにいってきました。ジロウくんは「しらない」とうそをつきました。タロウくんのおかあさんは「へんねえ、どうしたのかしらねえ」としんぱいをつづけ、けいさつといっしょにタロウくんをさがしつづけたそうです。ジロウくんはほんとうのことをしっているのでちょっとうしろめたかったのですが、いうわけにもいかず、しらんぷりのうそをつづけました。

それにしてもタロウくんどうなったんだろうなあ。パジャマにきがえて、おふとんにもぐりこんでジロウくんはかんがえました。タロウくんのことがすきだったこと、手がとてもおいしかったこととかを思い出しては、だんだんかなしくなりました。ジロウくんがすきだったタロウくんはもういません。いつもいっしょにあそんでくれた、たいせつなタロウくん。そんなタロウくんとのことをかんがえていたら、ジロウくんはなきそうになってしまいました。
「タロウくん、どこにいっちゃったの?」
とうとうジロウくんはなきべそをかいてしまいました。すきな友達がいなくなってせつなすぎたからです。ジロウくんがひとりでなきじゃくっていると、どこからかちいさなこえがきこえました。
「おーいジロウ。おれはここだぞー」
タロウくんのこえです。ジロウくんはなくのをやめて「えっ、どこどこ」とあたりをさがしました。けれどタロウくんのすがたはみあたりません。
「どこにいるの? タロウくん」
「ここだよ、ここ」
こえはジロウくんのおなかのなかからきこえてきました。手をあててみると、たしかにおなかのなかにだれかいるようです。そんなかんしょくがつたわってきました。
「ぼくのおなかのなかにいるの? タロウくん」
「そうだよ。おまえおれを全部たべちゃうんだもん。だからおれ、おまえの子どもになったんだ」
「え? どういうこと?」
「おまえはおれをにんしんしたんだよ」
「にんしんって?」
「あかちゃんがうまれることさ。おれはおまえのおなかのなかでいて、トツキトウカたったらそとにでられるの。おまえのあかちゃんになるんだぞ」
「へー。あかちゃんってそうやってできるんだあ」
「そうだぞ。おまえおれのおかあさんになるんだから、めんどうしっかりみろよ」
仲良しのタロウくんがいたことにほっとして、ジロウくんはやさしくおなかをなでました。そしてとってもうれしくなりました。なみだはすっかりひっこんでいました。
「ぼく、タロウくんがいなくなっちゃったとおもってかなしかった」
「おまえがおれをたべたからだろ。まったく、全部たべちゃうんだもんなあ。おれだっておまえの手たべたかったのに、これじゃあたべられないじゃないか」
「ごめんね」
「おれがうまれたらおまえをたべちゃうから、かくごしろよ。全部たべてやるからな」
「いいよ。ぼくをたべられるよう、はやくうまれてきてね」
「おまえ、全部たべられてもいいのか?」
「うん。だってそうしたらタロウくんのあかちゃんになれるんでしょ。だったらいいよ。ぼくタロウくんの子どもになるもん」
そういってジロウくんはじぶんのおなかにむかって甘えるように顔をちかづけました。なきむしはどこかにいっちゃって、甘えん坊の笑い顔です。
「ちぇっ。おまえが子どもだったらすごく手間がかかりそうだな」
「そうだよ。ぼくタロウくんにべったりになるからね。たのしみだなあ、タロウくんがぼくのおかあさんになるの」
「いまはおまえがおれのおかあさんなんだからな」
「わかってるよ」
ジロウくんはわくわくになって、笑顔がとまりませんでした。たいせつな友達がじぶんのこどもになったこと、そしてつぎはおかあさんになることが、うれしくてしょうがありません。うまれてくるのがまちきれないジロウくんはおへそのあなをひろげて、こっそりとおなかのなかをのぞいてみました。
「なんだよ、みるなよー」
そこにはすっかりあかちゃんになったタロウくんがはだかんぼうで、ちいさくちいさくまるまっていました。げんきにまっすぐなまゆげも、生意気そうな瞳も、もとのままです。ジロウくんがすきなタロウくんがあかちゃんでいました。はだかんぼうのすがたをじろじろみられて、タロウくんはてれながらおこってきました。
「なんだよ、あんまりみるなよ」
「あー、ほんとうにタロウくんだ」
「やめろって。いいからおへそとじろよ。あんまりこういうことしちゃいけないんだぞ」
「わかったよ」
あかちゃんのタロウくんがいるよろこびが、じんわりとジロウくんにひろがっていきました。とってもかわいいタロウくん。そんなタロウくんがおなかのなかにいることが、ジロウくんにはうれしくてたまらないのです。
「ねえ、タロウくん」
「なんだよ」
おへそのあなをとじて、パジャマのうえからなんどもいとしくさすりながらジロウくんはタロウくんにはなしかけます。
「これでぼくたちいつでもいっしょだね」
「そうだな」
「へへ」
「なんだよ」
「だってタロウくんといっしょなのがうれしいんだもん」
「おれもうれしいよ」
「ぼく、いいおかあさんになるね。タロウくんのことすっごくかわいがるから。おしめもちゃんととりかえてあげる」
「げー、おしめの世話までされるのやだなー」
「だめだよ。だってぼくタロウくんのおかあさんだもん。だからおしめかえてあげるからね」
「うー、わかったよ。もういいからねろ。あまりよふかししてるとおれが育たないぞ」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
ジロウくんはふとんにもぐりこんで、どうやらきょうはぐっすりねむれそうです。だってこんなにもうれしいことがあったのですから。ジロウくんはふとんをあたままでかぶって、にやにや笑いがとまりませんでした。そっとおなかをさすっては、ここにタロウくんがいること、いつもいっしょにいられることのよろこびが、いつまでもジロウくんをうれしくさせました。
ああ、やった。タロウくんといっしょにいられるぞ。ぼくらはいつもいっしょなんだ。いつもタロウくんといっしょでいられるんだ。うふふ、やったなあ。あー、うれしいよう。タロウくんをにんしんできてよかったなあ。ぼくのあかちゃんになって、ほんとうによかったなあ。これでいつまでもいっしょにいられるよ。やったね。そしていつか、きみがぼくをたべるときまでよろしくね。かわいい、かわいい、ぼくのタロウくん。


<おわり>

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