劇 ぼくがうまれる日

■第一幕

幕。
舞台中央、こどものかたちをしたものがいる。
右へ左へあてなくうろつき、時折立ち止まり、まるで迷子のよう。
舞台右手からちがうかっこうをしたものが登場。

 

かれ「おーい、そこの! 逃げ出したりして、どういうつもりだい? 順番は、お前だよ。さあ、そんなところにいないで、さっさとこっちにおいで」

声をかけられたことに気付き、ぼんやりと、ちがうかっこうをしたものを見返す。

かれ「どうしたんだ、そんな不思議そうな顔をして。うまれる順番はお前だって、通知されたはずだろう。そうだよ、お前だよ。なのになんでそんな顔をしているんだ」
ぼく「……いやだよ」
かれ「なんだって? か細い声だよ、聞こえやしないね。しょんぼりとした声、それじゃあ届かない。さあ、もう一度響かせてご覧」
ぼく「……いやだよ。なんだか、ぼく、いやさ…。うまれたくないよ」
かれ「ほう、これはまいったことをいうね! これからうまれるというお前が、うまれたくないだなんて! どんな風がお前をそういわせたのか。そんな、おどけはもういいから、さっさとこっちにおいで。あとがつかえてるよ」
ぼく「だってさ、だって……なんだか、いやなんだもの…」
かれ「いったいなんでいやなんだい? きかん坊だね。うまれるまえなのにもう駄々をこねてるのかい? そんなことをして、ああ、列が長引く。蛇みたいだよ。仕事がつかえてしかたない。わがままなお前だね。さあ、いってご覧。なにがそんなにいやなの?」
ぼく「…わかんないや」
かれ「わからない?」
ぼく「…うん、なぜだか、わかんない。だけどなんだか、いやなの…」
かれ「これはまた、そうとうまいったお前だよ。うまれる前からこれじゃあ、うまれてからが思いやられるね! けれどまあ、素質は十分さ。もう半分うまれてるみたいなものだ。うまれたものしか、こんなわがまま、いいやしないよ」
ぼく「ぼく、なんだか、いやさ…」
かれ「ほれ、そこの。いいからこっちにきてお座りよ。さあ、なにがいやなの? いってみたら、いいさ…」

しょんぼりと、ちがうかっこうをしたものの隣に座り、めそめそと泣き出す。

かれ「おや、泣き出してしまった! いったいぜんたいどうしたっていうんだい? 泣きやみな、お菓子をあげよう。甘いキャンディー、おいしいよ。それともキャラメルがいいかい? チョコは?」
ぼく「いらないや…そんなもの」
かれ「そんなこといわないで、ほれ、口を開けな。かわいい、赤い飴だよ、お舐めなさい」
ぼく「うん…」

泣きながらも飴を舐める。時折鼻を啜り、口の中で飴を遊ばせる。飴が終わるまで、ふたりは無言で、ちがうかっこうをしたものは優しく、こどものかたちをしたものの背中を撫であやす。

かれ「さあ、泣き止んだね。かわいい、ひ弱な、お前だね…。無理もない、まだうまれてすらないのだから、朝日にすら、すうっと溶けてしまうかもしれないよ。もうちょっとすがっていなさい。頼りない、お前さ…」

ちがうかっこうをしたもの、こどものかたちをしたものの涙をぬぐい、鼻をかませる。かまわれるがままにする、こどものかたちをしたもの、泣くのを止め、ゆっくりと落ちつく。

ぼく「あのね、ぼく、こわいの…」
かれ「こわいってなにが?」
ぼく「うまれるの…」
かれ「だからうまれたくないのかい?」
ぼく「うん、こわいや…」
かれ「また泣くつもりかい? およしよ。そんなにこわがることないよ、うまれれば、いきられるんだから」
ぼく「…」
かれ「どうしたんだい?」
ぼく「それがさ、こわいの…」
かれ「いきることがかい?」
ぼく「そう…」
かれ「なんでだい。いきることは、かけがえないよ。とても大切なものだ」
ぼく「でも、つらいでしょ…?」
かれ「…」
ぼく「ぼく、しっているんだ…」
かれ「なにを?」
ぼく「つらいこと、いっぱいあるって…。かなしいこと、くるしいこと」
かれ「…」
ぼく「こわいこと、いたいこと、いやなこと。そんな言葉、いっぱいあるよ。こわいよ…」
かれ「だからうまれたくないの?」
ぼく「そうさ…」
かれ「だからいきたくないの?」
ぼく「いきることは、苦しみだって、しっているんだ…。みんないっているよ」
かれ「だれがそんなことをいったんだい?」
ぼく「みんなさ、いきている、みんな…」
かれ「いきているものと、お話したのかい?」
ぼく「してないよ。だけど、聞いたんだ。みんないってる…つらいって」
かれ「お前、ひょっとして、いきているものの世界へ…」
ぼく「…」
かれ「…いったのかい?」
ぼく「…うん」
かれ「…そうかい」
ぼく「しっているんだ、みんな死ぬって…」
かれ「…」
ぼく「死ぬの、こわいよ…。みんなこわがっているよ…。ならいきなきゃいいんだ…」
かれ「…」
ぼく「なら、死なないや…。うまれないよ、ぼく…。うまれるもんか…」

こどものかたちをしたもの、舞台左手へ退場。
ちがうかっこうをしたもの、しばらく舞台中央で立ちつくし、やがて意を決したかのようにこどものかたちをしたものを追い、退場。
幕。

 

 

■第二幕

幕。
舞台中央にはニ脚の椅子。
こどものかたちをしたもの、舞台左手から登場。
その後を追い、ちがうかっこうをしたもの登場。

かれ「はあはあ、すばしっこいね、まったく子ねずみみたいだ。ようやく、追いついたよ」
ぼく「…」
かれ「おい、立ち止まっておくれ。もう逃げるんじゃないよ。これ以上走らされたら、心臓が爆発しちまう。ふう、長い距離だった。おや、いい場所に逃げ込んだね、丁度おまえにぴったりの場所だよ」
ぼく「…ここ、どこ?」
かれ「図書館だよ、いきることが書かれてある本を集めた、おまえみたいなもののための図書館さ。これらの本を読めばおまえだっていきようとするはずだよ」
ぼく「そんなの、うそさ…」
かれ「いいからほら、こっちへおいで。本を聞かせてあげよう。のぞきこみな、すてきな挿し絵があるよ。美しい、物語を象った絵だよ…」

こどものかたちをしたものとちがうかっこうをしたもの、椅子に座る。
ちがうかっこうをしたものが本を開き、こどものかたちをしたものが寄り添いのぞきこむ。

かれ「どうだい?」
ぼく「きれいなお話だね…、でも、悲しいね…」
かれ「だろう。美しい話だよ。見知らぬ男の子に大切なことを教えられた男の話だよ。下手糞な絵だけどね」
ぼく「でもぼく、この絵好きだな…」
かれ「そうだね、きれいな絵だね。かわいらしくて、寂しげな、男の子だね」
ぼく「なんだかいいね、これ」
かれ「気に入ってくれて嬉しいよ。どれ、次は詩を聞かせてあげよう。これがいいね、短いけれど、とてもいいものがつまっている…」

詩を朗読を聞いて、だんだんと神妙な顔つきになっていくこどものかたちをしたもの、耳から探るように、言葉の響きに聞き入る。

かれ「どうだい?」
ぼく「うん…」
かれ「どうだった? お返事を聞かせておくれ」
ぼく「なんか、うん、いいね…。すごい、いいよ」
かれ「はは、そうか。お気に入りになったかい。そいつはよかった。さっきまでのおまえと違って、いい顔してるね。言葉を知っていくってことは、そういうことさ…」
ぼく「ぼく、この言葉好きだな…」
かれ「好きなものができてよかったね。いいね、賢そうな顔になったよ、いい坊ちゃんだ。うまれれば、よっぽど愛されるだろうね、そんなお前だよ」
ぼく「いきることはつらさだけじゃないんだね」
かれ「そうさ」
ぼく「でも、つらさだってあるんだね…」
かれ「そうさ」
ぼく「うん…」
かれ「どうしたんだい?」
ぼく「あのね、ぼく…」
かれ「どうした、はっきりおいい」
ぼく「ぼく、もっと知りたいな…。いきること」
かれ「そうか。それじゃあ見てみようか」
ぼく「どこにいくの?」
かれ「いきているものの世界だよ」
ぼく「…」
かれ「どうした?」
ぼく「みんないっているよ、つらいって…」
かれ「そうだったね、お前はいちど見てみたんだったね」
ぼく「うん、みんなこわい顔してた…」
かれ「ひとりでいくからいけないのさ。いきるのを見るには方法があるんだ。ガイドなしで見ると、嫌なのしか目につかなくて、お前みたいになっちまう。今度は一人じゃないよ、私がいるからね。怖がることはない、さあ、いこう」
ぼく「うん…」

ちがうかっこうをしたもの、こどものかたちをしたものの手を握り、椅子から立ち上がる。

ぼく「あのね、ぼく…」
かれ「どうした?」
ぼく「あのね、ぼく、しあわせになりたいんだ」
かれ「しあわせに?」
ぼく「うん、しあわせになりたいの。じゃなきゃいきるの、いやさ…」
かれ「そうかい、しあわせに、か…」
ぼく「これからしあわせを見にいくの?」
かれ「さてねえ、しあわせなんてもの、見れるもんかね。まあいい、おいで。いくよ、いきているものの世界へ。たくさんの種類のいきかたがある、こまったところへ…」
ぼく「しあわせになりたいな、ぼく…」

こどものかたちをしたものとちがうかっこうをしたもの、手をつなぎあって、舞台右手へ退場。
幕。

 


■第三幕

幕。
こどものかたちをしたものとちがうかっこうをしたもの、手をつなぎ舞台右手から登場。
こどものかたちをしたもの、おびえながらすりようようにしている。

ぼく「ねえ、ここどこだい。なんだかこわいよ…」

ぼく「ねえってば…」
かれ「さあ、ついた。ああ、あいかわらずたくさんの色があるね、息が詰りそうだ。いきていないものには、濃すぎるところだよ」
ぼく「ねえ、ねえ」
かれ「こわがることはないよ、まあしょうがない、いきていないものにはいきているものは、不思議すぎるからね。でもおびえなくなっていいよ。いきているものはいきていないものに手出しはできないよ。逆だってね」
ぼく「ここ、どこなの」
かれ「森さ。いきることが積み重なった、死と生命が内包された世界の一部だよ。ほら、あれをごらん。樹というものだ、あれだっていきているんだよ」
ぼく「いきているの、あれ」
かれ「そうだ。動かないけれど、肌はかさかさで硬いけれど、てっぺんをご覧。やわらかい若葉がついているね。初々しい、うまれたての危うささ」
ぼく「ねえ、お前、しあわせかい…?」
かれ「話しかけても無駄だよ、植物はお喋りできないんだ」
ぼく「お喋り、できないのかい…」
かれ「動くこともできないよ。根っ子が土の中に奥深く広がっているからね。目もないよ。耳もないから、聞こえやしないさ」
ぼく「ふうん。そんなので、いきているっていえるのかな」
かれ「いえるよ。お日さまの光をいっぱいに浴びて、成長するよ。おっきくなってね、ぐんぐんとね、そして種を残してね、いつか死ぬさ」
ぼく「こいつ、なんの為にいきているの?」
かれ「なんの為でもないさ、ただ、いきているんだ」
ぼく「ふうん、へんなの。ぼく、そんなの嫌だな。しあわせになる為にいきたいな。ただいきるなんて、意味ないや…」
かれ「いきることに意味を求めているうちは、いきられないよ。うまれることだって無理だね…」

舞台左手から木こり登場。

かれ「おや、おいでなすった。ほら、離れていな、危ないよ」
ぼく「あの人、だれ」
かれ「木こりだよ。この樹を切りにきたんだ」
ぼく「切られちゃうの、こいつ…?」
かれ「そうだよ。根元からばっさり、あのチェーンソーでね」
ぼく「切られたら死んじゃうよ…」

木こり、舞台中央でチェーンソーを振りかざす。激しい音に耳を塞ぎ脅えるこどものかたちをしたもの。
樹が倒れる音がして、木こり退場。

ぼく「ああ、死んじゃった! ひどいよ、あんなに立派な樹だったのに!」
かれ「根元からばっさりだ。さっきまでたくましい一本だったのにね」
ぼく「ひどいよ、こいつ、死んじゃったよ…」
かれ「まあおまち、泣くのは早いよ。まだいきるかもしれない」
ぼく「そんなわけないや、だって死んじゃったよ…かわいそうだよ…」
かれ「そう決めるのは早いよ。こっちをごらん。同じような切り株、かつての樹だよ。ほら、おいで、よく見てご覧…」
ぼく「あれ、芽ッ子が、伸びてるや…」
かれ「樹はね、切られてもいきられるんだよ。根っ子がある限りね、いきることができるんだよ。こうやって、なんだかこっけいだけれど、太い切り株の横っちょから、細っこい枝が生えてきてるね」
ぼく「じゃあ、あの樹もまだいきているのかな…」
かれ「いきつづけられるかはわからないね。ほら、こっちの切り株は、もう死んでしまっている。枝を生やすことができず、腐っているよ」
ぼく「本当だ…。死んでいるの、こいつ?」
かれ「そうだよ。死んでしまったんだ。もう枝を生やすことはないよ」
ぼく「死んでいるんだ…」
かれ「そうさ、死んじゃったね…」
ぼく「なんで死んじゃうのかな、いきものは…」
かれ「いきているからさ。だから死ぬんだ」
ぼく「ぼくはずっといきているのがいいな、死ぬの、やだな。死ぬんだったらうまれないよ…」
かれ「ずっといきるなんて、いきていることにならないよ。死があるからこそ、いきることになるんだ」
ぼく「わからないや、おじさんのいっていること。ぼく、わからないや…。死ぬのはこわいよ、いやだよ…」
かれ「でもいきられるよ」
ぼく「いきるのはつらいよ、みんないっている…。こいつだって、なんの為にいきることなく、死んじゃった…。なんにも見えなくて、聞こえなくて、動けなくて、お喋りもできないまま」
かれ「でもいきれたね」
ぼく「そんなの意味ないや。しあわせにならなきゃ、意味ないや…」
かれ「しあわせなんて、意味ないからね」
ぼく「こいつ、しあわせだったかな…」
かれ「さあねえ。しあわせなんて言葉、にんげんがつくりだしたものだから。植物はしあわせなんてこと、考えやしないよ。だからこそ、しあわせだといえるかもしれない」
ぼく「おじさんのいっていること、わからないや…」
かれ「さて、次にいくよ。ついておいで、迷ったら最後、脱け出れないよ」
ぼく「しあわせだったかな、こいつ…」

 

舞台中央に墓。

ぼく「ここ、どこだい?」
かれ「墓地だよ」
ぼく「墓地って?」
かれ「死んだものが埋められる場所だよ。これはうまれてすぐ死んじゃった子のお墓だね」
ぼく「すぐってどのくらいかな」
かれ「書いてあるよ。ほら、ここに。たった一週間だね」
ぼく「そんなですぐ死ぬなら、うまれなきゃよかったね、この子…」
かれ「でも一週間でもいきれたよ」
ぼく「すぐ死んじゃうのなら、うまれなきゃいいんだ。そんなの、死ぬ為にうまれたみたいじゃないか」
かれ「そう思うかい、お前」
ぼく「だってそうじゃないか。この子、ほとんどいきられなかったよ。楽しいこと、できなかったよ。嬉しいこと、できなかったよ。死ぬ苦しみしか、なかったよ。だったらうまれなきゃよかったんだ。そうしたら苦しみもなかったのに」
かれ「でも愛されたね、この子は」
ぼく「そんなのわからないや、この子には…」
かれ「そうかもね、でもきっと、愛されただろうね。この子の親、赤ちゃんが死んで、きっとたくさん泣いただろうね。つらかったろうね。たいせつだったろうね。すごくたいせつなものが、一週間でも、そばにいたね」
ぼく「でもつらかったんでしょ…。ならうまなきゃよかったんだ、ならそんなつらさなかったのにさ…」
かれ「でもすごく愛しいものに気付いただろうね」
ぼく「親だって、かわいそうさ。みんなかわいそうだ…」
かれ「そうだね、かわいそうだね」
ぼく「なんの為にうんだのかな、この子の親は。きっとこんなことになるだなんて知っていたら、うまなかっただろうな。だってつらいことだらけだもんね」
かれ「さあね。ひょっとしたら知っていてもうんでいたかもしれないよ」
ぼく「なんでさ。つらいだけだよ、そんなわけないや」
かれ「そのつらさすら受け容れて、一欠けらの喜びの為にうんでいたかもしれないよ。きっと赤ちゃんに会いたかっただろうしね」
ぼく「そんなわけないや、しあわせよりも多くふこうがあるって知っていれば、そんなことするわけないや」
かれ「でもきっと会いたかったと思うな」
ぼく「会ってもつらいだけだよ…」
かれ「つらいのは、嬉しいことがあるからさ。すごくつらいのは、すごく嬉しかったからだよ」
ぼく「でも、嬉しいのはいっしゅんだよ。つらさのほうが長いよ。ならさ…」
かれ「そうかもね。けれどそれがしあわせなんだよ。足が速いのさ。そして、足が速いしあわせほど、とてもいいしあわせなんだ」
ぼく「その後長いつらさが待ちうけていても?」
かれ「そうさ…きっとそうさ…」
ぼく「そんなの、いやだな…」
かれ「お前、しあわせになりたいのだったら、つらさを脅えちゃいけないよ。つらさのないしあわせなんてないのだからね」
ぼく「でも、そんなしあわせがいいな…」
かれ「つらさを感じる心がしあわせをうむんだ…きっとね」

 

舞台背景にビル群。

ぼく「どこなの、ここ…」
かれ「街だよ。人がいきている場所さ」
ぼく「みんなあんなにあわててどこにいくの」
かれ「さあね。会社にいくのかね。学校かもね。ただいそいでいるだけかもね」
ぼく「みんなこわい顔しているね…つらいからかな」
かれ「さてね、これは大人たちだからね。大人たちはあまりいきていないから、こんな風になっているのかもね」
ぼく「いきていないの?」
かれ「いきているけれど、いきるのを忘れがちになるのさ、大人ってのは」
ぼく「変なの…」
かれ「忘れやすいんだよ、大人は。子どもの頃はしっていたのにね」
ぼく「あの人、なにかいっているね。つらいつらいっていっているね。泣きそうなの、我慢しているね」
かれ「あの人がいきるのを思い出せますように」

舞台左手からつらいひと登場。

だれ「いやだ、もう、つらいよ、もう、なんでこんなことばっかり…。全然うまくいかないし、もういやだよ。死にたい、死にたい、死にたい…」

つらいひと、舞台右手に退場。

かれ「あの人もだいぶつらそうだな」
ぼく「……。ああいう人だよ、ぼくが見たの…」
かれ「そうか、お前はああいう人たちに会ったんだね」
ぼく「うん、だからいきるのはつらいって…」
かれ「あの人は姿勢が悪いな。背中がまんまるだ。だから苦しんでいるんだ」
ぼく「つらそうだね…、死にたがっているね…」
かれ「ああいう時は一度転ばないといけないな。転んで、立ち上がろうと顔を上げた時、空を見上げることができる。ああいう人は転ばないと空を見れないからね、いっそのこと、はやく転んじゃえばいいのさ」
ぼく「でも、そのまま立ちあがれないかもしれないよ?」
かれ「そうしないとあの人はいきれないよ。背中がひどくまるまっているからね、ずっと下ばかり見て、上を見ることなんて無関心だ。たまに上を見て、なんでもないお空を見て、ぽつりと立ち止まったらいいんだ」
ぼく「つらさって、いやなものだね…」
かれ「つらさを成長させてしまっているからね、あの人は。やっかいなもんだよ。あのままで歩いていたら、つらさに呑み込まれてしまうだろう」
ぼく「死にたいっていっていたな…」
かれ「はやく転んじゃえばいいんだ。そうして、ひざ小僧を痛くさせて、倒れていれば、立ちあがることができる。つらさをひどく成長させがちなああいう人は、よく転ばないといけないな。転べばつらさが小さくなるからね」
ぼく「でもそんなのきりがないや…。つらさがなくならないのなら、また転ばなきゃいけないじゃないか。あの人ずっと転ばなきゃいけないの?」
かれ「そうさ、ずっとさ。いきるのがおわるまでずっとね」
ぼく「そんなの変だよ。きりがないや…」
かれ「いきることにだってきりがないさ…」

 

舞台背景に公園。

ぼく「わあ、子どもがたくさんいるね!」
かれ「みんな、くしゃくしゃになって遊んでいるだろう。楽しげに、本当に野花みたいな笑顔だよ」
ぼく「嬉しそうだなあ、にこにこだね、みんな。けらけらと、騒がしいや」
かれ「こんなにちびが集まって大変だよ。明るいね、ここは。とてもにぎやかだ」
ぼく「なんでこんなに楽しそうなのかな。なにかいいことあったの?」
かれ「いきてるだけで楽しいのさ。それと友達がいることが」
ぼく「ふうん…いいなあ」
かれ「自分とおなじちびがそこらじゅうにいるのは、楽しいだろうね。けらけらとした笑いがいっぱいあって、そりゃあみんな笑顔にもなるってもんさ」
ぼく「あ、あの子達けんかしてる」
かれ「でもすぐ仲直りさ。好きだからけんかして、また仲よしになるんだ」
ぼく「ふうん…本当に仲がいいんだね」
かれ「子どもはいきているからね。好きなのも嫌いなのも正直なんだ」

 

舞台右手からさみしいゴリラ登場。

ぼく「ここ、どこ…?」
かれ「動物園だよ。夜の動物園、お客はいないね。そっと入ってみようか」
ぼく「せまいね、ここ。暗いし、なんだかいやだな…」
かれ「檻だからさ。外に出られるよう、閉じ込める場所だからだよ」
ぼく「だれかいるよ…?」
かれ「ここはゴリラの檻だよ。南国から捕らえられたゴリラがひとりぼっち、住んでいるのさ。話しかけていいよ」

ちがうかっこうをしたもの、舞台左手から退場。

ぼく「やあ、きみ…」
きみ「おう、おれ、話しかけられた! 久しぶりだよ! だれだい、あんた、おれに話しかけてくれたあんたは?」
ぼく「ぼくは、ぼくさ…。まだうまれていないんだ、だから、ぼくだよ。きみは、ゴリラなんだって…?」
きみ「そうか、まだうまれていないのかい、あんたは。まあいい、ようこそ、あんた。おれはずいぶん久方振りなんだよ話しかけられるのが。お喋り、久しぶりさ。ずっとひとりぼっちだったんだ」
ぼく「ぼく、いきることをしりたくて、ここにきたの…」
きみ「さみしかったよ、ずいぶん、さみしかった。遠くから、檻の外から、かわいらしい坊ちゃん達が、おれ、見にきたよ。手を振ってくれたよ。だけどおれ、さみしかった。遠くだからね、檻ごしだからね、近くじゃないんだよ。声はかけるけれど、話しかけてはくれないんだ。だからおれ、お喋り久しぶりさ。やっほう! おれ、あんたと話しているよ。ずいぶん懐かしいや。こういう感じ、いいね。嬉しくて、おれ、じっとしていられないや!」

さみしいゴリラ、こどものすがたをしたものの周りを踊り回る。

ぼく「なんだか、ずいぶん話を聞かない奴だなあ。ねえ、ちょっと聞いてよ。ぼく、いきることをしりたいんだよ。ねえ」
きみ「あんたがいてくれた、話しかけてくれた、やっほう! おれはもう、ひとりじゃないよ、ひとりじゃないんだ…」
ぼく「なんだよこいつ、ぼくのいうこと、全然聞かないや。なんだか、めんどうな奴だなあ…」
きみ「おれ、すごく嬉しいんだよ。だから落ち着きがないんだ。ああ、あんたを抱きしめてキスしたいなあ! けれど無理だね、おれの腕、強くて、小さなあんたを握りつぶしちゃうよ。キスしたら顔ごと飲んでしまいそうだ。だからおれは踊っているんだ。あんたを壊さないようにね」
ぼく「ふうん、それはありがとう。でもね、ぼくお話したいんだ…」
きみ「お話、いいよ! さあ、なにを話そうか。おれの国のことかい? おれをうんだ母ちゃんのこと? けんか相手の兄弟? それとも、おれが捕らえられた日のことかい?」
ぼく「ちがうよ、あのね、きみ、しあわせかい?」
きみ「しあわせだよ、あんたがいるから!」
ぼく「こんな檻に閉じ込められて、ひとりぼっちなのに、しあわせなの…?」
きみ「そうだよ、おれ、ひとりぼっちだったけれど、もうあんたがいるからね、違うよ、ひとりぼっちなの、違うよ」
ぼく「ぼくいつまでもここにいられないよ…。そうしたら、きみ、ひとりぼっちに逆戻りさ。それでも、しあわせかい?」
きみ「そうかい、あんた、いっちまうのかい…。それでも、おれ、しあわせだよ…」
ぼく「なんで?」
きみ「あんたがいった後でも、おれ、あんたのこと思い出すよ。きっと忘れないよ。あんたがきてくれた今日の日を、いつまでも思い返すんだ。そうすれば、おれ、しあわせさ。喜びが甦ってくるよ。とってもいいものが、その度に繰り返されるんだ。たった一日会っただけでも、いつまでも思い出せる思い出になるんだよ。けれど、さびしいね。切ないね、好きなあんたがいてくれないのは…。でも、それでもいいんだよ。会うっていうのは、好きになるっていうのは、そういうことだから」
ぼく「きみはずいぶんさみしかったんだね。ちょっと会ったぼくをそんなにも好きになっちまったなんて」
きみ「そうさ、さみしさのぶんだけ、好きになれるのさ。だからおれは好きになる天才なんだ…」
ぼく「きみ、本当にしあわせかい…? 本当はずっと、きみのうまれた国で、仲間達といたかったんじゃないの」
きみ「そうだね、そうじゃないというのは嘘になる。でもな、おれ、あんたに会えたぜ。苦しいこと、つらいこと、いっぱいあって、あんたに会えた。苦しいことはいやだね、つらいことだって。なければよかったって思うね。けれどね、それがなかったら、あんたに会えなかったよ。なくしちまいたい過去があって、変えたいことがいっぱいあって、あんたと会えたおれがいる。おれはこんな檻で、閉じ込められなかったおれでいたかったよ。でもそれだったらあんたに会えなかったさ。そういう苦しみがあって、あんたを好きなおれがいて、だから、おれは全ていいといえるんだ。今みたいなおれでも、しあわせだって、いうことができるんだよ。まるっきりこっけいかもしれないけどね、でも、そうさ。おれ、あんたが好きさ。だからしあわせさ。あんたがいなくなってもおれは、まぬけにあんたを好きなままでいて、さみしさのなかに、しあわせを隠しておくよ…」
ぼく「ぼく、そんなにきみに好きになってもらって、よかったな…。きみがぼくと会えてしあわせだっていってくれて、よかったや…」
きみ「あんた、しあわせについてきいてきたね。しあわせってのはかくれんぼだ。いろんなところにかくれやすいのさ。つらさのなか、苦しさのなか、かなしさのなか、どこにだって潜んでいる。それぞれでいるときもあれば、いっしょにいるときもある。それら全部さ、しあわせって…。ただ、あんまり名前を呼んじゃいけない。恥かしがり屋だからね、逃げてしまうよ。あんまり探したら、いなくなってしまうよ」
ぼく「そうなの…? ぼく、しあわせって探すものだと思っていたよ」
きみ「探したら、逃げてしまうよ。探さなかったらいつのまにかいるさ。そっとあんたのかわいいほっぺに、キスしているからね。見付けなさんな、追ってはいけないよ、かくれんぼしているかわいいいきものを、そっと感じていればいい。遠くであんたのことを想っている、檻の中のさみしいいきものと一緒にね…」
ぼく「きみはさみしくても、しあわせだっていえるんだね。強いね…」
きみ「強さはあんたがくれるんだ。好きにさせてくれたからね。だからおれは、かなしみも苦しみものりこえることができる…」
ぼく「ぼく、そろそろいかなきゃ…」
きみ「そうかい、さよならだね、きっとずっとさよならだ…」
ぼく「また会えたらいいね」
きみ「そうだね、きっと会えないけれど、会いたいと思うよ。会えないことをしっていても、会いたいって思っちゃうんだ、おれって。だってあんたのこと好きだからさ。このことにかんしては、おれってまるっきりまぬけになっちまうんだ…」
ぼく「さよなら、おじさんが呼んでいる、ぼくいかなくちゃ…。さよなら、きみ」
きみ「さよなら、かわいいおまえ。いきることは、つらくて、つらくて、だから嬉しさはきらきらさ。あんたがいなくなって、きっとおれは泣くよ。だけどそれだって、きらきらひかるんだ。しあわせが隠れているからね…」

こどものすがたをしたもの、舞台左手から退場。
さみしいゴリラ、こどものすがたをしたものの方を見詰めたまま。
幕。

 

 

■第四幕

幕。
舞台中央にベビーベッド。それをのぞき込む男女ふたり。
こどものすがたをしたものとちがうかっこうをしたもの、舞台左手から登場。

かれ「どうだった? いきているものと話しをして」
ぼく「うん…、とても優しいゴリラだったよ。でも、さみしそうだったよ…。ぼくと会えてよかったっていってた…」
かれ「そうかい、それはよかったね」
ぼく「しあわせって探しちゃいけないっていってた。きっとどこにでも隠れているから、って」
かれ「そんなものかもしれないね、あえて口にするのなら」
ぼく「捕らえられたさみしいゴリラにも、しあわせってあるんだね…」
かれ「そうだね、いきているものには、しあわせはつきまとうんだ。そんなもの無いんだって、がっかりした人の肩にもね。いきている限りは、きっとそうさ…」
ぼく「ところで、ここ、どこ? あの人たち、だれ?」
かれ「あの人たちはお前の親になる人だよ。そしてベッドに寝ているのが、お前さ」
ぼく「へえ! ぼくがいるの? 見たい、見たいや…」
かれ「お前がうまれたら、あの赤ん坊になるんだよ」
ぼく「なんだか、変なの…。ぼくってこんなのになるんだ、変な赤ちゃんだね」
かれ「うまれたばっかりだからね、落ちついていないのさ。うまれたことに落ちつけば、赤ん坊らしくなってくるよ」
ぼく「うん、今は赤ん坊よりも、サルみたいだ」
かれ「かわいい、ひ弱な、いきものさ…」
ぼく「泣いているよ、こいつ! なんでかな。なにか悲しいことあったの?」
かれ「違うよ。赤ん坊ってのは、なんにでも泣くんだ。泣くことしかまだできないから、泣いているんだ」
ぼく「へえ、変なの、なんだか変…」
かれ「これがうまれたお前だよ。そして、こっちが親さ」
ぼく「これがぼくの親か…。なんだ、もっとかっこいいのがよかったな。もっときれいなのがよかったのに」
かれ「でもたくさんお前を愛してくれるよ。すごくいい顔でお前を見ている」
ぼく「うん、そうだね…。ぼくのこと、愛してくれているね」
かれ「うまれなきゃ、こんなに愛されないよ。うまれれば、こんなに愛されるさ。とても、とっても、さ…」
ぼく「うん…」

男女ふたり、ベビーベッドと共に退場。

かれ「どうだい、うまれてみるかい?」
ぼく「…」
かれ「死はこわいかい?」
ぼく「うん、死はこわいや…」
かれ「いきることはつらさかい?」
ぼく「うん、つらさ、いっぱいあるね…。つらさからは逃れそうにないや…」
かれ「しあわせになれそうかい?」
ぼく「わかんないや…。しあわせって、探しちゃいけないなら、まっているしかないのかなあ。だったらそう簡単になれそうにないや…」
かれ「なら、いきるの、やめる?」
ぼく「…」
かれ「どうする?」
ぼく「あのね、ぼく…」
かれ「どうした?」
ぼく「ちょっと、いきてみたいなって、思ったよ…」
かれ「本当かい?」
ぼく「いきてみてもいいかなって、うん、思った…いきてみたいや…」
かれ「いきたら死ぬんだよ?」
ぼく「うん、それでも、いいや。こわいけれど、たいせつなのがあるからね」
かれ「つらさからは逃れられないのだろう?」
ぼく「でもさ、つらさがあれば、喜びがあるって…。ゴリラがいっていたよ、しあわせはどこにでもかくれんぼしているって。だったらつらさだっていいよ」
かれ「しあわせになれるのかい?」
ぼく「しあわせってなるんじゃなくて、『ある』んだ…。だからぼく、もうそんなこと考えないよ。考えたとたん、逃げ出していく、恥かしがり屋だからね。考えなきゃ、ぼくのそばだよ」
かれ「それじゃあうまれるんだね?」
ぼく「うん、うまれるよ、ぼく…」
かれ「たくさんのつらさがやってくるよ、きっと」
ぼく「そしたらね、ゴリラみたいに嬉しさを見つけ出すよ。どんなつらさものりこえられる、きらきらの喜びを見付けるよ。だったらいいや。こわいけれど、きっといきるよ…」
かれ「そうかい、ならばおいで。おまえをうまれさせてあげよう、おいで…」
ぼく「うん…」

一旦幕が降り、すぐに上がる。
中央にこどものかたちをしたものとちがうかっこうをしたもの。

ぼく「…あのね」
かれ「どうしたんだい」
ぼく「あのね、ぼく、うまれるよ。でもね…。おじさん、物知りかい?」
かれ「うん?」
ぼく「教えて欲しいんだ」
かれ「なにをだい」
ぼく「ぼく、しっているんだ…。あのゴリラ、本当はさみしいっての」
かれ「…」
ぼく「ぼくに会えたからしあわせっていってけど、本当はさみしがっていたよ。あのゴリラ、きっとずっと檻のなかだね。死ぬまでだよ、きっと…。子どもは一週間しかいきられなかったね。つらさしか見ていなかった人いたね」
かれ「ああ」
ぼく「みんな何のためにいきてるのかな…」
かれ「…」
ぼく「すごいつらさがいっぱいあったね。そんな苦しいのばかりで、何のためなのかな…」
かれ「いきるのに意味なんてないよ。意味があるいきかたなんて、いきかたじゃないのさ。みんなただいきているんだ。そしてしあわせがあって、つらさがあって、それだけなんだ」
ぼく「そうなの…?」
かれ「そうさ。何のため、とかいうのじゃなくて、ただ、ただ、なんだ。ただ、ただ、みんないきてる。本当はそれだけでいいのさ。それだけで満足できない、意味を探しがちのふこうものたちが、つらさをふりまいている。そんなこまったところさ、ここは…」
ぼく「ぼく、なにかのためにいきるって思ってたよ…」
かれ「お前、そんなものだったら大変だよ。そうしたらお前はそのためだけにしかいきられないよ。そんなもの、目的が達されたら、いきられなくなるじゃないか。いきるのに意味なんてないからいきることができるんだよ」
ぼく「難しいな、おじさんのいっていることわからないや…」
かれ「わからなくていいさ、お前はまだいきていないんだから。いきたらわかることだよ。いきることに意味なんてなくて、だからこそ素晴らしいってことにね」
ぼく「あのゴリラもそうなの…?」
かれ「そうさ。だってゴリラはいってたのだろう、しあわせだって。檻の中のゴリラにだってしあわせを感じる力はある。いきることにどんな意味もないからこそ、いきることは、きらきらひかり続けるんだ」
ぼく「死んだ子どももそうだったの…?」
かれ「きっとそうさ。いきていた一週間、素晴らしくきらきらだったんだ。きっと、きっとね…」
ぼく「ぼく、わからないや…。でも、なんだかわかりたいな…」
かれ「わかるよ、きっと。お前がうまれればわかることさ。一旦忘れてから、もう一度わかるだろう。忘れないとわからないかもね。はじめからもっているものに気付くには難しいから、一旦忘れて、それからわかればいい。そうすればすごくきらきらさ。つらさも悲しさも、しあわせと同様にきらきらかがやくものなんだよ…」
ぼく「わかりたいな、ぼく、それ…」
かれ「もうすぐわかるさ、お前にも。うまれるからね。さあ、いこうか」
ぼく「みんなきらきらなのか…。どんな光なんだろう?」

 

一旦幕。すぐ開幕。
第一幕と同じ舞台。
中央で向き合うこどものかたちをしたものとちがうかっこうをしたもの。

かれ「それじゃあ、おいき」
ぼく「うん…」
かれ「どうした、うまれるんだろう? 脅えてしまったかい?」
ぼく「違うよ、あのね…」
かれ「どうした、はっきりおいい。また元の弱虫かい? いやだって泣くのかい?」
ぼく「そんなんじゃないや…。あのね、ぼく、しっているんだ…」
かれ「なにを?」
ぼく「おじさん、昔、いきたことがあるって…。しっているんだ…」
かれ「…」
ぼく「おじさん、いきていて、しあわせだった? よかった…?」
かれ「…」
ぼく「死ぬの、こわかった? つらさって、いやだった? いきるの、どうだった?」
かれ「…その質問に答えるのは難しいね。難しいさ…」
ぼく「もう一度、いきたい…?」
かれ「…。
    …ああ。いきたい、いきたいな…」
ぼく「そっか…。おじさんもうまれられればよかったね」
かれ「…そうだね」
ぼく「じゃあね、ぼく、うまれるよ。いきるよ」
かれ「ああ、いっといで。たくさん愛されるんだよ。たくさんを愛しておいで」
ぼく「うん。ぼく、好きなのいっぱいみつけるんだ。つらいのに打ち勝つために」
かれ「そうだね、そうすればよかったんだね、私も…」
ぼく「じゃあねおじさん。ぼく、いくよ」
かれ「できれば、長く、いきておいでね…」

こどものかっこうをしたもの、舞台左手へ退場。

かれ「たくさん愛されな、かわいいお前。焦っても、焦らなくてもいいから、ちゃんといきるんだよ。つらさに負けないように、苦しいのに耐えられるように、たいせつなものを見付けておいで。しあわせばっかりを考えちゃいけないよ。考えたら、ちゃんと忘れないと。そうするのがコツさ。ただいきるためにいきれるよう、ここから祈っているよ…。いい子だね、本当に。ずっといい子でいきなさい、喜びも悲しみも怖れない、愛しいお前さ…」

ちがうかっこうをしたもの、舞台右手へ退場。
幕。

 

終幕。

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