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ひとり出版社を始めるまで

クオル出版 前田 和彦

はじめまして、クオル出版の前田です。福井県福井市でひとり出版社をやっております。まだ1冊の書籍しか出していない状況で、この版元日誌を書いていいものか迷いました。しかし、お声がけいただいて嬉しかったのと、これまでの自分の歩みを整理できる良い機会だと思い、思い切って書いてみました。

私は大学卒業後に、主に飲食店向けの専門書を発行する東京の出版社に入社しました。正直、入社するまで飲食店や料理についての知識はほぼ無く、時に取材店のオーナーやシェフに「そんなことも知らないのか!」とお叱りを受けながらなんとか雑誌編集をこなしていました。

また、取材をお願いした飲食店のオーナーやシェフから「若い頃におたくの本を読んで勉強した」と言われたり、レシピを全公開してくれた理由を聞いて「自分が積み上げてきたものを、次の世代につなげたいから」との言葉を聞いた時は、身が引き締まる思いでした。

雑誌やムックと並行して書籍の編集にも携わるようになり、雑誌では飲食業界の最新事情を追いかけ、書籍ではワンテーマを掘り下げるという異なる経験を味わうことができ、とても充実感を感じていました。

同時に複数の企画を進めていると1年があっという間で、気が付けば50代に突入。このまま今の出版社で仕事を続けたいと思っていた2021年に事態が急変します。不動産業を一人で営んでいた父が病に倒れ、急ぎ福井の実家にかけつけました。父の代わりに取引先の金融機関に出向くと、決して少なくない額の借入金と塩漬けになった物件の存在が判明。驚愕すると同時に、年老いてなお孤軍奮闘していた父の手助けをしてこなかった自分を恥じました。

27年間お世話になった出版社の退職を決め、妻と共に実家に戻り、父の仲間の協力も得ながらなんとか1年がかりで精算することができました。不動産の事務所を閉じて間もなく父が亡くなり、コロナ禍ということもあって家族葬にしましたが、口づてで知った100名近くの方が通夜に来てくださいました。その方々とお話しをする中で、利益よりも人との信頼関係を大切にした父の生き方が垣間見え、最後の1年を一緒に過ごせてよかったと心が軽くなりました。

父の事務所から持ってきたFAXを自宅の2階に備え、2022年の夏にクオル出版を創業。英語の語源について書かれた本を読んで、カルチャーをさかのぼると、「良き車輪」という意味で使われたと推定されるクオルという古い言葉があることを知りました。出版活動を通して、社会を豊かに耕し、文化に貢献したいとの思いからクオル出版と名付けた次第です。

不安だらけのスタートでしたが、JRC様、シナノ印刷様などに快くご協力をいただき、ほぼ2年がかりで1冊目の本「インスピリッツテニスクラブ成功物語 毎日テニスだけやってたら、年商2億の会社になりました。」を2024年1月に出版しました。旧知のデザイナーさんは「たとえ報酬なしでも協力します」とまで言ってくれて、涙が出そうになりました。

1冊目の著者の増田吉彦さんは、まさに良き車輪のような方です。誰にも使われなくなった古いテニスコートをDIYで改修し、毎日大会を開催し続けることで、大勢の人たちが集まる場所に再生させました。約20年にわたる増田さんの挑戦の軌跡を少しでも多くの方に知ってもらうため、全国の書店様に営業中です。

クオル出版は法人ですが役員報酬はゼロのため、前職でお世話になった出版社や地元の新聞社からの請負で食い扶持を稼ぎながら、2冊目、3冊目の編集作業をコツコツと進めています。人生で大切なことを教えてくれた飲食店に恩返しができる1冊を生み出すことが当面の目標です。

なんだか版元日誌というより自分史のような内容になってしまいましたが、ひとり出版社であるクオル出版は自分自身と一心同体です。尊敬するカフェの経営者が言っていた「個人の資質以上のものは作れない」との言葉が、心にズシンと響きます。

最後になりましたが、仲間に入れてくださった版元ドットコム様、会員版元のみなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

クオル出版の本の一覧

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