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人文書の電子書籍の売れ方

青弓社 矢野 未知生

■当社の電子書籍事業について

当社は人文や芸術の学術書を中心に、読み物や評論も織り交ぜながら刊行しています。今年の3月から、すべての新刊の電子書籍化を始めて、紙の書籍刊行の1カ月後を目安に電子版を発売しています。新刊に加え、売れ行きがいい既刊や大学の授業で教科書として指定してある既刊も電子書籍化を順次進めています。

当社は、2012年に実施された「経済産業省コンテンツ緊急電子化事業」に参加して、当時品切れ・増刷未定だった書籍を中心に639点を電子書籍化しました。ただ、編集部の業務量との兼ね合いから、それ以降の新刊・既刊の電子書籍化はあまりできていませんでした。

コロナ禍で電子図書館の需要が伸びたこともあり、2020年の年末に営業部から電子書籍化を進めようという声が上がりました。営業部が中心になって電子書籍の制作や進行の管理をすることで、新刊の計画的な電子書籍化を実現できました。

ここでは、電子書籍の制作・販売を計画的に進めてみた結果をいくつかまとめます。

■新刊・既刊を計画的に電子化する

まず、2021年3月から9月までに電子書籍化した新刊と既刊の点数です。

新刊:18点
既刊:16点

当社は月3点から4点の新刊を刊行しています。これら新刊はすべて電子化しています。既刊は、予算の都合もあって月に3点前後を目安に電子化しています。新刊の制作は、版元ドットコムが紹介しているサービス「MBJあるいはボイジャーでの電子書籍制作・販売」を活用し、既刊の制作は、別の電子書籍制作会社に発注しています。このサービスの仕組みとMBJの協力のおかげで、制作から販売に至るフローは、この半年でおおむね確立できたかなと感じています。

次に売り上げについてです。期間は2021年3月から8月まで、対象は上記34点の各電子書店での売り上げ合計です。売り上げ合計を100とすると、割合は以下のようになります。

新刊:71%
既刊:29%

やはり新刊の売り上げが大きく、既刊は伸びにくいのが実情です。電子書籍化は、新刊から進めたほうが制作費を回収して利益を上げる確率が高くなる、ということは言えそうです。

では、実際に「上記34点の新刊・既刊の制作費を回収できているかどうか」ですが、売れ行き好調な新刊のおかげもあって、「34点の売り上げの合計-34点の制作費の合計=プラス(黒字)」になっています。

書籍ごとの売り上げを見ると、書籍の内容と電子書籍を購入する読者層との相性がはっきりとあることがわかりました。例えば、『ハーバード式Zoom授業入門』や『多様性との対話』などの新刊は、テーマや内容から多くの読者に読んでもらっています。一方で、電子版の売り上げが制作費をすぐにはまかなえていない(=半年から1年かけて回収するだろう)書籍もあります。

ハーバード式Zoom授業入門

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多様性との対話

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次に、「上記34点がどこの電子書店で売れているか」です。「Kindleストア」で80%、それ以外の「honto/楽天Kobo/DMMブックス/Kinoppy/Apple Booksなど」で20%という結果です。Kindleの割合が多いのですが、それ以外の20%をどう捉えるか、これから検証が必要です。

ちなみに電子図書館への販売は、電子書店で発売し始めてから図書館への宣伝・周知が始まるので、傾向はまだつかめていません。ただ、大学や大学図書館から、「授業の参考文献になっているので電子化してほしい」という依頼が届くようにもなりました。コロナ禍で大学ではオンラインで、あるいはオンラインと対面のハイブリッドで授業をおこなっているため、このような依頼はしばらく続くと予想しています。

■制作・販売を進めてみて

この半年間で、人文書や専門書の電子書籍を購入する読者がいることを、体感的にも数字のうえでもあらためて知ることができました。また、当たり前なのかもしれませんが、紙の書籍の売れ行きが好調なら電子書籍も多く読んでもらえていて、相乗効果があることもわかりました。

専門書は紙で刊行すると少部数でかつ増刷が難しく、品切れ・増刷未定になりやすいため、電子書籍化を継続的に進めて読者の選択肢やアクセスを確保していきたいと考えています。

一方で、当社の場合、電子書籍を制作するためには紙の書籍をコンスタントに刊行して販売することが前提になります。両者のバランスをうまく取っていくことが大切だと考えています。

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