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作りつつ考え、考えつつ売り、売りながら作る日々

英明企画編集 松下 貴弘

“みなさま初めまして。2015年10月に京都で創業しました英明企画編集(エイメイキカクヘンシュウ)と申します。いわゆる独立系、めくるめく弱小零細の「ひとり出版社」兼編集プロダクションです。
創業以来……中略……人文・社会科学系と称されるジャンルの本を計6点刊行してきました(2020年8月時点でこの数なので、かなり少ないです……)”という文章で始まるムダに長い拙文を版元日誌として書いて公開されたのが2020年9月2日。あれから3年あまりが経過して、2023年10月で会社としては9期目に入り、刊行点数は季刊雑誌を含めて21点になりました。最新の刊行書籍は『クジラのまち 太地を語る――移民、ゴンドウ、南氷洋』(赤嶺淳編著)です。

小社の本は、1 取次さん経由、2 トランスビューさん経由、3 小社との直取引などの方法で、注文出荷制で書店さんに仕入れていただき、読者のみなさんのもとに届くように営業努力をしています(書店さんに足を運ぶことはほとんどできておらず、ファクスを送るとかDMを送るぐらいですが)。

■読者と出会う/読者を獲得する直売イベント
上記の方法以外に、読者のみなさんに本を届け、拡げていくために、本の直売イベントにも積極的に出店するようにしています。2023年には、「GIVE ME BOOKS!!」(奈良)、こもれび書店さんの「めばえ市」(京都)、「文学フリマ東京36」、「文学フリマ大阪11」、「下鴨中通ブックフェア」(京都)、「きのもと秋のほんまつり」(滋賀)、「神保町ブックフェスティバル」、「文学フリマ東京37」などなど、都合がつく限り参加して、本を販売してきました。

自ら本を販売するのは楽しいです。その場で本が売れるということは、思いを込めて、手塩にかけた商品が目の前で評価されて、お客さんがお金を払ってでも引き取りたいと思ってくださったということですから、自分がした仕事を褒めていただいていると捉えていいわけです(あくまでもその時点での話で、読んだあと評価が変わるかもしれませんが)。ふだんは目にすることがほとんどない、小社の本の読者の存在を肌で感じられる、もしくは読者を獲得できる貴重な機会です(ちなみに、書店で小社の本が購入される現場に遭遇できたことはまだありません。いつか見てみたい……)。

直売イベントで何よりうれしいのは、けっしてベストセラーにはなっていない小社の本でも、本の内容やねらい、作った経緯について説明しておすすめすると、けっこう売れることです。『ぼくのがっかりした話』(セルジョ・トーファノ著/橋本勝雄訳)

などは、「100年前に描かれたイタリアの少年少女向けのお話で、お伽噺の世界に冒険に行った主人公の少年が行く先々でがっかりする話なんです」、「イラストも著者が描いていて……」、「カバーをはずすと……」などとお話しするうちに興味を持っていただき、お買い上げいただけることが多々あります。でも書店ではイマイチ動いていないということは、本の魅力が書店に届いていない、情報が充実させられていない、情報がきちんと伝わっていないということかもしれません。本の直売イベントは、そんな気づき・学びも得られる、総じて楽しいひとときです。

■直売ゆえの昂揚と落胆、後悔と歓喜
楽しい時間は、イベントに向けて出品する本を選んでいるときから始まっています。「あの地域、あのイベントなら、こんな本が売れるのではないか」、「もしかしたら、ふだんは動かないあの本が売れるかも……」などと期待(というか妄想もしくは希望的観測)がふくらみます。しかし、そうして持っていったふだん動かない本はいつもどおり動かず売れ残り、一方で売れ筋の本が品切れになり、そのタイミングでその本が欲しかったというお客さんが現れます。「やっぱり実績のあるあの本を持ってきていたら今頃は……」などと後悔することはしょっちゅうです。

ほかにも販売中には、さまざまに感情を揺さぶられます。ブースを一瞥して何も手に取ることがなく立ち去るお客さんが続くと、「まったく箸にも棒にもかからないのか……」などと落ち込んで、会社としての存在も人としての存在も全否定されたような気にすらなります。また、いったんは手に取っていただくのに、パラパラと見てすぐに戻されることの多い書籍については、「タイトルや装丁はそれなりだと思ってもらったのに、本文組みやレイアウトが悪かったということだろうか……」とか「持ってみたら意外に重いのがいかんのだろうか。もしかしたら手触りが……」などと、気が付けば眉間に皺を寄せてグルグル考えていることがよくあります。

そして本文を4色/1色で刷った書籍は、お客さんが手に取って内容を確認しようとパラパラと開くときには、なぜか1色のページばかり出てきます。図版や写真をたくさん盛り込んだつもりの本も、お客さんが開くときには文字のみのページしか出てきません。「何かの呪いか、もしや前世で何かしでかしたのだろうか」などとグジグジ考えているそのときに、ブースに立ち止まる方が現れて、内容の説明をしたらまとめ買いしてくださって、一気に多幸感に包まれる。しかしまた売れない時間が続いて──という気分の乱高下を繰り返します。

そんな感情のジェットコースター状態に翻弄されつつも、一日が終わったときにそれなりの売上があればすべての苦労が吹き飛んで、「よし、次回も参加しよう。他の直売イベントも探して参加せねば」と興奮気味に口走るようになります。でも、落ち着いて考えると、出品する本の選書などの準備作業、出品する本の送料(返送料)、イベント出店料、自身が会場まで行く運賃(時には宿泊費も)、そして売れ残った本の整理作業など、付随する作業および経費がさまざまにあります。すべてを合算して収支を見ないと痛い目に遭いますが、幸いにしてこれまでのイベントでは、わずかとはいえプラスで終わっています。

■売らないと作れないし、作らないと売れない
 そんな苦しくも楽しい直売イベントですが、ひとり出版社として、販売中に気がかりなことが一つあります。それは、出店して店番をしているあいだは、編集・制作が滞ってしまうということです。とくに小社は編集・組版・装丁、さらにはできあがった本の発送まで、誰かにお願いすることなく自前でしているため、私が本を売るとか別の作業をしているあいだは、制作が完全に止まります。学会での出店ですと空き時間がけっこうあって、ゲラをチェックできる場合もありますが、本の直売イベントでは、そうした時間はほとんどなく、作業をするのは難しいことが多いです。ですから、著者からの原稿を待っているとか、改稿してもらっているとか、ゲラを送って校正してもらっているとか、印刷工程に進んでいるとかいう状況でない限り、私が本を売っているあいだは、本の制作は何も進んでいないことになります。

「そもそも、組版やら装丁やら、なぜすべてを一人で抱え込むのか。友だちや信頼できる仲間がおらんのか。おまえの性格に難があるのではないか」という疑義をもたれるかもしれません。たしかに友人は多くないし性格には多々難があるかもしれませんが、これはたまたまです。まず経営状況から考えて、社員を増やすことなど、とてもできそうにありません。そして創業したときに互いを尊重しあえる業務提携先にうまくめぐりあえなかったので、仕方なしにできることは自分でしていて、そのまま現在に至っています。

そんな事情で本の制作に関わる作業はいつでも山積していて、「いつ本ができるのか」とお待たせている著者もいるし、「イベントなどに行っている場合じゃないだろう、本の制作を進めろ」といささかお怒りの編者もいるし、「次号はいつ出るんですか。秋号が12月に出るなんておかしいですよ。もう冬じゃないですか」などと電話をくださる読者の方もおられます。直売イベントでお客さんが途切れて生まれたふとした瞬間にそうしたことが思い浮かぶと、申しわけない気持ちになります。

とはいえ、これまでに作った本は、そのまま在庫として抱えていてもどうにもなりません。そもそも本とは、なんらかの思いや情報を人に伝えるために作るものですから、読者に届かないうちはその真価を発揮できません。ですから読者に届けるために卸したり売ったりすると同時に、そのことを通じて制作にかかった経費を回収し、次の本を作るための資金を獲得する必要があります。そうしないと私も暮らしていけませんし、お待たせしているみなさんのために新しい本を作ることもできません。そしてひとり出版社である小社では、編集も制作も営業も販売もすべて分業できないので、作ることと売ることを、できる範囲で自分ですることになります。

■当たり前のことを、明日からも
民族学者・比較文明学者の梅棹忠夫氏が、「あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている」(「福山誠之館」『日本探検』所収、1960年)という言葉を残しています。これをもじれば、「本を作りながら考え、考えながら本を売り、本を売りながら本を作る」のが、いちばんよい出版の方法ではないか──などと考えたところで、世の中の出版社はみな、組織としてさまざまな工夫をこらして収益を上げて、そのルーティンを安定的に回しているのだろうと思い至りました。小社の場合はマンパワーが脆弱かつポンコツなので「売りながら作る」の部分で関係者のみなさまにご迷惑をおかけしているのですが、長いスパンで考えれば、やはり「売りながら作っている」と言えなくもないと思います。

「本を作りながら考え、考えながら本を売る」にしても、「たくさん売れること」だけを考えて本を作ることは、したくありません。とくに、たくさん売れるからといって、疑似科学を広めるような本、差別を助長するような本、誰かを傷つけるような本を平気で作っている人たちのことは心底軽蔑していますし、いますぐやめていただきたい。ごく当たり前のことですが、「売れるかどうか」の前に、「こんなおもしろい話はみんなに伝えたい、埋もれさせてはいけない」とか「社会や暮らしをよりよくするために、これこそ世に問うべきだ」、「この学術成果は市中に広めるべきだ」などと自分が感じたものを、読者のみなさんに手に取ってもらいやすい本のかたちに仕上げる。そしてそれを卸したり売ったりしてきちんと読者のもとにまで届けることで利益を上げ、その資金で新たな本を作る。こうした仕事こそが出版社の本来のかたちであり、あるべき姿なのだろうと、しごく当たり前のことを思う今日この頃です(当たり前すぎて、他の版元さんからは、いまさらあらためて言うことかと言われそうですが)。

ですから小社は明日以降も、本を作りながら考え、考えながら本を売り、売りながら本を作る日々を、細々ながら続けていこうと思っています。できる限り都合をつけてどこへでも出かけてゆきますので、本の直売イベントがありましたら、ぜひお声がけください。

英明企画編集の本の一覧


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