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おかやまは文学のまちになる

吉備人出版 山川隆之

ユネスコ創造都市ネットワークへの加盟認定

2023年10月31日、文部科学省からユネスコ創造都市ネットワークの認証結果の発表があり、岡山市の申請が認められ、加盟が決定した。
岡山市は、2022年3月に市民から提出された「『文学による心豊かなまちづくり』の更なる推進に向けた提言書」の内容を実現するため、新たに産学官が一体となった組織「文学創造都市岡山推進会議」を設立し、文学を軸とした創造都市づくり事業を推進することになった。筆者は提言書の提出に賛同するひとりとしてかかわったことから、推進会議の一員としてこの活動に取り組んでいる。

そうした活動の目標のひとつに、ユネスコ創造都市ネットワークへの加盟があった。その後、5月の国内審査を経て、6月はじめにはユネスコに加盟申請を行い、その審査結果が2022年10月末に発表されたというわけである。
加盟が認められたといってもピンと来ないが、それでも結果が伝えられるまで、まるで高校入試の合格発表を待つような気分で、翌朝知人のSNSで無事認証と知って正直ほっとした。

ユネスコ創造都市ネットワークとはなにか

では、ユネスコ創造都市ネットワークとはなにか。実は、この文学によるまちづくりの取り組みに関係するまで、ぼく自身も知らなかった。調べてみたところ、次のような解説があった。
創造都市ネットワーク(Creative Cities Network)は、チャールズ・ランドリーが1995年に発表した「Creative city」を、2004年にユネスコが採用したプロジェクトのひとつ。文学・映画・音楽・工芸(クラフトとフォークアート)・デザイン・メディアアート・食文化(ガストロノミー)の創造産業7分野から、世界でも特色ある都市を認定するもの。「グローバル化の進展により固有文化の消失が危惧される中で、文化の多様性を保持するとともに、世界各地の文化産業が潜在的に有している可能性を、都市間の戦略的連携により最大限に発揮させるための枠組みが必要」との考えに基づいている。
発達した現代の都市の近代化は、製造業から金融・不動産など産業に移行し、創造産業の衰退が懸念されるようになった。こうした流れに対抗するために、伝統産業をいかした脱大量生産を模索したまちを「創造都市」と呼び、これに情報化社会の考え方と創造産業を加えることで、創造産業による都市再生を目指そうということが根底にある。簡単にいえば、創造性豊かなものづくりを大切にし、そのための小規模産業を守り、育成し、持続可能な産業としていこうというものだ。
創造産業を守り発展させ、産業として地域社会のなかで根付かせよう。それが市民生活にとっての豊かさをもたらす。こうした視点に立ってまちづくりをということなのだ。
その理念、目指すところを知り、「なんかいいな。生きていくために30年近く地域で本づくりをしてきたことが少しは役に立てるかも知れない」――そんな思いが、この取り組みに深くかかわっていくことになる原点にある。

文学分野では国内初めて

日本国内ではこれまで、文学分野を除く6分野で10都市が認定されている。「映画」の分野で加盟認定された山形市(2017年)、「クラフト・工芸」の分野で加盟認定された石川県金沢市、食文化の分野の静岡県鶴岡市は「食文化創造都市」(2014年)などがある。ただ、「文学」分野での加盟認定は、日本国内では岡山が初めてとなる。日本で初めてというものちょっとうれしい。文学分野では、岡山市を含めて55都市となり、ユネスコ創造都市ネットワーク加盟都市全体では350都市となった。
このネットワークは、創造性を核とした都市間の国際的な連携によって、地域の創造産業の発展を図り、都市の持続可能な開発を目指すもの。各都市は同ネットワークを活用し、知識・経験の交流、人材育成、プログラム協力を行うとしている。
創造都市の理念、目的に照らし合わせて、「文学によるまちづくり」の具体化が図られなければならないのである。創造産業とは何か、国内外の他地域とどのようにつながっていけばいいのか、人材育成とは、どんなプログラムが考えられるのか、そしてどんなまちにしたいのか――私たち自身が考えなければならない。ここから先を行政任せにしておくわけにはいかない。「文学」の創造と「文学」周年の産業の創造、振興、発展をどうつなげていくのか――。たんなるまちのイメージづくりではなく、地域の産業として「文学」を位置づけるという、ある意味壮大なチャレンジである。

岡山市の文学的背景

そもそも、岡山がなぜ「文学のまち」として名乗りを挙げたのか。
「おかやまが文学のまち?」――この疑問符を、多くの岡山の人々がそう思っている。私自身、2022年の3月、「岡山を文学で盛り上げよう」とお誘いを受けたとき、同じ思いだった。
とはいえ、日本を代表する児童文学者の坪田讓治を生み、その名を冠した坪田譲治文学賞も40年以上にわたって継続しており、多くの作家をこの賞から羽ばたいている。また、コアなファンの多い随筆家の内田百閒も岡山市に生まれだ。近年では、小川洋子、重松清、あさのあつこらおかやま出身、おかやまゆかりの作家はたくさんいる。
このほか、岡山市の文学的資産として、岡山市の公立小中学校125校全てに学校図善館が整備され、124校に学校司善が配置されている(日本国内の学校司書の配置率の平均は約67%)ことや、岡山市内にある岡山県立図書館は2021年度の来館者数及び個人貸出冊数は2年連続で全国1位を達成しており、開館した2004年度と2019年度を除き、16回目の全国1位達成などが挙げられている。
さらにもう一点、岡山は「出版のまち」であることを付け加えておきたい。小学館や秋田書店といった出版社の創業者が岡山出身だったということ、地域での出版活動が盛んだったことがその理由だ。「岡山文庫」を生み出した日本文教出版社、ベネッセコーポレーションの前身で『海燕』などの文芸誌なども手がけた福武書店、そして地方紙の出版部門でヒット作を生み出した山陽新聞社出版局などが精力的に出版活動を展開していた。
「岡山文庫」は、1964(昭和39)年に刊行が始まり、現在(2023年7月)までに330タイトルを刊行。現在も年間4冊ほど刊行しいている。文庫サイズでワンテーマ、豊富な写真中心の文庫シリーズは、全国の地方出版物のひとつのモデルでもあった。
山陽新聞社出版局は、80年代から90年代前半にかけて大判のカラー写真集、サンブックスシリーズ、図鑑、ガイド、万能地図、雑誌など、地域出版のフィールドを席巻した。
「岡山文庫」と山陽新聞出版局の存在で、70年代から90年代にかけて、岡山の地域出版は充実した時代だった。書き手にとっては、研究したもの、表現したいものを本にする受け皿が身近にあったということであり、読み手にとっても、東京の出版社から刊行されることが見込めない地域を掘り起こした本が次々と刊行されたのだから。
80年代に入り、岡山の地域出版の歴史のなかで忘れてはならないのが、手帖舎の存在だ。『岡山県俳人百句抄』、『岡山県歌人百首抄』、『岡山県川柳作家百句抄』、『双書現代詩一千行』などのシリーズは、岡山の文学関係出版としては歴史的なマイルストーンとして一時代を画したと評価されてよいだろう。
このように、少なくともぼくのなかでは、岡山が「文学のまち」と名乗りを上げたとしても、さほど無理がある話ではないと思っている。
岡山市の「文学によるまちづくり」事業は、2022年春からに本格的にスタートした。その活動のひとつとして、「おかやま文学フェスティバル」の開催が具体化することになった。国内外にアピールするなら、ブックフェアを岡山でできないかと企画したのだ。

「おかやま文学フェスティバル2023」の成功

おかやま文学フェスティバルは、昨年(2023)2月26日、岡山県立図書館で倉敷市出身の作家・平松洋子さんの記念講演会をオープニングに、3月4日・5日は、岡山市街地中心部の商店街で「おかやま表町ブックストリート」と名付けた一箱古本市が開催した。
3月11日・12日は、フェスティバルのメーンイベントともいえる「おかやま文芸小学校」を開催した。市街地中心部に廃校となった旧内山下小学校を会場に、全国から書店、古書店、出版社、製本会社などがブースを出店。出版社では、東京の夏葉社、大阪から西日本出版、創元社、滋賀・長浜の能美舎、福岡は書肆侃侃房、沖縄ボーダインク、韓国から夜明けの猫など個性豊かな出版社が参加した。
製本のワークショップやアナウンサーによる朗読会、図書館関係者による読み聞かせ、映画上映、出店者によるトークセッションや文学〇×クイズなどプログラムも多彩で、2日間で1000人を超える来場者が訪れた。
 一連の催しを取材した地元紙では「あちこちで文学談義に花が咲き、本を介して人と人が交流。岡山市が目指す『文学による心豊かなまちづくり』の形が垣間見えた」「会場にはオンラインでは味わえない〈リアル〉な喜びにあふれていた」(山陽新聞3月27日付け)と報じていた。参加した出版社や書店、そして来場者からも「楽しかったね」「来年もやりたい」といった声がたくさん返ってきた。県内外の書店主や出版人、著者との交流が生まれ、得たもの、発見したことも多くあった。
 今年(2024)もおかやま文学フェスティバル2024が、この原稿を書いている今オープニングを控えている。2月25日には「おかやまZINEスタジアム」、3月3日は「表町ブックストリート」、そして3月9日・10日には「おかやま文芸小学校2024」を開催する。文芸小学校には、ポット出版や西日本出版など版元ドットコム会員社の出店も予定している。将来的には会員社の多くに参加、出店してもらえるようなフェスティバルにしたいと思っている。

「文学のまちへ」地域出版社が果たす役割

大切なのは、岡山市という私たちのまちが、文化や芸術を創造することを大切にしよう、経済優先で文化芸術を後回しにするまちではなくて、「文化的創造性が豊かであること」に重きを置いたまちという、市民が動き始めること、考え始めることが大切ではないのだろうか。
文化や芸術が地域づくりに役に立つのか、「文化」でメシが食えるのか――ことあるごとに言われてきた。高度経済成長の時代からつい最近まで、経済成長や産業振興が優先されてきた。その結果、日本は、そしてまち(地域社会)はどうなったか。Í
 「文学によるまちづくり」への取り組みは、こうした「病んだ社会」、「消えつつあるまち」を再生させる取り組みのひとつである。「文学」だけでなく「映画」「舞台芸術」でもいい。文化的創造性が豊かな地域であることは、それがそこで暮らす人たちの誇りになる。
 「個性的な本屋さんがたくさんあって、創作や詩作がさかんだってね」なんて、いわれるまちに暮らせたら、それを世界中の人に知ってもらえるとしたら、地域で本づくりにかかわる者として、これほどロマンを感じることはないのだけれど。
 「文学のまち」とは、こうした文化的なものを大切にする市民生活を志向していくことではないか。地域の出版社として、そうした市民の支え、縁の下の力持ちになれるような存在でありたいと願っている。
(2024年2月20日・記)

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