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異業種から見た出版業界。

KuLaScip(クラシップ)田口

ひとりでも出版できる時代へ突入!

2018年2月。
桜新町で開催された本について語り合うブックフェア『ポトラ』で、「これからはひとり出版社の時代だ!」と叫ばれているのを聞いた時、その1か月前にひとりで出版社を立ち上げたばかりの私は―――正確には息子と2人です。ただ、この時息子は大学3年生。会社としてはこの先も新入社員なんて採用できないだろうから助かる。しかし親としては真っ当な会社に就職して欲しい。複雑な立ち上げであった私は――奮い立ちました。

そうか。
今年はひとり出版社元年なのか!

少しだけ創業の経緯をお話しますと、私は1冊目の書籍『気功革命 秘伝奥義 集大成』(盛鶴延著)を出版するため出版社を立ち上げました。著者である、長年気功を習っていた盛鶴延先生がご自身の集大成の本を執筆されるというので、当時化粧品メーカーに勤めていた私は、その録音の書き起こしのお手伝いをさせてもらっていました。

ただ、帰宅後書き起こしをしていると、言葉通り、命を懸けて気功の真髄を私達日本人に伝えようとされている先生の思いがその録音からひしひしと伝わってきます。その重さはとても他の仕事をしながらできるようなものではありませんでした。そこで27年間務めていた会社を辞め、先生の本の書き起こしに専念することにしました。勤めていた会社に不満があったわけではありませんが、この本の重さと比較できるものではなかったからです。それにもしこの本をきちんとした形で世の中に出さなかったら、私は一生後悔すると思ったのです。

ただ、当初は自分で出版社を立ち上げるつもりではなく、どこかの出版社から出してもらうつもりでいました。累計10万部のロングセラー『気功革命』シリーズを出している先生の集大成ですから、ご相談に伺った出版社はどこも好意的で、実際、具体的な打ち合わせにまで進みました。しかし何かが違う気がしました。先生が命を削ってまで伝えようとしている本の重さと、1か月に何十冊と出版される中の1冊という軽さに違和感を覚えたのです。
そのことを率直に先生に相談しました。すると、「君が出版社を創ればよいのではないか」と言われ、そうかと思って立ち上げたのです。

そのようないきさつですので、出版業界に知り合いは本当に1人もおらず、出版の知識も経験もゼロからの出発です。そんな私が、「出版社って何?」を知るために参加した『ポトラ』で、「これからひとり出版社の時代だ!」と叫ばれているのを聞いて興奮しないはずがありません。

さて、今回は版元ドットコムさんから貴重な機会をいただいたので、そんな異業種から来た私から見た出版業界についてお伝えしたいと思います。

まず驚いたことは、この業界の方々の優しさとオープンさです。
1冊目の本を作る時、なぜか装幀が重要だと思い込み、装幀の方を探すことから始めました。 (今でもこの時の勘を褒めたい!)

自慢ですが!
弊社の装幀はとても素晴らしいです。
なぜなら、素晴らしいデザイナーの方達が作ってくださっているからです。ではなぜこんな素晴らしい方々が作ってくださっているのかというと、お願いしたからです。本のデザイナーの方は誰も知らない。伝手もない。探し方もわからない。だから正攻法?で書店巡りをしました。なぜなら、デザイナーの方達の作品がそこにあるからです。すると不思議なもので、作る本を思い浮かべながら書店を回っていると、良いなと思い手にする本、手にする本の装幀がだいたい同じデザイナーの方なのです。

運命だな。

勝手にそう思い込み、奥付を頼りに依頼メールを書きました。すると、何の実績もない無名の出版社からのメールをなぜか読んで下さり、会ってくださいました。今から思うと、会った後で断るつもりだったのではないかと思います。お会いしてご挨拶をしている時、気まずい沈黙を破るためだったのか、デザイナーの方が、健康のために太極拳を始めようかなと思っているとポロっと口にされたのです。この瞬間、心の中でガッツポーズです。

そうですか。太極拳は身体に良いですよね。今、人気ですよね。太極拳も気功も同じようなものです。いや、同じですね。とまくしたて(本当は違います)、無事装幀を引き受けていただけることになったのです。
しかし、「本は四六判ですか?」と聞かれて、「シロクバンって何ですか?」と聞き返した私を、断らずに引き受けてくださったデザイナーの方に、今も足を向けて眠れません!

確か村上春樹さんが『職業としての小説家』で、「小説家は、異なった専門領域の人がやってきて、ロープをくぐり、小説家としてデビューすることに対して、基本的に寛容で鷹揚であるのではないでしょうか」と書かれていましたが、出版業界も、新規参入の出版社に優しい業界かもしれない……。

調子に乗った私は、ネットのトークイベントに登壇されていた校正の方にも突然メールを書き、依頼を引き受けていただき、印刷会社にも「初めてメールを差し上げます」とメールを書き、お取引を開始させていただきと、いつの間にか本作りのプロ達に囲まれ、素晴らしい本を作る環境ができ上がっていたのです。

これは出版業界では当たり前の事かもしれませんが、私からしてみると考えられないことです。
想像してみてください。何の知見も実績もない会社が、突然、シャンプーを作りたいのですと言って、ボトルのデザイナー、安全・品質保証、シャンプーを作る工場……の方々にお願いして引き受けてくれると思いますか? 本当に驚きです。

次に驚いたことは、出版社同士の仲が良いことです。私が知っている出版社の数は限られていますが、皆さんが教え合い、本気で助け合っていることに感動します。もちろん化粧品メーカーでも、業界の方とのお付き合いはありますし仲も良いです。しかし、出版業界のような本気の助け合いはありません。特許で競い合っている相手に自社のノウハウを教えるはずがありません。

それができる背景の1つに、業界の市場構造があると思います。
例えば、洗顔料の場合、市場はターゲット人口×2回分(朝晩の洗顔)と、ある程度全体の市場(パイ)が決まっています。その限られたパイを各社取り合っているわけです。しかし、本の場合は1人1冊と限られていません。良い本があれば、1人10冊でも買って下さる。しかも、各社、個性が違うので、同じパイを取り合うわけではない。むしろ、みんなで協力して本を好きになってもらいパイを広げていった方がよい。だからこそ、本気で助け合えるののではないかと思っています。

そしてもう1つ。
私は「本が好き」という共通するものがあるからではないかと思っています。
この業界の皆さん、本当に本が好きですよね。 「この度、出版社を創業したKuLaScip(クラシップ)です」とご挨拶すると、出版社の方にも、書店の方にも、デザイナーの方にも、校正の方にも、印刷の方にも、「なぜ、この厳しい時代に出版社を?」と聞かれます。こうこうこういう理由で、とお伝えすると皆さんとても嬉しそうな顔をされます。その姿を見ながら、しみじみこの業界の方はみんな本当に本が好きなんだなぁと感動します。このような業界はそうそうないのではないでしょうか。

そんな出版業界に感動しまくっている私が、もしこの出版業界に来て1つ感じることがあるとすれば、お客様との距離です。
多くの出版社や書店の方々は、お客様との距離が近く、身近にお客様を感じていらっしゃることと思います。なのであくまでも私個人の感覚であることを予めお断りしておきますが、私は時々、お客様は本当はどう感じているのだろう、とお客様と自分との間に少し距離を感じる時があります。

例えば。
いくつかの版元が集まり、書店さんに●●フェアをご提案させていただくことがあります。
出版社にとっては、陳列していただける機会ですし、とても貴重です。実際、売上が伸びます。今後もぜひ参加させていただきたいと思っています。それが大前提なのですが、ふと。

このフェアは本当にお客様に刺さっていたのだろうか。

と思う時があります。

こう思う背景に、私が過ごしてきた環境があると思います。
私が勤めていた化粧品メーカーは、日本のメーカーの中でも特異で、自社に販売会社を持っていました。そのため、通常は問屋を通して小売りに卸すところを、問屋を通さず販売会社が小売りと直接取引していました。
販売会社の使命は、お店の売り上げを伸ばすこと、お客様の満足度を高めることです。そのための様々な店頭施策のご提案と共に、実験・検証もよくやっていました。売上などの定量データ解析に加え、お客様の購買行動を観察する店頭調査など定性調査も、お店の協力を得てやっていました。そのこともあり、お客様の反応、声を常に身近に感じていたのです。

少し具体的にお話しますと、調査の方法は色々ありますが、私自身も販売会社と協働でよくやっていたのは、お客様が何を手に取って、何を棚に戻し、また何を手に取るか、というお客様の購買行動を観察し、お客様が買い物かごに商品を入れた瞬間に、「あのぉー」と声をかけお話を聞く方法です。
もちろん、お客様はお忙しいので、聞けても長くて1~2分です。しかも、お客様に尋ねれば、期待する答えを返して下さるというほど簡単なものではありません。
ならば、わざわざ忙しい店頭でなくても、お客様カードやSNSなどでもお客様の声は集められるではないかという意見もあると思います。
確かに様々な方法でお客様の声は集められるのですが、現場の良い所は、考えた答えではない、無意識の、無防備に近い声が聞けるところです。
ハガキを書く。SNSに書き込むという行為は、行う段階で多少論理的に考えます。しかし、人間の行動は本人もよく説明できない部分が多くあります。それを現場だと、なぜ、これを手に取って、これは戻して、これを買ったのですか? とその方の行動をベースに聞けます。「何を見て」「何を見ないで」購入したのかなど、後ででは聞けないようなことも、また、論理的には説明できない行動についても聞くことができます。

例えば、こういう調査を書店で行うと、このブックフェアで本を買ったのは誰か? いつも書店に来ている人なのか、それともたまたま書店に来た人なのか。このフェアはロイヤルユーザーを増やしたのか、新たな顧客を開拓したのか。
購入はされなかったけれど、この数冊の組み合わせ展開が良かったからこういう売れ行きにつながったのか。など、売上には出てこない関係性などが見えてくると思います。
実際、化粧品の場合、売れ筋の赤やピンクの口紅だけを陳列するよりも、紫とかベージュなどあまり動かない色も一緒に並べた方が、売れ筋の色がよく売れます。

こういうことは、何より現場の書店員の方々が肌感覚として持っていらっしゃることだと思います。また既に多くの検証がされていることかもしれません。ならば尚のこと、それらを業界全体として共有していくことは、私のような出版社だけではなく、業界全体としても意味があることではないかと思います。

そう思う理由はまず、現在、個人、個店に溜まっている経験値を、業界全体の集合知に高めていくことができるからです。

大量にTVCMを作っていた会社でした。私が担当したブランドだけで、6年間で100本近くTVCMを制作していました。それだけ多くのCMを作っていると、調査を行うまでもなく、担当としては、これはいけそうだとかという肌感覚は持っています。
しかし、会社として全ブランド分を調査し、結果を蓄積していくと、会社としてのノルム値ができます。例えば、購入したいと言われた方の●%+やや購入したいと言われた方の●%が、だいたい購入に結び付くであろう、など、統計的ノルム値が得られます。そのような客観的結果があると、店頭施策などにおいてもチームがまとまりやすく、一丸となって大胆な施策を展開しやすくなります。
また、たとえ期待ほど結果を残せなかったとしても、何がよくて、何がよくなかったのか分析できることで次回につながります。これはとても重要なことだと思います。

書店の場合、どのようなノルム値を蓄積していくのがよいのかはよく考えなくてはいけませんが―――その検討はとても楽しいことだと思いますが―――個々の経験値+業界全体のノルム値という武器を持つことは、検討する価値はある気がします。

そして更に、このような検証を長く積み重ねていくと、1年2年では見えなかった人の胎動のようなもの、表面にはまだ現れていないけど、人々の潜在意識の変化の流れのようなもの、それは社会トレンドとも言うのかもしれませんが、そういうものが感じられるようになってきます。

特に書店の店頭には、いわゆる鳥の目、虫の目、魚の目の全ての視点が集まっています。俯瞰的視点も、様々な角度から見る視点も、流れを見る視点も全てが集約している稀有な場です。それゆえ、そこで得られる現場の感覚、お客様の声、動向を、業界全体の集合知として蓄積していくことは、とても面白いと思いますし、本作り、店頭施策において多いに役立つものになると思います。
そして、これらを業界全体で共有していくことは、業界全体がお客様により魅力的な提案を、一歩先の提案をしていくための大きな力になると思います。
何より、このような情報を業界全体で共有していけるところが、出版業界の、市場を奪い合うのではなく、共に広げていくことができる出版業界だからこその強みではないかと思っています。

私はこの出版業界に、何の心構えもなく飛び込みました。しかし今、心から飛び込んで良かったと思っています。
本が好きという皆さんが好きだし、私も本が好きです。これからも良い本を作り、この出版業界で頑張っていきたいと思っています。

これを読んでくださっている全国の書店様。
KuLaScip(クラシップ)です。
新刊も出ます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!

これを読んでくださっている全国の書店様。
KuLaScip(クラシップ)です。
9月には新刊が3冊出ます。
今後とも、どうぞ、どうぞよろしくお願いいたします!
 
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<KuLaScip(クラシップ)の新刊情報>
■2024年9月(発売)
 『エキストラバージンオリーブオイルの講義』
■2024年9月(発売)
 『オリーブオイルと作り手たち』 
■2024年9月(発売)
 『Yes,Noh. ニューヨークから34歳で能の世界に飛び込んだ女性能楽師のYesな半生』
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