キリスト教書をめぐる現在
あめんどう 小渕 春夫
創業の経緯と活動の紹介
弊社は、実質2人で経営している小さな出版社です。社名についてよく尋ねられますが、「あめんどう」とは中近東で春一番に咲くピンクの花、アーモンドの和名から採用しました。
旧約聖書に出てきますが、希望と預言者(言葉を伝える役目)の象徴と言われています。親しい友人4人で創業しましたが、ちょうどデジタル化の波に乗れたのは、小規模の会社にとってよいタイミングでした。
活動開始からすでに30年近くになろうとしています。キリスト教書の翻訳ものを中心にして出版しています。特にそれに限っているわけではありませんが、カトリック、プロテスタント、できれば正教会の世界を横断的に見渡し、日々生活する上で必要されている現代的な良書を出していこうと努めています。できれば、心を癒し、人間関係を豊かにし、平和と和解をいくらかでもたらすものを出したいという大それた願いがあります。規模が小さいので、できることはほんの少しで、歩みはとてもゆっくりです。社訓は結果的ではありますが3S(スモール、スロー、シンプル)と勝手に思っています。
キリスト教書と日本の現状
ここで、日本のキリスト教書をめぐる環境を少し説明する必要があると思います。世界的な広がりと規模がありながら、日本人にとって目に見えにくく、かなりわかりにくいと思われるからです。
人類が作った文書量で最大のものは、宇宙開発関連とキリスト教文書だと言われています。しかし日本にいると、それは感じられません。クリスチャンは日本でマイナー中のマイナー的存在です。キリシタン禁制が解かれて150年経ちますが、何年経っても人口の1パーセント以下のままです。隣の韓国は、都市部で30%と言われていますし、それなりの社会的影響力と市場があります。日本では市場の狭さゆえ、かなりのハンディを抱えています。自分ごとではありますが、弊社が今日まで続いてきたのが不思議です。
日本でキリスト教というと、欧米の白人を思い浮かべるかもしれませんが、今や世界の大勢はそうではありません。人口からすれば、すでにその中心はアジア、アフリカに移っています。意外かもしれませんが、そこには共産主義国、巨大な中国も含まれています。現代の典型的なクリスチャン像を人口割合から描いて見ると、「南半球に住む有色人種の女性」となります。貧しい国が多く、政情不安もありますが、文書へのニーズは急速に高まっています。アジア、アフリカ人による指導者や学者による著作の紹介が、将来は増えてくるかもしれません。
欧州とアメリカの現状
戦後、欧州でのキリスト教会の勢いは格段に衰退し、関連書籍の市場も今はそう大きくはありません。読者がどんどん減っているからです。19〜20世紀にキラ星のごとく偉大な神学者を輩出し、世界に影響を与えたドイツも、先の世界大戦のダメージからか、かつての勢いはありません。その中でアメリカは、全体的に宗教離れが進んでいるもののいまだに勢力を保っており、出版活動は多彩で、世界をリードしています。今アメリカで一番有名な牧師の著作で、世界85か国語に訳され、累計8千万部を超えるモンスターのようなものがあります(邦訳:リック・ウォーレン『人生を導く五つの目的』)。残念ながら、うちの発行ではありません。
そのアメリカで長い伝統のある出版業界も、大きな変化が起きています。Amazon、インターネット、スマホの普及の影響は大きく、かつての老舗キリスト出版社や中堅の有名会社も、次々に一般の大手の傘下に吸収されつつあります。私は10年くらい前まで、2、3年おきにアメリカに住む知人を訪ね、街のキリスト教書店を観察したり、掘り出し物を物色していました。しかし今は、その店の姿は跡形もありません。
これからの動向
いま日本のマスコミで、アメリカのトランプ政権を支えるとされるキリスト教原理主義者や福音派の人々が否定的に取り上げられています。たしかに一般大衆を巻き込んだ政治的影響力は無視できないものがあります。しかし、実際はもっと複雑です。アメリカ中心主義、原理主義に対抗する思想家や著作者、学者による出版物も多く存在し、徐々に浸透しています。環境問題、貧困問題、経済格差、差別撤廃、平和活動を支える書物もたくさん出されています。そういう意味では、軋轢や不安定ゆえのダイナミックさ、エネルギーに満ちた動きが今後も続くと思われます。
数年前から弊社では、英語圏の関係者に絶大な影響を与え、C・S・ルイスの再来と言われる神学者N・T・ライト(英国のオックスフォード大学上席研究員、セント・アンドリュース大学神学部教授)の書籍を出し始めました。彼の視点は、二千年前の中近東で始まったキリスト教が、ヨーロッパ、アメリカを経由していく中で変化してきたことに照明を当てます。初期キリスト教が持っているオリジナルの思想を掘り起こし、現代に生かそうとするものです。それは欧米で議論を巻き起こしています。しかし、日本でなかなか紹介されてきませんでした。従来の西洋的キリスト教の体系を脱構築するかのような著作は、さながらミステリーを読むかのような面白さがあります。読者にはそれを楽しんでいただけたらと願っています。
古本市場の影響は?
最近、本の売れ行きに影響を与えているのではと頭を悩ませているものがあります。実態を正確に理解しているのは、ネットの販売サイトだけかもしれません。数年前、かつて駐車場がいっぱいだった近くのブックオフが消えてしまいました。たぶんその代わりか、ネット上の古本市場が花盛りように見えます。新品のすぐ隣に安い古本が並んでいます。
つまり新刊が一定量売れると、読み終わった個人や業者が手軽に販売サイトに出品できるということです。車を転がして古本屋に行かなくても、スマホで発注できてしまいます。最近知ったことですが、ある地方の業者が、数百人のアルバイトを雇用し、全国から古本を買い取り、体育館のような大きな倉庫に蓄え、迅速に出荷しているそうです。雇用創出、資源保全、二酸化炭素削減を考えても理に適っています。
それらの古本が循環し、かなりの需要を満たしているかもしれません。私としては、在庫切れで増刷をかけようとするとき、このことが頭によぎります。増刷してもすでに古本が何冊も隣に並んでいるなら、消費者は安い古本に手を伸ばすでしょう。じつは私もよく利用しています。
こうなると少量多品種の小出版社は、印刷部数や増刷への考え方全体を見直すときが遠からずやってくる気がします。印刷部数のさらなる抑制、電子化のさらなる流れが必要になるかもしれません。こうした現状への皆さんの知恵や経験をぜひ教えていただきたいものです。
(英国の作曲家による現代の賛美歌を紹介。先行き不透明なコロナ禍の中、癒やしを感じていただけたら幸いです。
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