街中で学術書を広めたい

有志舎 永滝稔

まず最初に、有志舎は私・永滝稔がほぼ一人でやっている「一人出版社」です(「ほぼ」というのは、週に2日だけアルバイトさんに来てもらっているから、完全に「一人」ではないもので)。歴史学(近現代史)を中心にした地味な学術書を出版しています。3年前に神保町から杉並区の高円寺というところ(私の生まれ育った所であり今も住んでいる街)に事務所を移転しました。

小社で出版しているのは学術書と書きましたが、学術書にも色々あって、本当に専門家しか読まないであろうという研究書から、概説書・入門書的な教養書まで含め、創業以来15年で140点ほど出版しています。が、しかし、学術書はどれもなかなか売れてくれません。研究書はせいぜい1年で400から500部売れれば大成功、教養書は1000部売れれば小躍りです。ただ、書店員さんには、「有志舎さんの本は基本的に全部研究書という認識です」と言われた事もあるので、どちらもあまり変わらないと思われているのでしょう。
でも、図々しいことに、私は専門書であっても出来るだけ専門家以外の読者にも読んでもらいたいと思っていますし、そのように叙述を工夫してくれるよう著者にもお願いして編集しています(結構、口うるさい編集者です)。でも、なかなかうまくはいきません。それでも、『都市と暴動の民衆史』(藤野裕子さん著、本体3600円、2015年刊行)なんて本は、著者自ら「たくさんの人に読んで欲しい」ということで、専門書であっても大いに叙述を工夫してくれたこともあり、総計5刷にまで達しました。「やれば出来るじゃん」と思ったので、味をしめた私はそのあとも色々と口うるさく著者に要請を繰り返していますが、まあそううまくはいかず、この本を超える売り上げはまだ達成できていません。
でも、学問と学術書が、大学だけではなく街中にまで広まっていかなければ、普通の生活人に読んでもらえなければ、学問の意味は無いと私は思っているので、しつこく「市井で読まれる学術書」を目指しています。

 また、昨年11月には実際に歴史の学術書を街中で売ってみようと思い立ち、会社のある地元・高円寺で吉川弘文館・吉田書店・共和国・英明企画編集(敬称略、以下同)といった出版社と共同で「歴史書即売会in高円寺」を2日間開催してみました。会場は、商店街の道端で、「古本カフェ・酒房 コクテイル書房」の店先。普通に買い物客が通る往来での販売でした。何しろ、「高円寺フェス」や「神保町ブックフェア」みたいなお祭り会場の中ではない、ただの土日の商店街です。正直、売れると思ってやったわけではありません。「どれくらい売れないか実験してみよう」という程度でした。ところが、なんと2日間で合計10万円を越える売り上げ(5社協同で)があったのです。そして、小社に限っては一般的な学会販売での売り上げ額を軽く越える売り上げになりました(逆に言うと、最近の学会販売がいかに売れないかということになりますが)。
しかも、買ってくれた方の多くは明らかに通りがかりの人で、告知はしたもののこれを目的に買いに来てくれたような方はそれほど多くない感じでした。みんな、「なになに? 本を売ってるの? 歴史の本?」という感じで集まってきてくれるのです。コクテイル書房のマスター・狩野俊さん曰く、「本は人を集める力がある」そうなので、これも本の神通力なのかもしれません。しかも、年齢層も幅広かった。年配の人ばかり来るのかと思っていたら、とんでもない。学生さんから主婦の方、仕事帰りのサラリーマン風の方、さらに高円寺らしくミュージシャンの方など多士済々。
 さらに、「1930年代のモダニズム文化について知りたいんだけど、何か良い本ない?ここになくてもいいから教えて?」というようなお客さんもいらしたりして、会話を楽しむこともできました。高円寺の文化度たるや恐るべし、です。
 最近は「反知性主義」「ヤンキー化」が猛威を振るい、「知」や思考を小馬鹿にする人が多いですが、私は漫画『ドラゴン桜』にあったこういう言葉が好きです。
「「知らない」ということは実に恐ろしいことなんだ。逆に「知る」ということ、その知識や情報は幸せをもたらす強力な武器ということだ」。
「賢いヤツは騙されずに得して勝つ。バカは騙されて損して負ける。損して負けたくなかったら、お前ら勉強しろ」。
そう、「知」や勉強・教養を馬鹿にして、自分のアタマで考えない人間は、結局、現実世界でも負ける。私はこのフェイクが猛威を振るう時代の中で生き残るためにも、学問や「知」を自分で身につける事は必須だと考えています。だから、そういう事が書いてある学術書を読んではどうか、と提案しているわけです。

それはともかく、昨年の「成功」に味をしめて、今年はもっと規模を大きくして、歴史書に限らず「人文書」にまで広げて開催したいなどと思っており、会場でのトークイベントも計画中です。さらに、本と一緒に野菜やお米の販売もやっていただけそうな出版社や団体もあるので、そういうところにもご協力を仰ぎたいと思っています。なにしろ、「食」と「知」は人間にとって両方とも大事なものですからね。
 ただ、ここのところの新型肺炎ウィルスの広がり具合によっては、開催が難しくなるかもしれません。もう少し様子をみて、実行するかどうかは協同してくれる皆さんと相談して決めたいと思っています。
なお、上記のようにまだ未確定ではありますが、ご興味がある版元の方がおられましたら、私・永滝までご連絡をいただけると助かります。
 今年は、こういった即売会に加えて、学術書の読書会も企画していきたいと思っております(以前も講師の方をお呼びしてやったことはあるのですが、今度は平日の夜なんかに私自らがコーディネーターでやりたい)。学問を広げるためには、版元・編集者自らが本を持って街に出て、「この本、面白いよ。一緒に勉強しませんか!」と声を上げないといけないと思っているものですから。編集者がオフィスの中にだけいてもダメな時代です。

ちなみに昨年、即売会のために店先を貸していただいたコクテイル書房ですが、大正時代の古民家を改装した趣きのあるお店で、本を読みながらゆっくり「中原中也サワー」「漱石からあげ」など、文学に関わる酒肴とお酒が楽しめる素敵な空間です(昼間はカフェで、おいしいコーヒーと「漱石カレー」が名物です)。もちろん、古書店でもあるので店に並んでいる古本は全部購入できます。さらに、読書会はじめ、いくつもの文化的なイベント・会合も日常的にやっている、本好きがあつまる高円寺ブック・カルチャーの中心地でもあります。
皆さんも高円寺にいらっしゃってみてはいかがでしょうか。コクテイルに限らず、昔ながらの古本屋さんや昔ながらの落ち着いた喫茶店も多くてすてきな街です。
 有志舎はこの街で、「地べた」から学問の面白さを伝えていくべく、頑張っていこうと思っております。「面白そう」「一緒に何かやりたい」と思っていただけた出版社の皆さん、ぜひお気軽にお声を掛けてください。よろしくお願いします。

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