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街中で学術書を広めたい その後

有志舎 永滝稔

まず最初に、有志舎は私・永滝稔が一人でやっている文字通りの「一人出版社」です。歴史学(近現代史)を中心にした地味な学術書を出版しています。2005年に創業し、5年前に東京・神保町から杉並区の高円寺(私の生まれ育った所であり今も住んでいる街)に事務所を移転しました。

学術書はあまり売れませんが、こういう本にしか興味がないので仕方ありません。でも、私は学術書であっても出来るだけ専門家以外の読者にも読んでもらいたいと思っていますし、そのように叙述を工夫してくれるよう著者にもお願いして編集しています。
そして、さらに学問と学術書が、学校・大学だけではなく街中にまで広まっていかなければ、普通の生活人に読んでもらえなければ、学問の意味は無いと私は思っているので、しつこく「市井で読まれる学術書」を目指しています。

と、ここまでは2020年4月の「版元日誌」で書かせていただいたことです。今回は「その後」のご報告です。
 一年余り前から、高円寺の古書店兼酒房であるコクテイル書房の場所を借りて、その店主である狩野俊さんと共に、「小林秀雄を読む 読書会」「戦前・戦時・戦後史 読書会」という読書会を始めました。前者は文芸評論家である小林秀雄の代表的な作品を時系列で読んでいき参加者と議論するもの、後者は近代史に関する学術書を読んで議論するものです。
「小林秀雄」は狩野さんと「我々二人だけでもいいよね」ということで始めたものですが、最終的に6名の参加者となりました(twitterなどで参加者を募集しました)。また、後者は1年かけて1冊の学術書(奈良勝司さん著『明治維新をとらえ直す』有志舎、2018年)

を読み通すというもので、これは4月から「アジアと日本の近代史を考える 読書会」に衣替えして継続し、牧原憲夫さん著『民権と憲法』(岩波新書)をまずは読んでいきます。
なお、新型コロナの広がりの中ではありましたが、読書会はマスク着用の対面で行っています。メンバーも、古書店員・芸術家・大学院生・海外からの留学生など様々で、ほぼ非専門家ばかり。読書会の良いところは、トークイベントなどと違って少人数で出来る(2人いれば出来る)というところと、必ず本を読んでから参加しないと議論に参加できないので、本を読む動機が半ば強制的に発生して読書をサボれなくなる。さらに、自分では思っていなかった全く別の「読み」に出会えることです。これによって、自らの思考が根底から問い直され、自らの考えを再検討せざるをえなくなるのが楽しいのです。
そして、何よりも本を通して、全く新しい友人をつくれるということ。1年もやっていると自然に仲良くなりますし、私のような中年(老年か?)の男性にとって、日常の中で新しい友達ができるなんてことはまずないのですが、それが自然に出来てくる。しかもそれが本好き・歴史好きという同好の士ばかり。色々な本の情報も交換できます。そうして、去年はジュンク堂書店那覇店さんで行われた「本でつながる」というトークイベントに同じ読書会仲間と一緒に呼ばれて、読書会の愉しみについてお話する機会にも恵まれました。
ですから、単純にこんな楽しいことはもっと広まって欲しいと思う。4月からはその読書会仲間の狩野俊さんが中心になって、高円寺の商店街に「本の長屋」(仮称)というものができる予定ですが(本稿掲載時にはもうできているのかも)、ここはシェア型書店であると同時に読書会・トークイベント・ワークショップなども行える空間もつくって、本を通して人々が繋がっていけるような場所になるとのこと。有志舎もそこの一角をシェアして小さいながらも出版社直営書店を開き、読書会も引き続きやっていこうと思っています。そうやって、街中から「本を読んで語り合う愉しみ」「本や読書という文化」を広めたいですね。
「本が売れない」と会社の中で嘆いているだけでは売れるようにならないので、わずかであっても、実際に学術書を読者と一緒に読んで広めていきたい。そして、仲間たちとそういう場所をたくさん作って、みんなで本について言葉をかわしたい。これからの出版社(出版者)・編集者は、本を編集・出版するだけでなく、読者と一緒にそれを読む機会をも自らつくっていくということが必要なのではないかと思うのです。
出版社・編集者の皆さんも読書会を主宰してみませんか。間違いなく楽しいですよ。

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