ザ・レスト・イズ…

「犯人はこの中にいます。
えへへ、これ言ってみたかったんですよね。どうですか?カッコいいですか?
いや、答えなくていいです。そうですよね。このあと犯人を追い詰めるからカッコいいんですよね。分かってますって。
何せボクときたら名探偵なものですから、まあお静かに聞いててくださいよ。
あ、先に言っておきますけど、もしボクが考え込んだりしたら、肩とか叩いてください。悪い癖なんですこれ。
それと、もしボクの名推理でビックリしても大声あげたりしないようにしてくださいね。ほら、犯人を刺激する可能性がありますから。
それで何でしたっけ? ああそうだ、今からクライマックスなんでしたね。そうです。犯人はこの中にいるんです
ええ、そうですよ。ああいや、今はある意味いないかもしれないですけど、呼べば答えてくれるはずです。ふふふ。
本題に入りましょうか。そもそも被害者のメイドさんですけど、確か機械いじりがお得意だとか。旦那さん?
そうでしたよね。ここの機械類のメンテナンスも担当していらっしゃったとかで。
ボクが最初にここに来た時もエントランスの点検中で、こんにちはって声かけたら睨まれて、話しかけるなと言われたのを覚えてます。
作業中には一切声をかけられるのを嫌う人だったそうで、それ以外の時はお喋りな人だったようなんですけどね。
ああいや、お喋りなのは根っからなんでしたね。作業中も独り言が多いって執事さんがボヤいていらして。
それで、えーと、そう、事件でしたね。事件の現場もそうした作業中の場面だったと推測できますよね。
まさにそこに倒れていらっしゃったんです。ええと、奥様のひいお祖父様のお兄さんのご趣味でしたっけ?ひいひいお祖父さん?まあいいや、その辺りの方のご趣味で建てられた御立派な時計台の機関室です。
いいですよねえ、歯車がいっぱいで鉄臭くて、どこ触っても手に油がベッタリつきそうで、浪漫があります。いいご趣味だと思いますよ。
被害者はここで後頭部を撲られ、閉じ込められてそのまま衰弱して亡くなっていたようです。
ちなみに最後にお喋りした人は? ええと、ああ、そう、息子さんでしたよね。
確か娘さん、もといお姉さんが証言してくれたように思います。機関室の前で二人話し込んでいるのを見たと。
ああいえ、話していた内容については言っていただかなくて結構です。教えてくれましたものね。
それで弟さんが被害者とお喋りしていたのが事件発覚のおよそ一日前。被害者はその後機関室で作業に入り、そのまま戻って来られなかった。
最初は作業に集中しているのだろうと放っていた皆さんでしたが、さすがに丸一日姿が見えないのはおかしいと気づき、捜索したところここで亡くなっていたと。
職人肌も考えものですよね、多少姿を見せないくらいだと心配されないというのは、こういう時に困ります。もう半日早くボクたちが気付いていれば、ひょっとしたら。ああいえ。気にしないでください。
それでですね、事件後ここは施錠されていたんです。密室事件ってことですよね。
そう聞くと血沸き肉躍る感じがしますが、残念ながらここのカラクリは難しいものではありませんでした。
被害者のメイドさん、やはり優秀な人のようで、自分の担当する機械類周りは全て点検しやすいよう最新の設備に更新していたとか。新しいもの好きでもあったみたいですしね。
ええ、屋敷のボイラー室や被害者の個室、そしてこの機関室なんかは全てオートロックがかかるようになっています。御存知でしたよね。
だからこのロックが誤作動を起こして閉じ込められた、と考えるのが一般的です。ですがここに事件性を付加したのが、被害者の言葉でした。
そういう設備を入れてから閉じ込められないかと心配した旦那さんや奥様に、そうならないようにしてあるから大丈夫だ、と説明したとかなんとか。
失礼ですけど皆さん機械やコンピュータに弱いようでしたから、説明は省いたんでしょうね。ボクもここらを探るのに苦労しました。
ええ、詳しい友達の力を借りてどうにか調べたんです。
彼は言ってました。機械屋っていうのは自分が楽出来る環境を作る為なら手間を惜しまない生き物だって。被害者もそういうタイプだったようです。
異音検知AIって言うらしいんですけど、それがここらには使われてるそうです。
なんでも機械のメンテナンスに使うシステムらしくて、熟練工が経験と耳とカンで感じ取る機械の異常音っていうのを検知してくれるらしいです。
AIに機械が普段立てる音を学習させて、そこから大きく外れるような状況になると教えてくれるっていう訳ですね。科学の力ってなんとやらです。
被害者はメンテナンス用のシステムとしてそれを利用してたんですが、そこに楽をするためのひと手間を加えていたんです。
オートロックと連動させていたんですよ。要は、“普段の音”と“点検中の音”を両方学習させて、点検中とその前後はロックが解除されるようにしてた訳です。
それで点検中にシステムをいちいちオフにしたりつけなおしたりする必要もなく、ロックを解除するのも入る時だけでいい。便利ですよね。
作業中話しかけられるのを嫌うのも、点検中の音に他人の声が入って異音と判定されるのを嫌がったからなんだと思います。
ですが、犯人が潜んでいたのもここでした。
被害者のメイドさん、すごく独り言が多かったじゃないですか。作業中もずっとブツブツ一人で喋り続けてるくらいだったって話で。
ええ、そうです。AIが覚えた“点検中の音”の中には、メイドさんの独り言が含まれていたんです。
被害者がそれに気づいていたかどうかはもう分かりませんが、確かだと思います。
もうお分かりですよね。
ボクは事件の日の音声記録を聴きました。
あの日、メイドさんは弟さんと大事なお喋りをしていました。とても、とても大事なお喋りです。
メイドさんはその話の結論を後回しにして、自分の仕事に戻りました。
いつも通りの独り言です。文句や作業中の疑問や、自問自答が含まれていました。
そこでふと、弟さんとのお喋りの事を思い出して、どう結論を出そうかと自問自答したんです。
そこで、悩んでしまった。
悩んで、黙ってしまった。
そうです。その沈黙を、システムが検知した。

後はご想像の通りです。もしかしたら手元も止まっていたのかもしれません。点検中の音が止んだと判断したシステムが作動し、この歯車たちが一斉に動き出した。後頭部の傷はそうした事故です。

大怪我を負ったメイドさんは部屋から出ようとしましたが、オートロックがかかってしまっていた。

異音検知AIの記録には、被害者のか細い声が僅かに入っていました。警告も鳴っていたのですが、それを確認するべき本人がいない。他の住人は皆機械に弱いので、自分一人で管理するつもりだったんでしょうね。

これが事件の全貌です。犯人は、沈黙そのものでした。

あっ、ダメです。まだ大声出さないでくださいね。

いやですね。実は記録を閲覧することは出来たんですけどね。

まだ解除出来てないんですよ、例のシステム。

犯人は、まだこの中にいるって訳です。

…すみません、何か話題ないですか?」


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