現実世界エミュレータ

これは常識大全を作る際にベースとなった思想である。常識大全の理解に役立ててほしい。

注意してほしいが、ここでいう健常者/非健常者はあくまで前提を共有し現実世界に適応できているかどうかという基準のみで分けられている。それ以外の基準は存在しない。

非健常者が非健常者たる根本的な原因は外部からの情報を収集しないことだと私は思う。情報収集の方法には人に聞く、書籍やネットを使って自分で調べるなどがあるが、非健常者はそれをしない。ASD的な傾向のある人の多くはこのような傾向がある。自分の興味のある分野以外にはほとんど興味を示さない。他人とコミュニケーションをとろうとしない。こだわりが強い。これでは確かに外部から情報を取り入れなくなるだろう。情報収集能力が低いことは常識を身につけるのをさまたげ現実世界への適応を難しくしている。他人との共通認識を築けずコミュニケーションに問題を抱えるようになる。知識の偏りや認識のゆがみにより判断力が下がる。

日常生活の多くの場面では幅広い知識を動員する必要があり、情報収集能力の低い非健常者は知識が偏りがちで日常生活に適応しにくい。非健常者のうち知能の高いアスペルガー症候群の人には学校の勉強はできるが日常生活での判断はまるでうまくできないというタイプが多いように感じる。これは情報収集ができないという特性で説明できる。

勉強では問題を解く際に必要な知識は習った範囲のことに限られている。判断を行うために用意されている材料が誰でも同じなのだ。足し算を行うためには足し算のやり方だけを知っていればよく、必要なのはせいぜい繰り上がりのやり方くらいだ。さらにその材料を得る機会は授業であり平等に与えられている。そのため問題を解く際に求められる能力は理解力と記憶力と推論能力となる。与えられた同じ材料を用いて思考を行うので、授業を受ける前にもともともっていた知識や情報収集能力では差がつかない。アスペルガー症候群は理解力、記憶力、推論能力ともにすぐれていることが多いため勉強では他の生徒よりも有利になりやすい。

いっぽう、日常生活にはさまざまな場面が存在するのみならず、その場面一つ一つをとっても問題を解決するために必要な知識が際限なく広い。日常生活では一つの事柄が際限なくたくさんの事柄と連関し合っている。このように考えていくと際限がない。そのため日常生活においては幅広い知識が必要になり、ある一つの領域だけを極めれば問題ないというものではない。授業のように思考に必要な知識がお膳立てされるということもない。幅広い知識にアクセスできるためにはもともと自分の脳内に幅広い知識をインプットしているか、そうでなければ何らかの手段を用いて外界から情報を収集することが必須条件となる。非健常者はどちらの条件も持ち合わせていないので、日常生活になった途端にだめになる。

問題解決のために無数の要素を考慮しなければならないというのはあまりピンとこないかもしれないが、人工知能の問題として有名なフレーム問題がヒントになるだろう。フレーム問題の説明を引用する。

-フレーム問題
1969年にマッカーシーとヘイズが指摘した人工知能研究の最大の難問です.フレーム問題は,今からしようとしていることに関係のあることがらだけを選び出すことが,実は非常に難しいという問題です.

哲学者のデネットが次のような例を用いてこのフレーム問題の説明しました.安全くん1号の悲劇人工知能搭載のロボット「安全くん1号」は,人間の代わりに危険な作業をするロボットです.爆弾が仕掛けられている部屋から貴重な美術品を取り出してこなければなりません.安全くん1号は美術品の入った台車を押して美術品をとってきましたが,不幸なことに爆弾は台車にしかけられていたので,安全くんは爆発に巻き込まれてしまいました.これは安全くん1号が,美術品を取り出すために荷車を押せばよいということは分かったのですが,そのことによって,爆弾も一緒に取り出してしまうということは分からなかったためでした.

そこで,この問題を改良した「安全くん2号」が制作されました.安全くん2号は,美術品を取り出しに部屋に再び向かいました.しかし,美術品を運び出すには台車を動かせばよいと思いついたあと,台車を動かしたときの影響をもし台車を動かしても,天井は落ちてこない.もし台車を動かしても,部屋の壁の色はかわらない.もし台車を動かしても,部屋の電気は消えない.もし台車を動かしても,壁に穴があいたりしない.‥‥‥‥と順番に考えているうちに爆弾が爆発してしまいました.これは,べつに台車を動かしても天井は落ちくるという影響は生じないのですが,一応考えてみないと,影響があるかどうか分かりません.しかも,台車を動かしても影響を受けないことは無数にあるため,考えるのに時間がかってしまうためです.

「爆弾と美術品以外の関係のないことは考えなくてもいいのではないか?」と思うかもしれません.しかし,この場合も,壁,天井,電気などありとあらゆることについて,爆弾や美術品と関係があるかどうかを考えているうちに爆弾が爆発してしまいます.このように,たとえどんな方法をとっても,途中で世の中のありとあらゆることについて考える必要が生じてしまいます.これがフレーム問題です.

https://www.ai-gakkai.or.jp/whatsai/AItopics1.html


非健常者は安全くん1号に似ている。考慮できる範囲がせまいため、勉強や囲碁や将棋のように特定の範囲だけを考えればいいものであれば問題ないが、爆弾がしかけられている部屋から美術品を救出することのように考える範囲の限定されていない複雑な問題は苦手だ。日常生活で生じる問題は後者が圧倒的に多い。

このように日常生活においては考慮すべき範囲が相当広いのだが、非健常者というのはそれを考慮するだけの知識を持ち合わせていないしそれを補うために外部から情報を取り入れるということもしないので日常生活への適応に困難をきたす。そしてその結果何が起こるかというと、少しでも現実世界に適応しようとして情報収集能力の低さを別の方法で補完する行動に出る。逆にその方法で事足りると思ってしまっているから情報収集をしないのかもしれない。その別の方法とは外界にある客観的な情報を参照せず自分の中にすでにある情報だけを使って論理をこねくりまわして結論を出してしまうということだ。その情報は不十分であることが多いため間違った結論が導き出されることが多い。そしてその間違った結論を前提としてどんどん思考を進めていった結果自己流な解釈がふくらんでしまう。この過程では外部からは情報が入ってくることは一切なく、延々と自分の中だけで論理をつぎはぎしている。自分の脳内では確かに論理が成り立つので当人にとってはそれは妥当である。しかしそれは根拠とする客観的事実が不十分であるため現実と乖離した机上の空論になってしまっているのだ。論理的であれば正しい結論が導けるわけではない。たとえ論理的に思考していても十分かつ正しい情報を集めなければ正しい結論は得られない。こうして知識のせまさだけでなく認知のゆがみまでもが生じ、現実世界への適応がさらにむずかしくなる。

実際私も他人と共同作業をする際に他人の指示を自分の中の情報を使って曲解してミスをすることが多い。100%そうであるとはいえない自分の勝手な推測を信じ込んでしまい、他人に聞くということをしない。

ここまでに述べたことはこうまとめられる。

  • 非健常者が現実世界に適応できないのは情報収集能力が低いからだ。

  • 日常生活においてはある問題を解決しようとする際に考慮すべき要素がほぼ無数にあり、情報収集能力の低い非健常者にとって日常生活をうまく生きるのはむずかしい。(思考材料の量の問題)

  • 情報収集能力の弱さを補完するために自分の脳内の情報だけを使って勝手な解釈を重ねていった結果、世界を間違ったやり方で認識していくことになる。その間違った認識を使って思考を重ねていくので、現実世界と認識のずれがどんどん広がっていく。このずれが日常生活への適応をさらに難しくしている。(思考材料の質の問題)

情報収集能力の低さは思考材料の量、さらには質をも下げ非健常者の現実世界への適応を妨げているのだ。

これは独自の考えだが、私たちは誰しも心の中に現実世界を自分なりに解釈した「仮想世界」というものをもっていると思っている。現実をフィルターを通してモデル化しているわけだ。私たちは仮想世界の中で現実のシミュレーションをしている。仮想世界を使わなければシミュレーションはできない。認識というフィルターを通さないことには現実世界を思考の対象とすることはできないのだ。現実世界をシミュレートするために必要な仮想世界は誰のものであれ現実世界との間に多かれ少なかれズレをもっている。少し物理法則が異なるとイメージしてもらうといいかもしれない。例えば重力加速度が負で大きさが違ったり。仮想世界は現実世界の劣化版コピーで、現実世界よりも情報量で劣っているしコピーされた情報も現実世界と一致しているわけではない(これは思考材料の量・質の話に対応する)。この世のすべての情報を手に入れることはできないし、認識を通している以上正確に情報を仮想世界に移すこともできないからだ。このズレは現実世界からの情報を得るたびに徐々に修正されていく。

そのズレが大きいのが”非健常者”である。ズレが大きすぎて相対的に現実世界に適応できていないというわけだ。”健常者”でも少しはズレがある。そういう意味で、本当の健常者など存在せず誰もが非健常性をもっているといえるのだ。非健常者はなぜズレが大きいのかというと、現実世界をあまり観察することなく仮想世界の中だけで延々と思考を繰り返してしまうからである。現実世界からフィードバックを受けて仮想世界を修正する機会が少ない。情報収集能力が低く自己解釈にこだわるというのはこれと同義である。

現実世界に適応していくためにはできるだけ現実世界を正確に予測する必要があり、そのためには現実世界と仮想世界の間のズレをできるだけ小さくしていくことが必要だ。私たちの脳内にある仮想世界を現実世界に近づけていくために脳内に搭載する仮想的な装置、それが現実世界エミュレータだ。エミュレータとはある装置やソフトウェア、システムの挙動を模倣し、代替として用いることができるソフトウェアなどのことだ(IT用語辞典E-wordsより引用)。現実世界エミュレータを作動させるということは、自分の主観の中ではなく現実世界に存在する客観的な情報をなるべくバイアスを含まずに仮想世界にコピーするということだ。これを繰り返すことにより現実世界と仮想世界のズレが小さくなっていきしだいに現実世界の中でうまく生きていくことができるようになる。だから常識大全では客観的事実に焦点を当てているのだ。常識大全の本質的な目標は現実世界エミュレータを作動させることにある。

現実世界エミュレータにより”健常者”をもエミュレートすることが可能となる。”健常者”の仮想世界と現実世界のズレは小さいので、現実世界に仮想世界を近づけることはすなわち”健常者”の仮想世界に自分の仮想世界を近づけることになる。


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