思った事

▼昨日だったか、大学からの帰り、バスを降りて歩いていたら、自分の脇をすり抜けて足早に歩いていく女性がいた。たぶん自分と同じバスに乗ってきた人である。僕を追い越したはいいが、妙にチンタラ歩くので、ちょっと迷って追い抜き返すことにした。昼間の気温が高かったとはいえ日が沈めばやはり寒かったから、付き合ってられない、早く帰りたいと思っての事である。そうしたら後ろから声をかけられた。
 「あれ、〇〇?」
 僕の苗字である。驚いて振り返ったら、先程追い抜いた女性が僕に手を振っている。どうも知り合いらしい。しかし情けない事に、顔にも声にも全く覚えがない。困り果てて相手の顔を見つめていたら、どんどん親しげに話しかけてくる。久しぶり、だの、雰囲気変わったね、だの。しかしまるで思い出せない。
 しばらく連れ立って歩いていたけど、何かがおかしいのである。周りは暗いし相手も化粧をしているとはいえ、どうにもその顔は僕と同年代という感じではない。確実に5つか6つくらい上のそれである。それに知り合いだとして、さっきわざわざ僕を追い抜いたのは何だったのか。それに、親しみを込めて昔話などを披露してくるが、自分の過去の記憶と噛み合わない。なのに相手が呼ばわった苗字はたしかに僕のものなのだ。ますます混乱する。
 思い切って言った。
 「すみません、もしかして人違いじゃないですかね」
 すると彼女は心底傷ついたような顔でしばし絶句した後、
 「そっか、覚えてないんだ……」
 と寂しそうに呟いた。そんな悲しそうな表情を浮かべても知らないものは知らない。しかしそこまで言われると、段々本当に昔の知り合いのような気がしてくる。
 相手の名前を尋ねた。そうしたら、彼女はもっと寂しそうな顔で、
 「思い出してくれるまで教えない」
 そんなような事を言って、さっさと立ち去ってしまった。僕は途方に暮れて、雪の積もった公園の前で、一人で立ち尽くしていた。
 なんだったんだあいつ。彼女が何者か、未だに思い出せずにいる。

▼大学の友人5人と久々に飲みに行った。普段来るようなやつが私用で来られなかったり、逆にいつもあんまり参加しないやつが参加したりでちょっと珍しい面子になったが、もう4年もの付き合いなので、行ってみたら平時はしないような話も多く、ものすごく楽しかった。
 もう4年経ったのだ。早いものである。この4年間、僕含めそれぞれがそれぞれの凸凹を抱えてやってきたけれど、結局僕たちは所謂陰キャで、それでも互いの凸凹を懸命に噛み合う形にしてやってきた。それは勿論僕だけの努力ではないし、むしろ僕は自分が嵌れる隙間を作ってもらった側だ。そういう凸凹だったり、それを4年の間にいかに修正してきたか、どれだけ偉大な事か、お互いに褒め合っていたら飲み放題の2時間などあっという間に終わってしまった。
 解散間際、卒業しても飲みに行こうぜ、と誰ともなく言い出したのが嬉しかった。思えば僕個人の凸凹は、自分に居場所などできるはずがない、という強固で悲惨な思い込みによるものが大きく、それによって沢山の迷惑を周りにかけてしまったけれど、こうして全てが終わる頃になって、それが杞憂で、それなりに自分は居場所を確保できた、もしくは周りの友人たちが自分のための隙間を確保してくれたのだな、としみじみ感じた。感謝である。こいつらとはもうしばらく付き合っていきたいな、と強く思う。

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