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コント「クリニック」

コント「クリニック」
(板付きで受付に向かって話しているA)
A はい。これが保険証で。初めて来たんで、診察券はないです。はい。じゃあ待ってます。痛っ……。
(頬を抑えて痛そうな顔をするA)
A すみません、先週くらいから痛くて……。なるべく早く診てもらえると。ううう。
(待合の椅子に座るA)
SE (看護師の声で)「Aさーん、2番診察室にお入りください」
A はーい。
(ドアを開けて診察室に入るA。診察室には白衣姿のBがいる)
B はい、どうもこんにちは。
A ああ先生。よろしくお願いします。実は先週くらいから歯が痛くて……。虫歯ですかねえ?
B あー。ちょっと見てみましょうかね。口開けてください。
(口を開けるA)
A はい。あの先生、椅子は倒さなくていいんですか?
B うん、大丈夫。見ますから。……うん、うん、なるほどね。
A やっぱり虫歯ですかねえ。
B 何か最近変わったことありましたか? ストレスがかかるようなこととか。
A 何ですかね。最近異動があって、環境が変わったりしましたけど。
B あー! それですわ。なるほどね。
A え?
B 最近眠れてます?
A いやー、まあ歯が痛いのもあったり、職場の件とかもあって、あんまり寝れてないですけど。
B やっぱりね。それはおつらいでしょう。うーむ。
A ええ、まあ……。
B 食欲は?
A うーん、だから歯が痛くて、あんまり食べられてないです。
B やっぱりねえ。血の繋がったご家族で虫歯の方っていらっしゃいます?
A 血の繋がった家族? いやまあ、母親も虫歯で何本か銀歯にしてた気がしますけど。
B はあはあ。
A 先生、どうなんですか。ぼくは虫歯なんですか?
B ……はっきり言いましょう。Aさん、あなたはうつ病です。
A え?
B うつ病です。
A ここ、歯医者ですよね?
B いや、精神科です。
A いやデンタルクリニックじゃなくて、メンタルクリニックなんかい!
B 厳密に言うと、うつ病じゃなくて適応障害レベルだと思います。
A そんな違いどうでもいいですよ!
B おくすりお出ししますんで飲んでくださいね。
A どんな薬ですか?
B 気持ちが楽になる薬と……。
A やっぱりメンタルクリニックやんけ!
B よく眠るのが一番の薬ですから。眠るためのおくすりも出しときますね。
A いや先生、歯が痛いんですよ。せめて出すなら痛み止めでしょう。
B このおくすりは痛み止めにも使われるおくすりなんで。
A いやそういう抗うつ薬あるけど! サインバルタとか!
B 詳しいですね。いやあ、そういう患者さん、よくいらっしゃるんですよね。参っちゃうな、ははは。
A いや「医者より患者のほうが薬に詳しい」が精神科医あるあるなのかもしれんけど!
(B、歯磨きのジェスチャー)
B 毎日ちゃんと瞑想とかマインドフルネスとかしたほうがいいですよ。
A 歯磨きみたいなジェスチャーしないでくださいよ! ぜんぜん違うでしょ。メンクリなんですか? デンクリなんですか? はっきりして下さいよ。
B いや失礼しました。さっき待ってもらってる間にレントゲン撮りましたんでね、そちらをお見せします。
A なんなんですかもう……。
(B、白黒の大きい写真を取り出す)
B この柄、何に見えます?
A いやロールシャッハテストじゃねえか! 柄が蝶に見えたりいろいろ人によって見え方が違う検査!
B 冗談ですよ。もう一回歯を見せてもらっていいですか?
A 勘弁してくださいよ……。
(A、口を開ける)
B うーん、確かにこれは虫歯かもしれませんねえ。結構ひどい。
A 抜いたりしないといけませんか?
B 抜いて、神経も取らないといけないかもしれませんね。
A うわー、マジかあ……。痛そう……。
B 鼻の穴からピックを入れる感じの手術になると思います。
A ロボトミーじゃねえか! 神経取るって言ってもそっちの神経かい!
B 痛みはなくなると思いますよ。
A 痛み以上の何かがなくなる気がする! もういいですよ、ちゃんとした歯医者に行きます!
B ちゃんとした歯医者なんかないですよ。どこもGoogleのレビューで星一つばっかりで。
A メンクリあるあるじゃねーか! 怒ってる患者が「先生の態度が悪い、話をロクに聞いてもらえなかった」って書き込むやつ!
B ここでちゃんとした治療を受けたほうがいいと思うなあ。
A いや、もういいですよ! 僕は病気なんかじゃありません! もう帰ります!
B うーん……。入院して、しっかり体と心を休めるのが、一番の治療ですよ。
A いやです。帰ります!
B じゃあ「お手伝い」するしかないですねえ。
(舞台袖から屈強な看護師が二名登場。Aを羽交い締めにする)
A ちょっと! 何してるんですか!
B 眠くなるおくすりと気分が落ち着く薬を注射しますねー。
(B、すばやくAからルートを取り、薬剤を注射する)
A おい! ぼくはただの虫歯でどこも悪くない! 病気じゃないぞ! やめろ! 都知事に訴えてやる!! くそっ!!……。
(A、だんだん声量が小さくなり、最後には眠ってしまう)
B ……眠ったか。この手の病気は、自分に病識がないのが困った点だな。うん、3階の重症個室にお連れして。うん。じゃあ次の方ー。
(暗転)

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