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マリみてこぼれ話「山百合会はなぜ山百合会なのか?」

ごきげんよう、はねおかです。
今回はバラではなくユリからマリみてを考えてみたいと思います。

山百合会とは、マリア様がみてるの世界での生徒会の呼び方ですね。
マリア様のお心にちなんで名付けられたそうです。

リリアン女学園高等部の生徒会、その名はマリア様のお心にちなんで山百合会という。
マリア様の心は、青空であり、樫の木であり、ウグイスであり、山百合であり、そしてサファイアなのである。それは、幼稚舎に入ってまず最初に覚えさせられる歌にあった。

マリア様がみてる  P.31

この文章から、3つの点について解説していきたいと思います。

1.「マリア様のこころ」とは?

「マリア様の心は、青空であり、樫の木であり、ウグイスであり、山百合であり、そしてサファイアなのである。」とありますが、これは音楽の歌詞に由来します。

「マリア様のこころ」という、聖母讃美唱歌という、賛美歌の一つです。
典礼聖歌407番とも呼ばれるそうです。

マリアさまの こころ それは あおぞら
わたしたちを つつむ ひろい あおぞら
マリアさまの こころ それは かしのき
わたしたちを まもる つよい かしのき
マリアさまの こころ それは うぐいす
わたしたちと うたう もりの うぐいす
マリアさまの こころ それは やまゆり
わたしたちも ほしい しろい やまゆり
マリアさまの こころ それは サファイヤ
わたしたちを かざる ひかる サファイヤ

典礼聖歌407番「マリア様のこころ」

この曲は、日本人のキリスト教司祭である佐久間彪という人物によって作られた曲です。
氏は2014年7月に86歳で神の元へ旅立ったそうなので、そこまで古い曲ではないということが分かります。

では、歌詞を見てみましょう。

まずは広い青空。
これは分かりますね。

続いて強い樫の木。
樫の木は、非常に堅く耐久性に優れた木材として知られています。

次に歌うウグイス。
ウグイスは日本三大鳴鳥として、オオルリ、コマドリと共に知られる、さえずりが美しい鳥類として有名ですね。

そして白い山百合。
これについては後ほど語るとします。

最後に光るサファイア。
これについては、作中で祐巳が不思議がっていました。
あとがきでも、今野緒雪先生が、ご自分の疑問として挙げていましたね。

とにかく、山百合会とは、マリア様を讃えた賛美歌から由来するという事はお分かりいただけたと思います。

2.「マリア様のこころ」と「サファイア」

(しかし、どうしてサファイアなんだ…?)
子供心に不思議に思い、未だにそれは引きずっている。青空、樫の木、ウグイス、山百合ときて、なぜサファイアなのか、と。
マリア様のお心を美しいものに喩えているのだろうけれど、宝石という俗物的な物を空や動植物と同列に並べることにどうしても違和感を覚えた。それにサファイアは高価な物だから、青空を見上げるくらい同等に誰もが平等に身を飾ることなんてできないと思ったのだ。
(でも、祥子さまクラスのお嬢様なら、サファイアに違和感なんか感じないんだろうな)

マリア様がみてる  P.31

青空、樫の木、ウグイス、山百合、サファイア。
確かにサファイアは、祐巳でなくても違和感を覚えるラインナップですね。

この文章が何故あるかと考えれば、小笠原祥子というキャラクターはすごいお嬢様なんだぞ、という説得力への引き合いに出されたわけではありますが、もう少し深掘りしていきましょう。

サファイアは、コランダムという鉱物のうち、色が赤色でないものを指します。
赤いものはクロムという不純物を含んでおり、ルビーとして知られます。
サファイアは鉄やチタンを不純物に含み、一般的には青色のものが知られます。

サファイアの歴史は古く、西暦50年代にはインドとの交易でヨーロッパにもたらされたといわれています。
インドのヒンズー教では、不幸をもたらす不吉な石とされていたそうですが、インドの仏教徒には逆に尊重されていたそうで、その風習がヨーロッパにも広まったそうです。

サファイアは、ラテン語で「青」を意味する「Sapphirus」に由来します。
青色のサファイアは、天空、地球、宇宙の色として、「神に近い石」「天界そのもの」として神聖視されました。

中世になるとキリスト教では、司教に就いた者はサファイアの指輪を人差し指にはめるという習わしがあったそうです。

つまり、キリスト教文化とサファイアには、密接な関係があるわけです。

作曲者の佐久間彪氏がどのような思いでマリア様の心とサファイアを結びつけたかは分かりませんが、全くの無関係ではにことはお分かりいただけたでしょう。

3.羨望の眼差し!?「ヤマユリ」

賛美歌「マリア様のこころ」においては、ヤマユリを「私達も欲しい山百合」としています。

さて、ここで質問です。
ヤマユリ、欲しいですか?

ヤマユリとは、学名をLilium auratumといい、日本特産のユリです。
学名のauratumは、ラテン語で「金色の筋がある」という意味で、これはヤマユリの植物的特性をそのまま表しています。

ヤマユリ(Lilium auratum) 神代植物公園

花弁に黄色の筋が入っているのが分かりますね。

ユリ科ユリ属の多年草をユリと総称しますが、ユリはアジア、ヨーロッパなど広く分布しています。

ヨーロッパ圏のユリは、ニワシロユリ(学名:Lilium candidum)に触れなければならないでしょう。

このユリは、有名な絵画「受胎告知」に描かれるユリとして知られ「アナウンシエーション・リリー」の別名も持ちます。

テッポウユリ(Lilium longiflorum)撮影:日比谷公園

ニワシロユリはテッポウユリ(Lilium longiflorum)に似ていて、小ぶりなユリです。
このニワシロユリとテッポウユリにはまた数奇な運命があるのですが、これは今回と関係ないので別の機会にでも…

さて、先程紹介したように、ヤマユリは日本特産の品種です。ヨーロッパやアメリカ圏には存在しません。
そして、賛美歌マリア様のこころは、日本人が作曲しました。
つまり、マリア様の心をヤマユリに例えているのは、日本だけと言えます。

僕は「ヤマユリ、欲しいですか?」と質問し〜ました。
そしてこれには、誰もが「欲しい」と思ってしまう歴史的な理由が存在します。

ユリといえば小ぶりな品種ばかりだった時代。
江戸時代、シーボルトは日本の色々なものに魅了されましたが、ユリもまたシーボルトの目に止まりました。
明治6年、ウィーン万国博覧会は、明治政府が初めて公式に参加した万博です。
そこで日本のユリが紹介され、世界からその美しさを称賛されたと言われています。
大正9年にベルギーで開かれた国際花木展覧会では、展覧会委員長から会場内の日本庭園に植えるためのユリの球根を送って欲しいという手紙が送られています。

では、具体的にどの程度、日本のユリが世界から求められたでしょうか。
明治41年、日本から輸出されたユリの球根は1200万個という記録が残っています。
それまでのユリにはない、大きく荘厳なヤマユリ。
イースターやクリスマス用に求められたテッポウユリ。
ピンクに鹿の子模様が珍しいカノコユリ。

カノコユリ(Lilium speciosum)  日比谷公園

これらのユリが重宝され、海外へと輸出されました。
それだけでなく品種改良にも用いられました。
アジアティック・ハイブリッド(エゾスカシユリ、ヒメユリ、オニユリなど)
ロンギフローラム・ハイブリッド(テッポウユリ、タカサゴユリなど)
オリエンタル・ハイブリッド(ヤマユリ、カノコユリなど)

ヤマユリを原種とするオリエンタル・ハイブリッドと呼ばれる品種の一つ、「カサブランカ」は非常に有名ですね。

カサブランカ(Lilium 'Casa Blanca') 神代植物公園

1970年代にオランダの育種会社で開発され、結婚式のブーケなどに用いられ、世界的なブームとなりました。
それを称え、王立園芸協会よりガーデン・メリット賞が送られた品種です。

そして日本でも、ヤマユリは重宝されました。
鱗茎をユリ根として、古くから食用として日本人に愛されてきました。
僕も一度食べたことがありますが、ホクホクしていて美味しかった記憶があります。志摩子さんが愛するのも納得です。

また、薬効も期待され、咳止め、不眠などに用いられていたそうです。

このように、日本国内ならず、全世界から求められたヤマユリ。
これを読んだなら「私達も欲しいヤマユリ」の意味が分かっていただけると思います。

そして、これだけの羨望の眼差しを浴びたヤマユリの名前が、リリアン全生徒の憧れである山百合会へ与えられたのは、必然というより他無いでしょう。

参考文献
世界の優美なユリ名鑑 LILIES:日本文芸社
ヴィジュアル版 植物ラテン語辞典:原書房
ユリ:フリー百科事典「Wikipedia」
ヤマユリ:フリー百科事典「Wikipedia」
カサブランカ(植物):フリー百科事典「Wikipedia」
タカサゴユリ:フリー百科事典「Wikipedia」
テッポウユリ:フリー百科事典「Wikipedia」
ユリ根の輸出〜欧米で愛された日本の草花〜:国立公文書館 アジア歴史資料センター
サファイア:フリー百科事典「Wikipedia」
コランダム:フリー百科事典「Wikipedia」

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