マリみてSS「Love Struck」

お題:紅薔薇(2020/09/02)

放課後、薔薇の館では書類整理が行われていた。
カリカリという、筆記具が紙の上を走る音だけが、室内に流れている。

「痛っ…」
そう呟くと、瞳子が指先を押さえた。
どうやら紙の端で指先を切ってしまったようだ。
「大丈夫、瞳子?」
心配そうな顔をした祐巳さまが差し出したのは、ゴージャスなレースで縁取られた、真っ白いハンカチ。
それを見た瞳子は呆れ顔で答える。
「それ、祥子お姉さまから頂いた、お揃いのハンカチでしょう。お気持ちは頂きますから、どうぞ仕舞ってください。」
そう言うと、瞳子は自分のポケットからハンカチを取り出した。
傷はそこまで深くないようで、少し待てば止血できるようだ。
哀れ。活躍の場を失った祐巳さまの白いハンカチは、そのまま祐巳さまのポケットへと戻っていった。
「そのハンカチ。初めて祥子お姉さまから頂いたハンカチなんですから、もっと大切にしていただかないと」
「そうなのよ!私が一年生の時に、お姉さまから初めて頂いたプレゼントなの!」
祐巳さまは、今はもう卒業された”大好きなお姉さま”の事となると止まらない。
「はいはい、それはもう何度も聞きました」
「ここ見て!角のSの刺繍!サチコのS!お揃いの証なの!」
「クリスマスの時、でしたよね。何度も聞きましたから」
もう瞳子は祐巳さまの話をまともに聞いていない。
水道水で濡らしたハンカチで指先を拭うと、フーフーと息を吹きかける。
「出血も止まりましたので、作業を続けますよ。お姉さまも遊んでないで、早く終わらせてくださいね。ただでさえ遅いんですから」
「むう…言い返せないのが悔しいわ」
「お姉さま大好き病では、書類整理が終わらない言い訳にはなりませんからね」
妹にそこまで言われては面白くないのか、祐巳さまは口を尖らせた。

(そんな事言って、瞳子。アンタもお姉さま大好き病患者じゃないの)
乃梨子が目を細めて見つめている先には、瞳子が手にしているマーブル模様のシャープペンシルがあった。
一年生の頃から授業中でも使っているそのシャープペンシルは、祐巳さまがイタリア旅行のお土産で買ってきてくれたもの。
「じゃあこれ見て!お姉さまが自ら赤い薔薇の刺繍を入れてくださったの」
「もう…お姉さまの手が止まるのは勝手ですけど、妹の私の手まで止めないでくれませんか」
紅薔薇姉妹は、ずっとじゃれあっている。
祐巳さまは、瞳子のシャープペンシルには気付いていない。
(こりゃあ二人共、お姉さま大好き病の重病患者ね)
乃梨子が苦笑いをすると、向かいの席で作業をしていた志摩子と目が合った。
志摩子さんは乃梨子に気付くと、慈愛に満ちた微笑みで首を傾げた。
(どうやら私も、お姉さま大好き病患者の仲間入りだわ)
紅薔薇姉妹は、今もじゃれあっている。
乃梨子はただ、苦笑するしかなかった。

あとがき
ラブ・ストラック。「恋に夢中」という名前のバラです。
元々は別のタイトルだったのですが、合う名前のバラがあったので変更しました。
オチを乃梨子視点にしたのですが、とっ散らかった印象ですね。
ここは反省点…

ラブ・ストラック
分類:クライミング・ローズ
作出:ディクソン(英)

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