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マリみてSS「Eyes for You」

お題:武嶋蔦子(2020年4月29日分)

写真部の部室。
今日はフィルムに収めた写真を現像する日である。
笙子は自分では現像できないため、蔦子さまにフィルムを託してある。
どんな写真になっているか、そのワクワク感が写真の醍醐味である。
と、蔦子さまは言っていたが、カメラ歴では圧倒的に劣っている笙子としては、不安でしかなかった。
迷わずに一瞬を切り取り、シャッターを押す。
それだけなのに。
その時点ではどんな写真になっているのか分からない。
手応えのようなものが感じられないのだ。

出来上がった写真を渡されたものの、案の定どれも出来は散々であった。
被写体に全くピントが合っていない。
ぼやけて見えるのは、自分の迷いがカメラに伝わってしまったのかと思うほど。
「全敗だったね。笙子ちゃん、残念」
慰めのつもりなのか、茶化すように笑ってくれる蔦子さま。
今は机を挟んで向かい合い、出来上がった写真をチェックしている。
「これは惜しいなあ」
そう言って手渡された写真は、手前の人物にはピントが合っているものの、背景がぼやけていた。
「こういうのは、被写界深度を深くして、どちらにもピントを合わせるといいね」
「被写界深度…?」
「そう。パンフォーカス、っていうんだけど」
蔦子さまは一枚の写真を見せてくれた。誰かの記念写真のようだった。手前の生徒にも、奥の校舎にも、それぞれピントが合っていた。
「これは手前の生徒、奥の校舎、全部にピントが合っているでしょう?」
記念写真の撮影を頼まれる時に使えるわよ。そう言って蔦子さまは自分の現像した写真を選別し始めた。

蔦子さまの写真は、素人の私が見ても良い出来だと分かる。
それはきっと蔦子さまと被写体の、真剣勝負の一枚だからなんだと笙子は思う。
「人間の瞳と一緒よ。目が悪い人って、目を細めるでしょう?あれは、ピントを合わせるためにやっているのよ」
まあ、視力の良い笙子ちゃんには分からないかな。そう笑うと、また写真の束を選別し始めた。
写真には、笙子の知らない誰かが写っている。
「真剣勝負、なんですね」
「そうね。シャッターを切るまでは、私と彼女たちの時間」

机の上に広げられた無数の写真。
写っている誰かは、それぞれ蔦子さまを独り占めしていた、と。
そっか。

この気持ちはなんだろう。
蔦子さまのピントが、他の誰かに合っているなんて。
なんだろう、すごく。

笙子は机の上に身を乗り出すと、蔦子さまのメガネを外した。
怪訝そうに目を細める蔦子さま。
ああ、今は。
蔦子さまが、私にだけピントを合わせていくれている。

あとがき
これは僕がSSを書き始めて、明確に「オチを目立たせるためにキメにいった」SSなので、思い入れがあります。
それまではオチが弱くて「まあ読者も分かるっしょ」みたいな甘え(?)があったのですが、同時期に落語を聞き始めてから、落語のサゲのような明確なオチを用意することを意識し始めたんですね。
ちなみにカメラ用語が出てきますが、僕はカメラの知識はサッパリなので、どう落とし込むか苦労した思い出があります。
書いてて小っ恥ずかしい気持ちはありましたが、それくらい初々しいのが蔦子と笙子の関係性だと思いますね。

アイズ・フォー・ユー
分類:シュラブ・ローズ
作出:ワーナーズ・ローゼス(英)
撮影:横浜イングリッシュガーデン(2021/04/19)

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