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マリみてSS「Paquerette」

お題:お姉さま(2020/09/30)

薔薇の館の二階は、さながら植物園のようだ。
突発的に巻き起こったハーブ栽培ブーム。
ペパーミントにパイナップルミント。カモミールにレモングラス。
ついにはハーブではない植物にまで手が伸びた。
そして―

「可愛らしい花ですね」
瞳子が優しげな顔で覗き込むのは、デイジーの花。
乃梨子は知らなかったが、デイジーには赤白黄色の三色の花色があるんだそうだ。
朱と白と黄色。この三色は、私達の色だから。誰かがそう言って育てだした。
もちろん、それはここにいる全員が思っていることだ。
「ヒナギクって言いますけど、確かにこの小ささは雛みたいですね」
期待の新人、菜々ちゃんも開花した株を覗き込む。小柄な彼女と並べてみても、やはり小さいヒナギクは、本当に雛鳥のようにみえる。
ならば、ここにいる私達は親鳥かもしれない。乾燥に弱いヒナギクは、水やりが欠かせない。私達は水切れを起こさないように注意深く観察していたから。
「ブーケにしたらどうかしら?」
志摩子さんの一言に、ここにいる全員が賛同した。
以前、鹿取先生に産休祝いのブーケをお渡しした時に、すごく喜んでいらしたから。
あの幸せな時間は、何度思い返しても良いものだ。
そして、幸せのおすそ分けは、やはり良いものだと思うから。

三色のブーケを作り始めていると。
「ヒナギクの花言葉って、色ごとに違うらしいですよ」
剣道(と由乃さま)一筋と思われた菜々ちゃんは、花言葉にも知識があるのか。
そう思ったが、なんでも、花言葉に詳しいクラスメイトがいるらしい。
「赤は”無意識”白は”無邪気”黄色は”ありのまま”なんですって。」
なるほどな、と乃梨子は感心した。それはきっと、瞳子も。菜々ちゃんも同じだと思う。
瞳子は、祐巳さまに無意識に惹かれて。
志摩子さんはふわふわで、邪気がなく。
由乃さまは。文字通りのあるがままの方。
そこに惹かれた私達は、顔を見合わせてクスッと笑い合った。
運命なんだろう。花言葉に導かれたとは思わないけれど。
こんなにピッタリ合うんだから。

出来上がった三色のブーケは、それぞれが輝いて見えた。
言わなくても、送り先は分かっている。
私達が惹かれたお姉さま達が惹かれた、あの人に―

「―って事があったんだってさ」
そう離す聖の声は、隠しきれない嬉しさがにじみ出ている。蓉子にはそれが分かる。
夕食後、自室にいると、珍しく聖から電話がかかってきた。
余程嬉しかったのか。今話せる?なんてメールもなく、突然の電話。そこが聖らしい、と蓉子は苦笑した。
「いやあ、久しぶりに人からプレゼント貰っちゃったからね。最近そういうの本当になくてね」
なるほど。それでは嬉しかろう。そして、それが志摩子からの贈り物とくれば、嬉しさもひとしおであろう。言わないけど。
志摩子のブーケは聖に。由乃ちゃんのブーケは令に。祐巳ちゃんのブーケは祥子に。それぞれ渡されたとのこと。
「ごめんね。私だけ頂いちゃって」
申し訳無さを微塵も感じさせない聖の謝罪。この軽薄さが出ているうちは、聖は大丈夫だ。
「お構いなく。私はもう巣立っていますからね」
そう応えて、蓉子は机の上のフォトフレームに手を伸ばす。
そこに納まっているのは、卒業式に撮った写真。
目を細めてフォトフレームの端を指でなぞる。
自分がまだ雛鳥だった時の記憶。
「ドライだなあ、蓉子は」
蓉子は、苦笑した。
リリアンという巣に残る雛鳥たちは、まだまだ巣離れが出来ていなそうだ。

あとがき
パケレット。フランス語で「ヒナギク」の名を持つバラです。
ヒナギクは、「デイジー」の別名を持つキク科の一年草(海外では多年草扱い)で、作中に書いたように色毎に花言葉が違います。
フェアウェル  ブーケではハーブのブーケを作っていましたが、それへのオマージュとしてみました。

ヒナギク(デイジー)

パケレット
分類:ポリアンサ・ローズ
作出:ギヨー(仏)

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