マリみてSS「Bienvenue」

お題:内藤笙子(2020年05月06日分)

スカートのプリーツは乱さないように。
白いセーラーカラーは翻さないように。
リリアンの生徒なら誰もが知っているこの教えを、守らない不届き者達がいる。
それでも、シスターは見て見ぬ振りをしてくださるかもしれない。
三年生を送る会を間近に控えた子羊たちは、各々が慌ただしく走り回る。
ここを巣立つ先輩方に、最高のおもてなしを。
だからきっと、リリアンを見守るマリア様も、今日はお目溢ししてくださるかもしれない。
その不届き者の一人、内藤笙子もまた、慌ただしく駆け回っていた。

「笙子ちゃんも、写真展に作品を出すでしょう?」
先輩のこの一言で始まった武嶋蔦子を撮影するというミッションは、想像以上に過酷なものであった。
本人は眼鏡込みでも大した視力はない、と言っていたものの。
気配でも察知しているのか。笙子がカメラを構えると目敏く気付いてしまうのだ。
敏腕カメラマンは、なかなか隙を見せてくれない。
シャッターチャンスがなければ、折角のカメラもただの重たい鉄の塊だ。
今日もまた目敏く発見されてしまった笙子は、撮影を諦めて蔦子さまの撮影を見学する事に決めた。
対象を見つけて。
ピントを合わせて。
ブレないように脇を締めて。
シャッターボタンを押す。
一連の動作に淀みがなく、笙子は自分もこうなりたいと思う反面、なかなかそこには辿り着けそうにもないと落ち込むのだった。
「どうやったら、蔦子さまのような良い写真が撮影できるのでしょう…」
蔦子さまは、もう二、三回シャッターを押してから、笙子の方へ振り向いた。
「どう、って…」
技術的なものではないことは分かっている。それは笙子も自覚している。
それを察した蔦子さまは、頭を掻くと笙子にこう言った。
「自分を世界の外に置くこと、かな」
「世界の外へ、ですか」
「そう。私が撮りたい写真は、被写体が世界を作り上げている。私はそれをただフィルムに納めたいだけ」
蔦子さまは、優しくカメラを撫でた。
「その世界の中に、自分は居てはいけないの。その世界はその人のものだからね」
だから盗撮まがいの写真になっちゃうのよね。と苦笑いを浮かべた蔦子さまは、また撮影をし始めた。
その人が世界を作り上げる時?
蔦子さまだったら、いつだろう。
それはきっと、カメラを構えているときだ。
被写体と真剣勝負をするときが、蔦子さまの世界。

蔦子さまがカメラを構える。私もカメラを構える。
蔦子さまがピントレンズを合わせている。私も合わせる。
脇を締めて。この体の震えが伝わらないように。
震えよ、止まれ。時間よ、止まれ。
シャッターボタンを押す。世界が切り取られる。
慌ててカメラを隠す。蔦子さまは、まだシャッターを切っている。
「これは良い一枚になりそうだわ」
「現像する前に分かるんですか?」
「そうね。会心の一枚ってのは、取った時点で分かるものよ」
ならこの一枚は、笙子にとっては初めての会心の一枚になりそうだ。

「へえ、笙子ちゃんもなかなかやるわねえ」
部室で現像してもらった写真を眺めて、先輩方は口々に笙子を褒めてくれた。
なんだか、こそばゆい。
「そう、ドキドキした?」
「はい、すごくドキドキしました」
「楽しかったかしら?」
「はい、とっても」
笙子の偽らざる本音だ。それを聞いた先輩方は顔を見合わせて、こう言った。
「ようこそ、写真部へ」

あとがき
ビアンヴニュ。フランス語で「ようこそ」という意味のバラから拝借しました。
僕の書いたSSの中ではコメディ色の強いものとなりましたね。
僕は盗撮…もとい、蔦子さんがいうところの「今を輝く女子高生の美しく生きる瞬間を激写する使命感」に燃えたことはありませんが、隠し撮りをする蔦子さんを隠し撮りするなんて、それはきっとドキドキする体験だと思います。
笙子も隠し撮りヘンタイの仲間入りをしてしまいましたね(苦笑)

ビアンヴニュ
分類:シュラブ・ローズ
作出:デルバール(仏)

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