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マリみてSS「The Lark Ascending」

お題:「マーガレットにリボン」より「ライバルがいいの」(2022/07/27)

―かくして、また物語が始まる。

なんてね。
江利子は自嘲した。
あの人熊男にそんな甲斐性があるなら、私達の関係は、とっくに何かしらの結論を出せているはずだ。
私は今の現状に―少し不満はあるけれど―満足しているから良いけれど。
それよりも。
「それよりもさ、江利子」
心底うんざりした声。
「私達を呼び出したって、何も解決しないわよ」
心底うんざりした顔。
「分かってるわよ…」
だからって呼び出すな。親友二人―蓉子と聖にはその声がありありと顔に書いてあった。
かつて私は、山辺さんから「娘に会ってほしい」と言われた時に、動揺してしまい自分をコントロールできなくなった時があった。
そして、娘さんに会って。
私はまた、自分をコントロールできなくなっていた。
それを家族にも恋人にもその子供にも打ち明けられないなら。
そういう時の、親友じゃないか。
だから、こうして呼び出したら来てくれた二人に感謝はしているのだけれど。
「分かってる、ってば」
喫茶店の机に突っ伏した私は、窓の向こうに一羽の鳥を発見した。
「ヒバリ…」
聖も私の目線の先を追う。
「ああ、もうそんな時期なのね」
「どういうこと?」
「知らない?『揚雲雀』って。鳴き声をあげて飛び立って、自分の縄張りを主張しているの」
何故か聖は動物のことには詳しかった。揚雲雀は春の季語だ、と蓉子も言った。
「ふーん…」
「もしかしたら、その子も自分の縄張りを主張したかったのかもしれないね」
「縄張り?」
「そう。本能なんだよ」
誰にでも自分の領域がある。それは忘れてはいけないことだと、あの時思ったはずなのに。
「それに、ヒバリは春を告げる鳥だから」
「じゃあ江利子にも春が来るのかもしれないわね」
私の悩み事を肴に笑い合う親友たち。
「そっか」
それなら頷ける。自分の領域を主張する。いい心がけじゃないか。
あの子は、母親を亡くした可哀想な子供なんかじゃない。自分の意志を主張できる、力強い一人の人間だった。
それでいい。それでこそだ。
私達は、ライバル好敵手なのだから。
会いたいな。
そう思ったら、体が動き出していた。
小走りで駆け出す私に驚いたのか、さっきのヒバリが空高く舞い立っていった。

「まったく、江利子らしいわね」
「自分の中じゃ答えが出てるくせに。変なところで臆病なんだから」
そんな所も、由乃ちゃんに似ているな、と聖は思った。
「そんなことよりも、ここは折半よ。聖も払いなさい」
蓉子は観念したように財布を開けている。マジですか。自分から呼び出しておいて支払いまでさせるなんて。
「祝儀、ってことにしちゃあ、ちょっと早くない?」
私も蓉子に倣って財布を開けた。
「何言ってんのよ。春を告げる鳥が来たんでしょ」
春の日差しを受けて、蓉子の目が細まった。
「じゃあもうすぐでしょう、きっと」

あとがき
ザ・ラーク・アセンディング。日本では「揚げ雲雀」の名前で知られるクラシックの名曲です。副題は「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」だとか。
ヒバリは春を告げる鳥として、世界各地で知られています。
その鳴き声は、縄張りを主張する威嚇行為なんだとか。
そう考えると、家に招いた亜紀の行動にも少し見えてくるものがありますね。
春を告げる鳥。
江利子さまの春は、いつになることでしょうね。

ザ・ラーク・アセンディング
分類:イングリッシュローズ
作出:デビッド・オースチン(英)

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