マリみてSS「Sucre」

お題:高木典(2020/07/08)

―私達が作り上げるのは、それはそれは、大きい大きい砂糖のお菓子
甘くて心を蕩かせる、砂糖のお菓子―

「部長、次の舞台の脚本は出来ましたか?」
私が部室に入るや否や、瞳子は目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「もう少しよ。まだ手直ししたい箇所があって」
とうこの真っ直ぐな視線から一度目を背けたのは、自分の心の内にある気持ちを悟られたくなかったからか。
「そう落ち込まないの。瞳子という最高の素材を、私が最高の一品に仕上げてあげるわよ」
これは本心だから。瞳子の目を見て話す事ができた。
鞄の中にあるノートは、真っ白のままだけど―

瞳子は、部室ではロザリオを外している。
部室で外しているのではなく、その前から。
何を思ってなのかは分からないけれど。
それでも、瞳子の胸にロザリオがないことは、私を安心させる。
少しの苛立ちと共に。

瞳子が私の申し出を断った時から。
瞳子が祐巳さんの妹になってから。
私が祐巳さんに敗北を喫してから。
私の置き場を無くした感情は、どこにも持っていくことができなくなってしまった。
瞳子が私の申し出を受け入れてくれたなら。
瞳子が祐巳さんの妹にならなかったら。
祐巳さんが瞳子に愛情を注げない人でいたら。
多分、この感情も、抱え込まずに済んだはずなのに。

「カーーーーット!」
後輩の稽古の声で、意識が現実に引き戻される。
後輩が瞳子に演技の指示を出す。
瞳子は次のテイクでは見事に演じてみせた。
私の担当する新作は、瞳子と二人で演じるものである。
前回の『奇跡の人』が好評で、また二人でやってほしいと要望が多く挙がったのだ。
正直、構想はいくらでもある。
瞳子なら、私の期待以上に演じてくれるだろう。
前回のだって、二人で作り上げたあの劇は、どこに出しても恥ずかしくないものが出来たと自負している。
あの劇を作り上げている間、私はお互いの心を擦り合わせていたと思っていた。
それなのに―

「部長、次の舞台なんですけど、私はこういうのが良いと思うんですけど」
ひと通り稽古を終え、休憩時間になったとにうのに、瞳子は私に駆け寄ってくる。
その甘い声が、私の耳にべとべととまとわり付いてくる。
でもこれは、私が選んだ道。
舞台上でなら、私は瞳子と繋がっていられる。祐巳さんも手を出すことのできない場所。
「そうね。それも良いかもね」
私は瞳子に微笑んだ。

白紙の台本を書き上げよう。
瞳子を光輝かせるために。
演劇は砂糖のお菓子と一緒だ。
一度味わったら、それっきり。
私は瞳子と砂糖のお菓子を作り上げる。
甘く香る、砂糖のお菓子。
一度味わったら、それっきり。
だけど。
それが私に残された、たったひとつの絆なのだから。

―私達が作り上げるのは、それはそれは、大きい大きい砂糖のお菓子
甘ったるくて心をべとつかせる、砂糖のお菓子―

あとがき
シュクレ。フランス語で「砂糖」を意味します。
劇中の部長は最後サバサバしてましたが、こんな人間くさい部分もあったりするのかな?と思って書きました。
演劇を通してなら、瞳子と繋がっていられる。
演劇を通してでないと、瞳子と繋がっていられない。
そんな部長の気持ちの危うさとかが表現できましたでしょうか。

シュクレ
分類:シュラブ・ローズ
作出:河本バラ園

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