マリみてSS「多重露光」

お題:キラキラまわる(2022/07/13)

簡単に手を繋げるような、関係じゃないのは分かってるけど―

「けど…?」
大きくて丸い瞳が、私の顔を覗き込む。
「なにが『けど』なんですか?」
いけないいけない。つい考え事が口に出てしまったようだ。
「なんでもないよ」
笙子ちゃんにそう言って苦笑いをする。
なんだか、今日の私は落ち着いていない。
カメラを持たない武嶋蔦子という存在は。
志摩子さんと由乃さんには思考の外へ。
祥子さまは思案の果てに。
祐巳さんは、元から関係なく。
追いやられて消えてしまった。
それで、良かった。
それが、良かった。
カメラを持たない武嶋蔦子の話を、合点のいっていない顔で聞く笙子ちゃんを。
羨ましく思った。
それでいい。
それがいい。
なにかに頼り切っただけの人間関係だけじゃない関係を築けるのだから。

「多重露光、って言うんだけど」
今日はカメラは持ってきていないのに、写真の話をしたくなる。
「同じ写真にね、別々の画像を重ね合わせるの」
笙子ちゃんは目をぱちくりとさせている。
「フィルムカメラの場合は、わざとコマ送りをさせなければ、撮れるわね」
「わざと…?」
「そう。意図的に、ね」
意図的。
意図されて。または、意図せずに。
今日という一日が、作られている。

ファインダー越しに、何人の生徒を覗いてきただろう。
目に見えない、心の中まで写し取ってみたいと思うようになってから。
彼女たちの心の裏が分かるようになって。
私は―
(自分のことで精一杯だったものですから)
周りの人々は皆、手を取り合って楽しんでいる。
彼女の心の中にあるもの。
期待感?
分かっていて。
それでも。
それに目を背けて。
背けて?
どうするの?

(物がなくても覚えていますから。記憶を残しておくっていうの、どうですか)
祐巳さんの言葉が頭をよぎる。
「…そうね」
写真はないけど、記憶として。
今日の幾多の思い出の上に、重なり合っていく。
「笙子ちゃん、さあ…」
まるで、多重露光のように。
「手、繋がない?」
いっぱいの驚きと。
いっぱいの喜びが。
笙子ちゃんの顔に。
重なり合って。
まるで、多重露光のように。
「はい!」

あとがき
多重露光とは、写真撮影の技法で、1コマの写真に映像を重ね合わせる技法のことです。
こちらは東京スカパラダイスオーケストラの同名の曲「多重露光」を聞いていて思い付きました。
蔦笙、いいですよね…


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